1426 ジュニアの冒険:人魚王家の人々・現世代
ジュニアの御宅拝見。
人魚宮は、内装も豪華でやっぱり王者の住居に相応しいという実感が出る。
ただ豪勢なだけじゃなくて、豪華な建材をわざとらしさなく配置するセンスのよさもうかがえた。
「はっはっは。人魚宮の内装、気に入ってもらえたかねジュニアくん? これでも我が城より美しい建築物は、世界にもそうそうないと自負しているのだよ」
アロワナおじさんが自慢げに言う。
「何しろ十数年前に何度も崩壊しては建て直しを繰り返してきたからな。あれで職人たちの経験値も随分と上がったものだよ」
「そういえばここ最近は、王宮壊れなくて平和なものねえ。……あッ、プラティちゃんがお嫁に出ちゃったからね」
「もっす!」
母さん……実家で何をやらかしたんだ?
ウチでは特に何も壊していなかったぞ?
そしてウチの母さんがお嫁に行った後の二十数年間を『ここ最近』とサラッと言い放ったシーラおばあちゃん。
……いえ、なんでもないです。
「まあ大破壊は主にプラティとエンゼルが噛み合わさることで発生していたからな。さてそろそろ玉座の間に着くぞ。着いた」
ここが人魚宮の玉座の間。
王が鎮座するための場所だ。
しかしこの国の王様は、入国と同時にずっと付き添ってくれていたのですが。
ここで誰が……何が待っているというのですか?
「戻ったぞ! 見ろパッファ! ジュニアくんだ!」
玉座へ着いた途端アロワナおじさんが呼ばわる。
その声に反応して……。
「へぇ……あのハナタレ坊主が大きくなったもんだ」
威厳とラスボス感たっぷりな声を響かせるその人は……。
玉座の隣にあるもう一つの椅子に座り、純白のドレスに身を包みながらも暗い覇気をみなぎらせる女傑。
彼女はパッファ。
現人魚王妃パッファ!
お久しぶりですパッファおばさん!
「フックククククク……ちゃんと挨拶できて偉いじゃないか。プラティも子どもの躾はちゃんとしているようだね。ククク……ふわぁッ!?」
瞬発的に顔を伏せるパッファおばさん。
その顔が一瞬前まであった空間へ、躊躇ないパンチが撃ち込まれる。
シーラおばあちゃんによる電撃正拳突きだ!
「パッファちゃん……人魚王妃たるもの必要なのは謙虚さと貞淑さだって、いつも教えているでしょう?」
「心得ていますとも、ですがアタイの方針はまた別ですんで。恐れられるがゆえに
臣下を統率できるっていうのがアタイの目指す王妃スタイルなんて」
「あら、恐怖でアタシに勝てるとお思い?」
バチバチバチバチバチバチバチバチ……!
新旧王妃の間で火花が散る!?
もしやこれが噂に聞く嫁姑抗争!?
仁義なき光と闇の果てしないバトル!?
「……ジュニアくん、キミも嫁を貰ったら覚悟しておくんだぞ。なにせプラティはあの母上の娘なのだから」
「もっす!」
そんなアドバイス聞きとうない!
それはそうと現人魚王妃のパッファおばさんだ。
僕から見れば母の兄の奥さんで、おばさん呼びは正当なはずだ。
パッファおばさんは元々ウチの農場で働く人魚だった。
ウチの母さんが人手不足ということで海から呼んだんだって。
しかしその正体はただの人魚ではない。
かつて人魚界を震撼させた最恐最悪の武闘派人魚……狂乱六魔女傑の一人がパッファおばさんなのだから。
今でこそ人魚王妃として畏まってはいるが、それ以前は『凍寒の魔女』の異名でブイブイ言わせていたとか。
秘密裏に世界中を氷河期にしてしまう計画を進めていたとか言う話がまことしやかに囁かれている。
それぐらい悪い人ではあったらしい。
それがウチの母さんとの縁でアロワナ王子(当時)とお近づきになり、思い通じて王妃になってしまうんだから世の中わからぬものだ。
「そうは言いますがお義母様? お義母様の場合魂の根源から恐怖がにじみ出ていて意識的に抑えないといけないんでしょう、慎み深さや貞淑さで? アタイはそうじゃないんですよ。だから普段から計算して威圧感を演出していかなきゃならないんです。素材に即した運用が必要なんですよ」
「あらあら言うようになったわねえ。新婚の頃はウブな小娘だったのに……!」
「お義母様に鍛えられましたんで……!」
そうしている間も嫁姑によるつばぜり合いが続いているぅ。
僕は将来もっと平和な家庭を築くんだい!
