1425 ジュニアの冒険:人魚王家の人々・前世代
僕はジュニア。
絶賛人魚国を訪問中。
……いや。
絶賛されているのは僕だった!!
メインストリート……いやメイン運河? を練り渡る最中ずっと人魚たちから歓迎歓待、喜びの声祝いの声、恋慕の声(?)浴びせられ続けてきたんだから。
しかもその隣には賢王と謳われる名君アロワナ。
ますます注目は集まる。
そんなこんなで一大祭典の中心みたいなとこに置かれた僕は、かまわれすぎたネコみたいにクタクタになってしまった。
そしてややあって、ついに僕を乗せた豪華船アロワナ号(国賓専用機)が止まった。
もうゴールか?
もうゴールしていいんですか?
というかここはどこだ? と改めて周囲を見回したらまた豪勢な巨大建築物が眼前にあった。聳え立っていた。
うーん、巨城。
こんなに大きな建物は、人間国においては王城、魔国においては魔王城ぐらいしか見たことがない。
つまり、ここが人魚国におけるお城ってことか?
「見なさいジュニアくん、ここが人魚王の居城……人魚宮だ!」
やっぱり!
この巨大建築の表面を、珊瑚や巻貝や螺鈿細工で煌びやかに装飾してある外装は、いかにも人魚のお城といった風だ。
「さあ、皆もジュニアくんの到着を首を長くして待っていることであろうぞ!!」
アロワナおじさんに促されて船から降りる。
お城の回りも、たくさんのギャラリーというか……見物人? に取り囲まれていた。
その中、明らかに他とは雰囲気の違った一団が、僕らの向かう先で待っていた。
あの、いかにもロイヤルといった風格の人たち……。
その何人かに見覚えがある……。
あれは……。
「おじいちゃん! おばあちゃん!」
「父上、母上、お待たせいたしました。我らが賓客ジュニアくんを連れ帰りましたぞ」
待っていたのは筋骨隆々の巨漢とたおやかな女性人魚。
その二人は僕にとってとても関わり深い人たちだ。
一人は前人魚王ナーガス。
そしてもう一人はそのお妃であるシーラ・カンヌ。
二人は現人魚王アロワナの血の繋がった父母であり、同時に人魚界の発明王にして王妹プラティの父母でもある。
つまり、そのプラティさんの第一子である僕からすれば、祖父母と孫という間柄。
「おじいちゃぁあああああああんッッ!!」
「もっすぅううううううううううッッ!!」
豪快に抱き合う二人。
そのまま組み合って足を踏ん張り……、がぶり寄り、脇下をすくって……。
「うおりゃあああああッッ!」
「もっすぅうううううッ!」
掬い投げを食らってゴロゴロと地面を転がるナーガスおじいちゃん。
勝った!
「おお、父上から一本取るとはなかなかやるなジュニアくん!」
このように人魚王一族は出会い頭に肉体言語で語り合うのがセオリーとなっている。
ウチの父さんは何故か遠慮するから、孫の僕が率先しなければ。
「もっすもっす……!」
負けても笑顔のナーガスおじいちゃん。
というか表情が蕩けきっていて、目じりなんか垂れ伸びきっている。
「父上は、ジュニアくんにあえて喜び満点ブルーハワイ状態なのだよ。まったく“大海原の鬼神”と謳われた前王ナーガスも孫には形無しだな」
「ダーリンは情け深い人なのよ」
スイ……と進み出てくるのはもう一人。
物静かながらも凛とした美しさを持つ女性。
この御方こそ前人魚王妃シーラ・カンヌ様……!
僕の祖母に当たる方だが、とてもそうは思えないほどまだまだお若く、肌のハリ艶も瑞々しい。
「お久しぶりです!! 随分ご無沙汰しております!!」
「あら、そんなに畏まらなくていいのよ? アナタはアタシの可愛い孫じゃない。しかも初孫よ」
「光栄です! マム!」
「グランマよ?」
え? どうしてシーラおばあちゃんに対してこんなに緊張気味なのかって?
そんなの説明するまでもない、見てればそのうちわかる!
