21 死の王再び
ノーライフキング。
アンデッドの王。
この世界で、ドラゴンと並び称される二大凶悪なんだそうな。
ということは俺の家の前に世界最大凶悪が揃い踏みしてるよ……!
一体どういうことなの!?
『申し訳ありませんな聖者殿』
先生は俺のことを聖者様と呼ぶ。
面映ゆいので仰々しい呼び名はやめてほしいのだが、これまで何度かやんわり訂正しても聞き入れてくれなかった。
もはや諦めるしかあるまい。
『以前お会いしたのは、百年前でしたかな。聖者様との再会がこのような形となってしまい、遺憾の極みにございます』
百年前じゃないです。
以前アナタのダンジョンでお別れしたから、まだ一ヶ月と経ってないです。
千年以上存在しているアンデッドとしては、時間の感覚が生者とはまったく違うという、いわゆるアンデッドジョークだろうか?
「……いや、いきなり謝られても何が何やら。っていうか先生、自分のダンジョンから出てこれたんですか?」
『こんな萎びた体ですゆえ、たまには外に出て日干ししてやらんとカビが生えてしまいますからな』
「あははははは……!」
イッツ、アンデッドジョーク。
冗談なのか本気なのか、本当に判断しづらい……!
『そして謝罪の理由ですが……』
「はい」
『そこのドラゴンをけしかけてしまったのは、ワシなのです』
「はい?」
既にドラゴンは、俺からの脅しに加えてノーライフキング先生の登場に畳みかけられ、完全に戦意を失っていた。
動くことも忘れて棒立ち状態。
「けしかけた? つまり、このドラゴンを俺の下へ差し向けたのは先生だと?」
『結果的に、そうなってしまいました。重ねて申し訳ありません』
結果的に……、って。
ますます引っかかる言い方だなあ。
詳しく事情を聞けと言わんばかりだ。
仕方ないので詳しく聞くことにした。
するとこういうことらしかった。
ノーライフキングの先生と、このドラゴンは、過去何度か小競り合いを繰り返した敵同士。
互いの支配するダンジョンが、こんなにも接近しているのだから、なるべくして敵となったというべきか。
そんなパワーバランスの中で、ドラゴンが支配する山ダンジョンが何者かによって荒らされた。
詳しく聞いてみると、その時ドラゴンはちょうどお昼寝中で、襲撃に気づいたのは目覚めたあとだったらしい。
激怒したドラゴンは、即座に頭の中で犯人をピックアップ。
第一候補は、近くのダンジョンに住む先生だった。
って言うか他にいない。
「……で、すぐさま先生のダンジョンに攻め込んだと?」
『ええ、いきなり押しかけてきて「よくも縄張りを荒らしたな!」などと喚き散らすのです。こちらにはまったく心当たりがないので、大いに戸惑いました』
先生としてはまったく身に覚えのない濡れ衣。
しかしこの辺の地政学を考えれば、彼以外にドラゴンの縄張りを荒らすような命知らずなどいない。
犯人はこの中にいる! といっても犯人候補が一人しかいない状態だった。
しかしそれも過去の話。
この土地には、新たなる住人が最近加わったばかりなのだから。
「俺か」
『アナタ様の名を、思い出した瞬間ポロリと漏らしてしまいましてな。「しまった」と思うより先に、この小娘、飛び出して行きよりました』
「あー……」
それで先生、慌てて追いかけてきてくれたと?
相変わらず律義なお人だ。
「話はわかりましたが、やはり先生が謝ることじゃないですよ。実際にドラゴンのダンジョンを荒らしたのは俺たちですし……」
『やはりそうでしたか。……しかしそれこそアナタ様が責められる謂れではありません』
先生断言する。
『ワシも元人族である以上はわかります。人どもにとってダンジョンは大切な、生活の糧を得る場。食材建材、衣料や道具の元にいたるまで、様々に優良な素材をダンジョンは産出する』
だからこそ、人は冒険者を組織してまでダンジョンに挑むらしい。
『ダンジョンの主にとって、侵入者など日常茶飯事なのです。挑まれれば受けて立つべきでしょうが、浅層部を――、いや山ダンジョンなら「麓」というべきですかな――、とにかく入り口近辺を多少荒らされた程度で怒り狂い。ダンジョンを出て追撃しようなど、あまりに軽率』
先生の乾涸びた相貌に煌々と輝く両目が、鋭くドラゴンを睨む。
『グリンツェルドラゴンのヴィールよ。貴様の所業は、強者としてあまりに偏狭、さらに幼稚。そんなことでガイザードラゴンの後継が務まると思うてか?』
『う、うう……!』
巨大なドラゴンは、頭が項垂れるばかり。
まさに叱られる子ども状態だった。
『ダンジョンに君臨する王者は、小さき侵入者など笑って放置しておく程度でちょうどよいのだ。自身の住む最深部にたどり着いた時のみ、賞賛も兼ねて捻ってやればよい。それが強者の度量というものだ』
ダンジョン主の先輩として、後輩に教授。
……と言った感じか?
『それを怒ってダンジョンの外まで追いかけるなど。却って器の浅さを露呈することになるぞ? ましてここにおられる聖者様は、そんじょそこらの冒険者など比べ物にならぬ強者。迂闊に挑んでは、無駄に命を散らすだけ。さらに敵の値踏みすらできぬ節穴の目とまで誹りを受けるわ』
『うー……!』
ドラゴンは、何も言い返せずに悔しそうだ。
『おい死体モドキ。そのニンゲンは何者なのだ? ソイツは、おれの極大火炎ブレスを剣で斬り裂きやがった。そんなことニンゲンは誰でもできるのか?』
『ほほう……?』
先生がニヤリと笑った気がしたが、アンデッド特有の乾涸びた相貌から表情を読み分けるには、まだ俺には経験が足りない。
『可能であろうよ。聖剣の力をもってすれば』
『聖剣!?』
ドラゴンの視線が、俺の手に握られた刀身へと集中する。
『た、たしかに! あれは邪聖剣ドライシュバルツ!?』
「そんな名前があったのこの剣?」
色々盛りすぎなネーミングだな。
『どういうことだ死体モドキ! あの剣は、おれが貴様から奪い取ってくるよう父上から仰せつかった剣だぞ!! それをニンゲンごときにくれてやるとは!?』
『聖剣自身が持ち主を選んだのだ。ワシに口出ししようがない』
きっぱり言いなさる。
『それに、そのような命令を受けていながら、いつまでも果たせず燻っている貴様が悪いのではないか。ワシと直接対決するのが怖いからと様子見を続けた結果が、山ダンジョンの主という今の地位ではないか』
『うううッ……!?』
『言っておくが、聖剣が認めたこの御方にワシも臣従する所存じゃ。この御方に危害を加えるというのなら、その時はワシも貴様の敵に回ると知れい』
『ううう……ッ!?』
もはや何も言い返せないのか、ドラゴンは大きく翼を広げた。
逃げるかまえだ。
『今日のところは勘弁してやる! あとで覚えていろよー!!』
完全にザコの捨て台詞だった。
そのまま飛んで逃げようとするドラゴンを……。
「ちょっと待って」
尻尾を掴んで引き止めた。
いや俺が。
ドラゴンの巨体を片手一本で抑えられたのは『至高の担い手』の効果だと思う。
基本手を触れさえすればなんでも思い通りにできるんだこの能力。
『んなああああああーーッ!? ニンゲンごときにおれの体があーッ!?』
ドラゴン当人(?)も大ビックリ。
「急いで帰ることもないだろう」
俺は言った。
「せっかくだからメシでも食べていきませんか?」






