1419 ジュニアの冒険:路地裏に潜む神
修行の旅へと回帰する僕。
いや……今までにないほど波乱万丈、様々なフィールドを駆け抜けてきたように思える。
しかしそんなワンダーランド疑似体験も終わり、僕は普通の旅人へと戻る!
……普通の旅人って何ぞ?
ひとまずは、異界行脚をする直前までいた魔国まで戻ってきた。
飛んで。
僕の飛行能力は、サカモトやヴィールに比べれば全然遅いし疲れるしで効率悪いんだけど、他にやりようがないんだから仕方がない。
どちらにしろ歩くよりは断然早いんだし。
せっかく魔国まで戻ってきたはいいんだけど、そろそろここでやれることもなくなってきたように思う。
さすれば魔王さんやゴティア魔王子に一言挨拶してから、さらに別の土地へ進むとしようかな。
……と、その前に最後に一つ、この魔国でやり残したことがあった。
他にはない、多分。
あの人(?)にも一応顔を出しておかないとあとで面倒なことになりかねないしな。
ということで、ある人を訪ねることにした。
ある人あの人って誰よ? と思うことだろうが今にわかること。
そのうちわかるのでご辛抱いただきたい。
あの人のお店に向かうには……。
魔都のこの裏路地を入って……、くそッ、入り組んでいる。
幼い日の記憶を頼りに探すの大変だなあ。父さんに連れて行ってもらったのもグレイシルバさんのところほど頻繁じゃなかったしなあ。
しかもなんでこんな裏路地に店をかまえようとするか?
隠れた名店でも気取るつもりか?
そうして大通りから入っては、別の大通りまですり抜け……それを何往復か繰り返したのち……。
「やっとみつけた……!」
ここだ。
看板には『おでん ばっかす』と達筆で書かれている。
ここが僕の目的地。
酒の神バッカスが営むおでん屋だ。
酒の神なら酒売れや……と思うんだが、それがどうも世の中単純にはならないらしい。
酒を嗜むには、同時につまみも必要不可欠。
そして充分に互いのポテンシャルを引き出し合うために白羽の矢が立った、それがおでんということだ。
そしてバッカスは、その日からひそかに魔都の片隅で、ささやかながらもおでん屋を営んでいる。
もちろん美味いお酒もコミコミで。
とはいえ僕自身、そんな酒神の主張は一切微塵もわからないんだけど。
だって僕まだお酒飲んだことないし。
未成年だし。
農場国では二十歳未満の飲酒喫煙は法律で禁じられています。
ということで酒神バッカスとはまだまだ縁薄いところではあるけれども、しかしこの先絶対つきあいが密になってくる……と父さんから断言されているので無下にはできない。
父さん曰く……。
――『いいか? 人間と酒は切っても切り離せない存在なんだ。食料としても嗜好品としても、酒はどんな時代どんな地域どんな文化でも密接に人と関わってきた。嬉しい時も悲しい時も人は酒を飲む。何もない日も酒を飲む。そんな人と密接すぎる関わりを持った酒。その酒を司る神がバッカスなんだ』
……ということでバッカス神を軽んずるとあとあと大きな災いを被りかねない。
ということで積極的でないながらもバッカス神に仁義を通す僕ジュニア。
「おじゃましまーす。……あれ?」
扉を開けて入店しようとするも、何故か扉が開かない?
どうした? 何故開かない?
客を拒否するとは飲食店にあるまじき暴挙ではあるまいか!?
ええいコラ! 開けろ! そして客を入れろ!
ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン!!
『どぎゃあ煩ぇ! 営業妨害で訴えるぞ!』
しばらく扉を叩いていると、肝心のバッカスがブチ切れ顔で出てきた。
まあキレるのもやむなしか。
『ヒトの店のドアをガンガンガンガン叩きやがって! 壊れたらどうする!? お客様は神様とかぬるいことほざいてんじゃねえぞ、むしろ神様はこっちじゃあ!……って、ん? お前は見覚えのある顔だな?』
たしかにマジモンの神様であるバッカスに『お客様は神様』は通じないか。
『そうだ、聖者のところの子どもではないか。成長したな。人の子はあっという間に伸びては老ける』
超越者らしいセリフが出てきた。
それなのにバッカス神、酷いじゃないですかお客を閉め出して!
