199 バティの帰還
久方ぶり。
俺です。
今は魔都から帰ってきたバティの土産話を聞いております。
「それで勝負はどうなったの?」
問題になっている大手ブランドのトップがバティの生き別れた家族一同だったとは驚きだが、その家族――お姉ちゃんだっけ?――と裁縫勝負をやるとはなかなか思い切ったことだ。
バティは今、魔都での用事をすべて終えて我が農場に帰還している。なので勝負はとっくについているわけだが、果たして勝利の女神はどちらに微笑んだのか?
「勝負なんてしませんでしたよ。取りやめですよ」
ええー?
散々気を持たせておいてそれかよ?
「だって勝ったらお尻から糸が出る特異体質になるんですよ? なんで勝ってまでそんな過酷な罰ゲームを受けなきゃいけないんですか!?」
まあ蜘蛛の糸ってそういうものだし。
蜘蛛が尻以外のどこから糸を出すというのかね。だからアラクネとやらの主張もしごく真っ当なものであろう。
って言っても納得できるわけがないよな。
特にバティの方は、負けたらアスタレスさんからのおしおきは必至だから。
勝っても地獄、負けても地獄。
そんな勝負に乗っかるわけないよな。
「私……! 思ったんです! たとえ長く離れて暮らしても家族は家族! 愛すべき姉と争うなんておかしいと!」
「そういう体で勝負から逃れたわけだ」
「お姉ちゃんも同じ気持ちだったらしく、肉親同士で争い合う愚かさに気づき合った私たちは、抱き合って再会の喜びを噛み締めたんです!!」
姉も妹に似て要領がよかったわけか。
さすが一代で業界最大の組合長まで登り詰めた一家。
バティの要領のよさは血統だったというわけか。
「じゃあ、勝負なしでどうなったんだい? 相手の揺さぶりとかいろいろ問題になってたんだろう?」
「とりあえずシャクスさんのところに無茶な要求はもうしないということで話がまとまりました。お姉ちゃんたちとしては、新興ブランドにシェアを食われるのを食い止めたいっていうのが何よりの望みだったので……」
それに全面協力してもらえば騒ぐ必要もないってことか。
「私からしてみれば『単にそれ市場競争じゃない? なんでこっちが気ぃ回してやらなきゃならないの?』ってところなんですが、家族を見捨てるわけにはいかなくて……!」
「…………」
ここまでのやり取りを聞いていると、とても空々しいセリフだと感じた。
しかしこの子、ウチに来てから様々なことが上り調子すぎないか?
元々魔王軍だったのが、上司の失態を被って一緒に失脚して。
返り咲きで魔王軍に戻るのかと思いきや、こちらの需要を見抜いてかねてからの夢、服作りの職に就任。
成果を上げまくり、かねてから意中の人といい感じにもなり。
そして今回、生き別れた肉親とも再会できた。
何て順風満帆の人生だ。
バティはこれからも引き続きウチで服を作ってくれるらしいので、安心して頼らせてもらおう。
「我が君」
「うん」
などとまったりしていると、オークボがやって来た。
この時間に報告を受ける予定はなかったので、何か変事らしい。
「モンスターを捕獲いたしました」
「捕獲?」
「何やら珍しいタイプですので、絞める前に我が君にご報告をと……」
* * *
どういう風に珍しいモンスターかわからなかったので、実際見てみるために現地へ赴いた。
そこにはたしかに、今までにないタイプの生き物が取り押さえられて拘束されていた。
その外見を率直に言い表すと……。
上半身が女性。
下半身が蜘蛛。
そんな感じ。
「アラクネ様!?」
一緒に着いてきたバティがビックリ仰天の声を上げた。
え? 何?
知り合い?
