1428 ジュニアの冒険:人魚族のパッション
それから小一時間……いや小二時間ほどして僕は玉座に戻ってきた。
「ただいま戻りましーた……」
「おや、随分くたびれてきたねえ。ガキどもに振り回される運動量を思い知ったかい?」
玉座からパッファおばさんが艶然と微笑む。
いや、アナタが生んだお子さんたちなんですけれども。
かくれんぼやら鬼ごっこやらゴム飛びやら……一通りつき合わされた。
あとあの鬼滅ごっこってなんです?
最近の子どもは、ああいうのが流行ってるんですか?
「いやアタイも子どもらの流行り廃りにはそこまで詳しくないからね。これでアンタも子どもと一緒にいる大変さが身に沁みたろう? この先、人の親になるであろうアンタもいい経験になったさ」
うッ、まさかそこまで見越して?
「アンタ、ここに修行しに来たんだろう? だったら得難い経験をいくらでもプレゼントしてやろうと思ってね。その一件と思っておきな。……ところでモビィのヤツは一緒じゃないのかい? さすがに一緒に来ると思ったんだけど?」
ああ、モビィくんは……。
そのまま訓練場へ行きましたよ。余程アロワナおじさんと顔を合わせたくないようですね。
……そのアロワナおじさんも見えませんが?
「ウチの人なら、子どもに距離置かれた悲しさを紛らわすために体動かすって出ていったよ。お義父様もそれに付き合うって言って、お義母様もその付き添いだねえ」
そんなに一斉にゾロゾロと。
……ん? いや待て?
体動かすってことは、それに即しているのは城内では剣の稽古などをする訓練場?
モビィくんもそこへ向かったわけで……。
……。
受け入れようモビィくん、それも運命だ。
「とまあ、人魚国はアンタを歓迎しよう。他国の要人としても親戚としても」
パッファおばさんが改めて言う。
傾向として身内愛が突出しすぎている人魚族において、このいかなる時にも沈着冷静なパッファおばさんの態度は有難い。
さすがは『凍寒の魔女』。
そこは関係ない?
「アンタの人魚国滞在を無為には過ごさせないよ。アンタがすべてを終えて帰還する時、今も何倍も成長していることを保証させてもらおうじゃないか。そのためのカリキュラムも組んであるよ」
ありがたいです!
……でも、なんと言うか少しは手心を……。
「これから踏ん張ろうって時に何を言っているんだい! 成長に近道なし! ではまずアンタに何をしてもらうかというと……!!」
何をさせる気だろうパッファおばさんは?
この人加減を知らなさそうで怖いけれど、僕が成長を求めてこの国にやって来たこともまた事実。
艱難辛苦も本望なのか?
「アンタには嫁を迎えてもらいます」
ん?
「何を面食らっているんだい? 男たるもの所帯を持ってこそ一人前と世間様から認められるもんだよ。それこそ格を一段階上げるってことじゃないか」
パッファおばさんの提案が強制ステップアップすぎる。
あの……たしかに仰っていることはわかりますが……!
結婚というのはもっと慎重に相手を見据えて、デートとか会食とかを重ねて互いの相性を吟味した末で決断を下すものかと、僕は愚考するのですが……!
「だからその相性ピッタリのマリアージュをこっちで見繕ってやろうって話よ! こういうのはね本人よりも周りにいるヤツの方が俯瞰してよくいえるもんだ。より人生経験積んでるならなおさらね!」
それがご自分だと?
「そしてこの人魚宮には、人魚国全土から色に愛嬌に自信のある女どもが唸るほど集まってきている! そんだけいれば一人ぐらい、見目麗しさにピッタリ相性を兼ね備えた女が見つかるだろうよ!」
ヒートアップするパッファおばさん。
身内愛に関しては冷静でいられるけれど、若者をくっつけようとするお節介欲に関しては充分に人魚の情熱を振るっておられる。
「それでは出てきな! 既に選抜を勝ち抜いてきた屈強の女人魚たちよ!!」
「「「「はーいッッ!!」」」」
パッファおばさんの号令と共に雪崩れ込んでくる人魚たち。
いずれも眩しいぐらいに容色艶やかッ!?
「私は、若手侍女筆頭の通称アカメバル! 奇襲戦法とお化粧の名人。私のような天才計算女でなければ、百戦錬磨パッファ妃のお付きは務まりません!」
「私は通称スコッツマン! 自慢のセクシーに男はみんなイチコロよ。ハッタリかましてアッシーくんからミツグくんまで、何でも揃えてみせるわ」
「よぉ、お待ちどう! 私こそ通称シーモンキー。シャボン使いとしての腕は天下一品! 奇人魚? 変人魚? だから何?」
「通称コングリオ! お菓子作りの天才よ。人魚王でもぶんなぐってみせらあ。でも陸人化薬だけは勘弁な!」
また個性豊かそうなのが出てきたぁ……!
このキャピキャピなキレイどころの皆さんは、何?
「アタイの侍女で、アンタと相性よさそうなのを見繕っておいたよ。どうだい、そそるヤツが一人か二人はいるだろう?」
そそると言うか……!?