「我々だってそう思っていたさ。最初の頃はな」
「もっす」
「しかしな、パッファとて人魚王妃として随分と頑張ってきたんだぞ。我が治世が安泰であることの五割……いいや七割はパッファの功績といっても過言ではない」
「もっす」
わざわざ割合を言い増したところに女房自慢を感じ取った。
「元々パッファは魔女だからな、魔法薬方面の知識がハンパではない。その知性でもって人魚国の文明水準を三世代ほど躍進させたのがパッファだ。プラティとの共同開発も多かったしな」
「もっす」
「そもそも、ジュニアくんが先ほど乗ってきた海流エレベーターも発案はパッファなのだぞ。その頃、第三子懐妊中で思うように動けなかったからプラティの方に業務委託したのだ。計画の全貌を聞いてプラティも『さすがはパッファだわね』と称賛惜しみなかったくらいだ」
「もっす」
「つまり、ウチの嫁はサイコーということだな!!」
「もっす」
さっきから『もっす』の存在感が重いんですが。
「それ以外でも、パッファはああ見えて面倒見のよい性格でな。アイツのお付きになった侍女やらは皆立派な人魚淑女に育ち良縁を見つけている。かつては『魔女を人魚王妃になど……』と難色示していた連中も、勇んで愛娘をパッファに預けているほどだ」
「もっす」
「さらにパッファは勉強熱心なところもあってな。最初は苦手だったはずのマナーや典礼も、夜を徹して勉強した結果すべて頭の中に叩き込み、生まれついての令嬢たちを薙ぎ倒して人魚淑女界の頂点に立ったのだ。……まあもっとも勉強熱心でなければ魔女にはなれないだろうがな」
「もっす」
アロワナさんの女房自慢が止まらない。
ウチの父さんでもここまでじゃないぞ。
やはり国王となる人はこれぐらいのクソデカ感情を抱えていないと務まらないものなのか。
それを考えると父さんやっぱり根が小市民なのかな。さすが我が父。
「まあパッファちゃんは、そういう真面目なところあるわよね。わざわざ相手のルールで叩きのめしてあげるなんて」
「お義母様みたいに『逆らうヤツ誰でも拳でわからせろ』と言えるほどの腕力もありませんので……!」
そろそろ嫁姑抗争やめません?
永久に続いても休戦くらいあってもいいじゃないですか。
「そうね、ジュニアちゃんっていう大切なお客様がいるというのにトチッちゃったわね」
「元々お義母様が始めた戦いでしょう?」
「ああぁ?」
うおおおおおおッ!
もうやめてやめて!
せっかく収まりかけたというのに、パッファおばさんが嫁としてかなりレベルを上げてきたせいで容易に終わらない!!
「いやすまないね、ジュニアのことを蔑ろにしているわけじゃないんだよ。可愛い甥っ子なのは事実だし。アタイとしてもアンタのことは赤ちゃんの頃から知っているしねえ」
そうですねえ!
何しろパッファおばさんは農場住みだった過去がありますからねえ!
「思い出すよ、……あの頃は今の旦那と結婚しようかって時期だったからね。自分の参考になるだろうと、プラティの育児を率先して手伝ったもんだよ」
「お、おう……!?」
そうっすか……!?
「そして実際に参考になったしね。何事も経験するもんだよ」
そうすっか…………!!
「そんなジュニアにアタイなりのもてなしも用意しておいたからたんと召し上がりな。農場では漬物は相変わらず作っているかい?」
はい、それはもちろん!
パッファおばさんの直弟子であるディスカスおねえさんが中心となって、前以上の規模でガリガリ進めていますよ。
「フッ、アタイがおばさんで、ディスカスがおねえさんかい……。まあそこはいいさ、それよりもアイツらに漬物のイロハを仕込んでやった本家本元を、今日は味わってみたくないかい?」
何ッ?
それは……!
「この人魚王妃パッファがみずから漬けたぬか漬けだよ。アンタの世代じゃギリギリ食べてたんじゃないのかい? 懐かしい味かもしれないねえ」
うおおおおおおおおッッ!!
パッファさんのぬか漬け!
それって超レアじゃないんですか!?
「パッファは人魚王妃になっても漬物作りはやめなかったからな。人魚宮の一角を漬物生産スペースにして王家謹製漬物を製造。それでいて王妃の勤めもまったく手抜きがないというからウチの嫁は凄いなあ!」
「漬物の技術もぬか床も絶対次の人魚王妃に引き継がせるって言ってるから、執念よねえ。この点に関してだけはアタシも負けを認めるわ」
「もっす!」
シーラおばあちゃんすら認めるパッファおばさんの漬物愛。
その結晶として出来上がったぬか漬けを、いただきます!!
うまあああああああああッ!!
美味い!
農場で作られているディスカスおねえさんの漬物も美味しいけれど、このパッファおばさんの漬物は他にはない特別なものを感じる!
なつかしさ?
安心?
故郷?
とにかくこれが、王妃になってなお追及をやめなかった漬物の、果ての味!
「フッ、アンタならその味がわかると信じていたよ。プラティはちゃんと子育てに成功したようだね」
「ウチの娘と嫁が、アタシのわからない精神言語で通じ合っているわ……」
シーラおばあちゃんも冷や汗を流す。
母さんたちの世代だけにある、たしかなる繋がりであった。