「さっき話していた上級精霊ですよ! 仕立て師の守護者でもある御方です!」
『アナタはバティ! 探したわよ!』
蜘蛛女さんは、その足を一本ずつウォリアーオークたちに押さえつけられ身動きできなかったが、一応上半身は自由でパタパタ手を振った。
『助けてー! アナタを追ってここまで来たのに、凶悪なモンスターに捕まってしまったのー! きっとエッチなことをされてしまうわ! 人族に伝わる神話みたいに!!』
たしかにあんな怪しい存在を発見したら袋叩きにしなきゃだろう。
ウチのオークやゴブリンたちに非はない。
「私を追ってきたって、どうやって? そして何故!?」
戸惑いのバティ。
『そりゃもちろん、アナタが縫物に使っていたあの生地のことを知るためよ! ここであの生地を作っているのね! アナタに糸を引っ掛けておいた甲斐があったわ!』
「ええーッ!」
なんでも上級精霊のアラクネさんは、バティとそのお姉さんの勝負の場で見かけた金剛絹に心奪われ、どうしてもその生産現場を一目見たくなったという。
現地でもバティに問い詰めたが、色よい返事が貰えずに一計を案じたという。
「勝手に聖者様の農場まで案内するわけにもいかないし、『お礼にお尻から糸を出せるようにしてあげる!』って言われたらなおさら……!」
アラクネは、バティ本人が気づかぬうちにその体に糸をつけ、その糸を手繰って、ここを特定したのだという。
「ウソ!? 帰りにも転移魔法を使ったのに!?」
『空間転移で振り切れるほど上級精霊は甘くないわよー?』
ちょっと自慢気。
依然としてオーク、ゴブリンに抑えられて身動き取れてないけど。
『ねー? ここまで来たんだから見せてあげてもいいでしょう? 何もタダとは言わないから! 謝礼に私の祝福を与えて、お尻から極上の糸が出るようにしてあげるから!!』
「だからいらねえっつってんでしょうがあ!! しつこいわあ!!」
さすがのバティも超越種相手にキレざるをえなかった。
なんでも仕立て師の守護者とのことだが、だからこそ繊維に関して目がないのかなあ?
上級精霊。
準神、下級神と異称される存在。
俺にとっては馴染のない存在なのだが、この世界ではどの程度の順番に位置しているんだろう?
『珍しいモノが来ておりますの』
「うひぃッ!? 先生ですか、ビックリしたあ……!」
気づいたらノーライフキングの先生が現れていた。
この人は音もなく忍び寄ってくるので、心臓が止まりそうになる。
「上級精霊と言えば、そこそこ大層な存在だからな。近くに現れれば気配は感じる」
「ヴィールまで?」
なんとドラゴン、ヴィールまで人間形態で登場。
『念のため駆けつけてみたが、害意はなさそうじゃな』
「そうでなきゃ、おれか干物ジジイが一発で吹き飛ばしているさ。おい蜘蛛女」
ヴィールに呼びかけられアラクネ、ビクリと震える。
『はいぃッ!?』
「ここの主はおれのご主人様だ。ご主人様のお許しが出ない限り、おれはお前をぶっ飛ばさないが、あまり舐めたマネをするようなら主の許可は必要ないぞ。よく考えて振る舞うんだな」
『はいいいいいい……ッ!?』
アラクネさん。蜘蛛の巣にかかった蝶のような哀れぶりだった。
「さーて、大したことでもなかったし帰って寝るかなー」
『ワシは外に出たついでに温泉に浸かっていこう』
ヴィールと先生はそれぞれ去っていった。
あとに残ったのは、小刻みに震えているアラクネさん。
『ねえアナタ? 私のことを少し教えてあげる』
「なんすか?」
『私たち上級精霊が、世界二大災厄と呼ばれるドラゴンもしくはノーライフキングとケンカしたら必ず負けるから!! 絶対アイツらけしかけないでね!!』
「そうすか」
実際オークボたちに負けて取り押さえられるぐらいだからなあ。
上級精霊って、それぐらいの立ち位置か。






