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49 神前式

 俺たちの前に、明らかに人類を超越した存在が現れた。


 神。

 多分そういう存在。


 人の姿をしているが人間より遥かに巨大で、地面に届くぐらい長い髭を生やした老人の様相をしている。


 これが魔族の神ハデス?

 っていうか何故、神が俺たちの前に?


『……勢い余って神を呼び出してしまったか』


 先生!?

 やっぱりアナタのせいですか!?


『まずは結婚の儀を執り行うため、祈りを捧げて聖域を作り出すつもりだったんじゃが。ノーライフキングの魔力をもってすればそのまま召神の儀式となってしまうとは。……初めて知ったわい』


 そんなのんびりかまえている場合じゃないですよねッ!?

 神呼び出しちゃったよ神!?

 マンガやゲームなら、主人公サイドが総力上げて阻止すべき邪神降臨!

 それが、こんなにあっさり実現しちゃっていいんですか!?


『……地上へ実体化されたか。久しくなかったことよ』


 ……ッ!?

 ハデスさんが喋り出した……?

 神らしい落ち付いた、威厳溢れる声だ。


『以前出てきた時は……、そう、ゼウスのバカ者が解き放った破壊天使を全滅させた時か? こたびの召喚は何事か? ついにゼウスの眷族が最終戦争でも仕掛けたか?』


 それは、俺たちに向けて問いかけられたことだろう。


 どうする!?

 上手いこと誤魔化して、早々に引き取ってもらうか!?


「いいえ、違います」


 と考えていたらいち早く踏み出す者がいた。

 魔王ゼダン。


「人族との紛争は、いまだ継続を続けております。一進一退を繰り返し油断ならぬ情勢ではありますが、冥神にお縋りする窮地には至らぬかと」

『うむ、重畳だ』


 神様は頷いた。


『では何の用で余を呼んだ? 余の前に傅く貴様は何者か?』

「恐れながら申し上げる。我は魔王ゼダン。アナタに生み出されし魔族の、今生の長を務める者」


 魔王さん、神と会話してる! 

 すげぇ!!


 並の人間じゃ神の発するプレッシャーで、まともに呼吸することもままならなくなるというのに。


 ここの面子で一番格下なバティとベレナなんか、おしっこ漏らしそうになってるぞ!!


「こたび我は、妻を娶ることになりました。生涯を懸けて幸せにしたいと、心から望む女です」

「ゼダン様……!?」


 あまりにハッキリ言うので、アスタレスさんが赤面してらっしゃる。


「ついては正式に華燭の典を挙げ、我が夫婦に冥神の祝福を賜りたいと望みましたが、手違いあって神の玉体を直々に呼び出してしまいました。御心をお騒がせし、大変申し訳ありません」

『不死の王……。それも千年以上を生きた年代ものか。さすればその術式、神に届くも自明』


 先生が「さーせん」とばかりに頭を下げた。

 さすがの不死の王も、神にはビビるか。


『よかろう、仮にも貴様が魔族の王だというのであれば、我が祝福を直々に受けるに値する。だがその前に確認しよう。余はゼウスやポセイドスと違い、妻は一人と決めた神だ。その祝福を直に受けるのであれば、貴様も余に倣うことになるぞ?』

「望むところ! 我がつがう女は、生涯アスタレス一人で充分! 側室も愛人も必要ない!」

『よくぞ申した。魔王ゼダンと魔王妃アスタレスに、地の神の夫の祝福を与えよう。結婚おめでとう』


 ハデスが手より放つ光が、魔王さんとアスタレスさん二人を優しく包み込む。


『これにて用は済んだ。余は神界の底に沈むとしよう。地上に住む、いずれ必ず死すべき諸人たちに幸多かれ』


 そう言って、冥神ハデスは霞のように消え去ってしまった。

 粘つくように濃度の高い空気が、普通に戻った。


「案外いい人だった……?」


 普通に結婚祝福してくれたし。

 冥神と呼ばれて、邪神ぽいのかなって勝手に思ってしまったが、普通に言い神様じゃないか。


              *    *    *


 神様から直接の祝福を受けた二人には以後、強力な加護を得るという。

『地母神の夫の祝福』という名で、夫婦を対象とした加護としては最上級なのだそうだ。

 しかも数百年に一度レベルで。

 パラメータを覗ける魔法持ちなら簡単に確認できる上、無病息災や安産多産などの恩恵を受け、無理に二人の中を引き裂こうとした者には相応の神罰が下るという。

 魔王さんとアスタレスさんが、魔族の同胞へ向かって示す愛の証明として、この上ないものとなっただろう。


「聖者殿、本当にお礼の言葉もない」


 今や一心同体となった魔王夫妻が、俺へ向けて手放しの感謝を述べる。


「アナタ様のおかげで、もはや夢と諦めていたゼダン様との結婚が叶いました。このご恩は一生忘れません」


 魔王妃になったアスタレスさんは、涙を流しながら頭を下げていた。


「いやいや、僕は特に何もしてないですし。物の弾みで神を召喚しちゃった先生の手柄というか……!」


 横目に見ると先生が『今度から祈祷系の術式組む時はもっと慎重になろう』とため息をついていた。


「……でも、ここまで鉄板な加護が得られたら、俺が修復した聖剣も無駄になっちゃったかな?」

「そんなことはない! 我ら魔族陣営に復活したもう一振りの聖剣は、魔族の人心を平らげるのに必ず役立つであろう!」

「私の妄聖剣ゼックスヴァイスとゼダン様の怒聖剣アインロートの夫婦剣で、魔族の平和を守り抜くと誓います!」


 とりあえず魔族の未来は安泰という確信が持てた。

 人族にとってはそれでいいのか謎だが。


 で、彼らはこれからどうするのか?


「当然アスタレスを伴い魔族の本拠、魔国へ戻るつもりだ。そして我が伴侶を、魔国全土へ向けてお披露目する」


 うん、それがいいだろうな。


「一連の陰謀を巡らせた人も、きっちり炙り出して粛清してくださいね。そう何度も面倒事に巻き込まれたくないですから」

「必要ならおれが街ごと焼き尽くしてやるぞ?」


 プラティやヴィールも温かい言葉で送り出そうとしている。


 晴れて夫婦となった二人には、魔族の本拠地――、魔都って言うの? そここそ共に暮らしていくあいの巣に相応しいだろう。

 二人の門出を、ここから祝おうではないか。


「……いいえ」


 と思った矢先、新婦となったアスタレスさんが、とんでもないことを言い出した。


「もしお許しを頂けるのなら、もうしばらくこの地に留まりたいと思います」

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