46 魔族の恋
「魔族の歴史を読み解けば、聖剣が魔族にとっていかに重要なものであるか理解していただいたはずだ!」
「は、はい……!」
「アスタレスの手に邪聖剣ドライシュバルツが移れば、彼女の家系は再び魔王の座を狙える地位に登れる! 元老院も、そんな彼女を無視できず呼び戻すという決定を下すしかない!」
あっ。
つまり魔王の最終的な目的は……!
「アスタレスを救うには、もはやこれ以外に方法はないのだ。他の政治的手段はすべて先手を打たれて封じられてしまった! ……頼む!」
魔王が僕へ、後頭部が見えるほど深く頭を下げた。
魔族の頂点に立つ魔王が。
「ゼダン様……! 私のためにそこまで……!」
その姿にアスタレスさんが感涙にむせび泣いていた
……。
この二人確実に……!
俺が色々察していると、チョイチョイ裾を引っ張られたので、何事かと横を向く。
バティとベレナだった。
おう、なんだ助言か?
俺もどうしていいか皆目見当がつかんから、どんどん助言してくれい。
「魔王様とアスタレス様は、相思相愛なんです」
見りゃわかる。
「しかも幼馴染なんです」
ベタか。
数え役満でも目指す気か?
「お二方とも名家の生まれですんで、御幼少より交流があったそうです。すぐ互いを見初め合って、将来を約束したんだとか」
爆発しろと言いたい。
「ですがゼダン様は魔王家。しかも御幼少から才気煥発で、兄弟を抑えて魔王就任されるのは確実と言われていました」
「だからこそ他の四天王家もゼダン様と誼を結ぼうと、年頃の乙女を送り込みました。ですがゼダン様の心にはアスタレス様以外に入り込みようがなく……」
「おまけにアスタレス様も、魔王の妻に相応しくなろうと戦場に出て功績を重ね、気づけば四天王に正式採用される始末……」
「このまま魔王の妻と娶られれば、アスタレス様の権勢は過去最高レベルになりかねません。それを恐れた他の四天王は……」
そうなる前に排除しようと……。
アスタレスさんは、成功しても失敗しても問題が発生する任務を負わされ、その責任を被らされて失脚した。
それがこの前の事件だ。
「アタシたちって、魔族の政争のダシに使われたってこと?」
「滅ぼしてやろうか魔族?」
プラティとヴィールが怒り気味だったが、ここは押さえてもらおう。
「我も、もっと早く気付くべきだったのだ。しかし最近は人族軍の攻勢が激しく……! 強力な勇者が新たに現れて、その対処で前線に釘付けとなっていたため……。いいや、それも言いわけか」
魔王さんが自嘲する。
「先ほど聖者殿に戦いを挑んだ目的は、聖者殿自身よりも聖剣にあった。戦いに勝って邪聖剣を奪おうと……」
「無茶ですゼダン様!!」
叱りつけるようにアスタレスさんが怒鳴る。
「アナタ様ともあろう御方が、聖者様の実力を推し量れないわけがありません! 魔族最強のアナタ様といえど、聖者様が本気になれば瞬く間に殺されてしまいます!」
え? いやそんな?
こう見えても俺、『至高の担い手』の効果で即席達人になれるだけの一般人ですよ?
魔王に太刀打ちできるレベルにまで達しようが……、ないよね? ないと思う?
「御身を軽んじてはなりません。ゼダン様あっての魔族なのですから!」
「しかしアスタレスよ。我は、お前を失うぐらいならば生きていても仕方ないのだ。邪聖剣を得られぬならいっそ、最強者の手にかかって死ぬものよいと……!」
二人で盛り上がるのはいいんだが、俺は殺したりしませんよ。
そんな禍根が残りそうなことに巻き込まれるのはまっぴらだ。
「そんな事情があるなら聖剣ぐらい差し上げてもいいけど……!」
「本当か!?」
元々欲しくて手に入れたものじゃないし。
でも多分無理だろうな。
魔王さんに手渡そうとしたら、やっぱり邪聖剣が手に張り付いて「んぎぎぎぎぎ……!」ってなった。
「何だコレ!? 離れない!?」
「こんな感じで手放そうとしても無理だからな」
どうしたものか。
俺的には、この押しかけカップルの真意を把握できた以上、爆発しろの思いが半分。
もう半分は、なんとか恋路を実らせてあげたいという思い。
そんな俺の視界に、折られた聖剣が映りこんだ。
アスタレスさんが持っていたヤツだ。
何百年か前に、その時代の魔王によって叩き折られた。それ以降アスタレスさんの家系は、この折られた剣を敗北の証として、魔王の側近の地位に甘んじてきた。
魔王さんの筋書きでは、アスタレスさんの手に折れた聖剣ではなくちゃんとした聖剣が収まれば、家格も上がり、魔族にとってなくてはならない存在になる。
それを理由に、アスタレスさんの失脚した地位を回復させる。
いささか荒い計画な気もするが、アスタレスさんが絶対に裏切らない、という確信を持っているからこそ実行できるのだろう。
俺は、折れた聖剣を手にとってみた。
……銘は何と言ったっけ?
妄聖剣ゼックスヴァイス。
「旦那様? どうしたの?」
ひとまずプラティには応えず、妄聖剣の柄を握った手に意識を集中する。
何も感じない。
俺の邪聖剣を持った時とは全然違う感触だ。やはりこの剣は、折られた際に死んでしまっているのだろう。
「……オークボ」
近くに控えていたオークの一人に命じる。
「物置からマナメタルを抱えられるだけ、鍛冶場に運び込んでくれ。あと窯に火を」
「ご主人様? 何をするつもりだ?」
要するに、アスタレスさんの手に聖剣が渡ればいいんだろう。
そして聖剣ならば何だっていいわけだ。
「この妄聖剣とやらを復活させる。俺のこの手で」