「しかし改めて大きくなったわねえジュニアちゃん。最初に会った時はサクラエビみたいに小さかったのに」
「もっす!」
「でも子どもが大きくなるスピードって本当に速いものだからねえ。アロワナちゃんやプラティちゃんだって、ヨチヨチ歩きしていたのがつい昨日のことのようだわ……」
「もっす!」
「他の子たちもまだまだ若僧だけれど、気づいた時にはアタシの背丈も追い越してみんな大人ぶるのかしらねえ?」
「もっす!」
「ねえ、ダーリンはどう思う?」
「もっす!」
「そうねぇ……」
話通じている!?
ナーガスおじいちゃんは、僕が物心ついた時から『もっす』としか喋らないけれど、何か拘りでもあるんだろうか?
「いや、私が生まれた時点でも『もっす』としか喋っていなかった」
アロワナおじさん(長男)からも情報が提供される。
ナーガスおじいちゃんとシーラおばあちゃんは、先代の人魚王夫妻として前時代の統治をまっとうした。
まだ人族と魔族が戦争していた時代の、難しい情勢どちらにも肩入れせず中立を貫き通したのは非凡な政治手腕なしには実現できない。
当時は人魚族を味方につけようと人魔両族から交渉が来たらしいが、全部『もっす、もっす!』で返してけっして押し流されなかったとかなんとか。
不動の人魚王ナーガス。
しかし今はただの優しいおじいちゃんだ。
「そういえばおじいちゃん、ちょっと痩せた?」
「もすぅうう……!」
図星を突かれたのかおじいちゃんがしおれてしまった。
なんかゴメンね。
「いいのよ、この人だっていつまでも健康じゃいられないんだもの。老いとともに筋肉だってしぼむわ」
シーラおばあちゃんが優しくおじいちゃんを撫でる。
そうだよな、ナーガスおじいちゃんだってもう何人もの孫に囲まれるお歳だもんな。
肉体の絶頂を保ち続けるのだって無理があるもんな。
心配しないでおじいちゃん!
おじいちゃんの分まで僕が筋肉をつけるから!
「もすもす……もすぅ……!」
「父上、けなげな孫の申し出に感涙も流れますな……!」
アロワナおじさんももらい泣きしていた。
「はいはい、そのくらいでいいでしょう」
爺子孫、三代にわたって感涙しているとシーラおばあちゃんにパンパン手を打たれて現実に帰る。
……ハッ? どうして僕はあんなに筋肉に?
「筋肉に取り込まれていたわねジュニアちゃん。概ね聖者さん似かと思っていたけれど、やっぱりアナタもウチの一族なのねえ」
怖いこと言わないでください!?
僕も将来こんな、一席に収まるのも窮屈なマッスルボディになるのか!?
それで性格は父さん似!?
「それはともかく、そろそろ中に入りましょう。玄関先で騒いでいたらご近所にも迷惑でしょう?」
そうだった。
ここまだ人魚宮の正門前だった。
僕ら祖父母孫伯父のやり取りを、門衛さんが苦笑交じりに見守っている。
「ママー、あのおにいちゃんたち仲よしなの?」
「シッ、見ちゃいけません!」
お城見学に来ている観光客さんたちにまで!?
ちなみに一般観光客さんに解放されるのは城門までです。
「せっかく外に出てのお迎えを譲ってくれたんだから、チャチャッと済ませて引き合わせてあげないと皆に申し訳ないわ。中ではお菓子もたくさん用意してありますし。ここまで来るのにたくさん疲れたでしょうジュニアちゃん?」
「はい」
「喉も乾いたし、甘いものが欲しいでしょう?」
「ハイ……!」
なんだろう、おばあちゃんのこの否とは言えない無圧の圧は……?
こんな、黙っていたら年端もいかないお嬢さんと間違えそうなぐらい若々しいし、アロワナおじさんやナーガスおじいちゃんに比べたら子どもと言っていいぐらいにチョコンと小さい。
そんなシーラおばあちゃんなのに、時にその威圧感は他二人をも超える。
そんな謎の肉親が一人はいるものだった。
「さ、中に入りましょう」
「はい……」「わかりました」「もっす」
シーラおばあちゃんに促される僕たち。
お城の中では一体何が待ち受けているのか?