一人明らかに王妃様の侍女としても地上人の結婚相手としてもヤベーのが交ざっている感じしたんですが……!?
「自分で言うのもなんだけど、人魚王妃たるアタイの侍女を務めたって経歴は女人魚の中では最高の箔付けだよ。これだけで結婚の申し込みが殺到するくらいさ」
そいう言えば聞いたことがある……。
かつては魔女として大いに難色を示されたパッファ人魚王妃であるが、実際には眉目秀麗、知徳兼備、良妻賢母のすべてを備えてアロワナ王政に欠くことのできない存在となった。
中でも飛び抜けて優れていたのは人を育てる才であり、王妃たれば複数名の侍女を従え、しかもそれらは各名家から預かったお嬢様。
そのお嬢様に礼儀作法とそれ以上の心がまえを教えて、未来の貴婦人に仕立て上げる手腕こそパッファ妃のもっとも評価の大きいところであると。
実際に、パッファおばさんの侍女勤めを経てから様々な名家に嫁入りした人は数知れず。
それらでもってパッファ妃独自の人脈が揺るぎなく形成されているんだとか。
――『それでもう調子に乗りまくってるのよねアイツ、いつか足元掬ってやりたいわ』
とウチの母さんが言っていた。
つまり情報源は母。
僕とて将来の二代目農場王。
その王者と姻戚関係を結んでおくことは、お嫁側の勢力にとって必ずやプラスに働くことだろう。
そのポジションに、自分の息がかかった侍女を送り込む。
やはりパッファおばさん……これを機に農場との関係強化を目論む、王妃としての思考怜悧な侮りがたい人だ。
「さあお前ら、いい旦那捕まえたいだろう! アタイみたいにスパダリ子だくさんで幸せ絶頂な家庭築きたいだろ!」
「「「「ハイ、 王妃様!!」」」」
「だったら踏み出せ、手を伸ばせ! ボケーッと待ってたって王子様は迎えに来ないよ! アンタたちはおとぎ話のお姫様じゃねえ、誰もが狙っているようなシゴデキ溺愛男は、我が手で勝ち取ることでしか得られない!!」
「「「「ハイ、王妃様!!」」」」
……と思ったけれど違う。
これ単純に若い人たちをくっつけたいだけの、一集落に必ず一人はいるというお節介おばさんだ。
「あ? 誰がオバサンだって?」
「うひぃッ!?」
常呼びの『伯母さん』には反応しないのに、それ以外にはすこぶる敏感!?
利益計画とか度外視に、ただ若い男女をくっつけることに喜びを感じる人。
しかしこうやって縁結び奔走してくれる人がいるからこそ社会が助かている部分もある。
「さあ、どうだいジュニア? とりあえず顔のよさだけはいずれも及第点越えていると思うんだ。家柄のよさは言うことなしだし、あとはアンタの好みの問題だと思うんだけど。ちゃんとあらゆる需要に備えて小・中・大・特大と揃えておいたんだよ?」
どこの部分の話!?
いや、やはり僕は運命の出会いというか、そんなラヴクラフト……もといラヴロマンス的なものを信じちゃうタチで……それにもう少し身軽な独身時代を楽しんでおきたいと言いますか……!?
「ちょいと待ったぁああああああッッ!!」
うわッ、なんだ!?
この乱入に既視感!?
「ジュニアお兄様をとっちゃダメですわ! お兄様は私とケッコンいたしますの!!」
そう叫んで現れたのは……。
グッピーちゃん!?
現人魚王家第二子にして第一王女のグッピーちゃん!
さっきも会いましたね!
「ママ酷いですわ! 私のラヴリーパッションを知っておきながら、意中の相手に他の女をあてがいますの!?」
「ええぇーッ!? そうなの!? ママ知らなかったんだけど……!?」
驚愕に打ち震えるパッファおばさん。
「そうかグッピー、アンタも女人魚……いやアタイの娘だったんだね。いつの間にやら色を知る歳になっていやがったのか……!」
子どもの成長を喜ぶ、嬉しさと寂しさの同居した笑みを浮かべる。
僕は何を見せられているんだ?
「そしてよくぞその想い口にした。そう、秘めたる想いを言葉にして叫ぶことにも、乙女には千鈞の勇気がいるものさ。恋はみずからの手で掴み取る、待ってるだけで王子様は迎えに来ない、極意をアンタはその歳にして会得しているってことだ」
「無論ですわ! ママの娘ですもの!」
「恐れ入ったねえ。……いいだろう、人魚王妃としてアンタたちの結婚を認めよう!」
こっちの意思は?
「あのあの王妃様!?」
「私たちは、どうなるんです?」
あらかじめ集められていた侍女さんたちが恐る恐る尋ねる。
「アンタらは……お疲れー」
「その一言だけ!?」「酷すぎる!」「謀反起こしますよ!?」「人魚王だって殴ってみせるぜ!」
人魚王妃の酷い裏切りを見た。
ああやって権力者は大義の下に下々を見捨てるのか。
やっぱりパッファおばさんも人魚族だ。身内愛が突出しすぎている。