『ん?』
今は真昼間ですよ!
真っ当なお店はどこも営業しているのに扉を閉めているなんて! これじゃお店を経営している意味ないじゃないですか!
『お前何を意味のわからん……、そうか、お前はまだ未成年というヤツだったな』
いかにも僕はまだ一人前とも認められない未成年!
それがどうした!?
『ならこういう店の常識も知らんのだろう。ほら、そこの案内板を凝視してみよ』
案内板?
そこにはお店の営業時間が書かれていて……。
――『営業時間 夕方から』
夕方からッ!?
『酒場というのはな、仕事帰りのお兄さんお父さんが主に利用するのだ。だから仕事終わりの夕方からが活動時間。真昼間から開いたりせぬわ』
そうだったんですか!?
だから扉閉まっていたのかッ!?
すみませんッ、そんなことも知らずにドンドン扉叩きまくって!!
『まあ、営業していなくても料理の仕込みとかしていたり開店準備中だったがな。まあ聖者の親族とあれば無下にはできまい。仕込みの片手間歓待でよければ上がっていくがいい』
バッカス神、寛大だった。
さすが神様……!
『正確には神と人間のハーフ……半神ではあるがな。たとえそれでも神格は見劣りしない。地上の皆からは尊敬されてばっかっす!!』
出た! バッカス渾身の持ちネタ!
いやこれでやっとバッカス神の下を訪ねた実感が出てきた。
あー、満足した。
もう帰ろうか。
『いや待て。結局お前何しに来たっす?』
踏み込んだ店内は、まだ仕度中だけあって人もおらず物静かだ。
これが開店と同時に人が雪崩れ込み、賑やかになるのかと思うと不思議になってくる。
さらには既に充満するおでん出汁の香り。
嗅ぐだけで食欲が刺激される。
『フム、はんぺんでよければ食うがいい』
えッ!?
いいんですか!?
そんなに物欲しそうな顔していましたか僕!?
『はんぺんなどはすぐ煮えるからな。問題ないっす!』
では遠慮なくいただきます。
……大美味い!
急ごしらえながらも出汁が染み込んでいて! しかもはんぺんならではの独特な歯ごたえも癖になる!!
『はんぺんを臆さず食べるとはさすが聖者の息子よ。食に物怖じがないな』
ついこの間、固定観念を揺さぶられたばかりなので!
しかしバッカス神は凄いですよね。
お酒という、自分の本来とはまったく別分野であるおでんに傾倒して十年。
そんなに長い間情熱を保ち続けられるなんて、尊敬できる。
『これもまた、酒造りの高みを目指す一環』
と酒の神は語る。
『酒は単体で飲まれるものではない。食べ物と交互に一緒に口に入れ、互いの味を高め合うことも酒の奥深さ。それを研究するために、一時は本筋から離れてみることも修行の一つ』
おお、今まさに修行中の僕にとっても参考になるお言葉!!
『それに半神である私にとっては十年二十年も大した時間ではないしな』
こっちのお言葉は参考にならなかった。
『私は遥か昔に天空神ゼウスと、とある人間の王女との間に生まれた。神格は純正の神に劣るが、その能力に遜色なかった。私が司るのは酒。人間どころか神すら魅了する飲み物を管理する私には、天空の神々もおいそれ手出しはできない』
それゆえに、半神バッカスが一人地上を放浪することも神々は黙認してきた。
数多くいる神の中で彼だけが気ままに振る舞うことを許されたのも、彼が司る酒という事象の特殊性ゆえだろう。
天空の雷よりも、うねる大海よりも、あるいは深遠なる冥界よりも酒の方が神の力として恐ろしいのかもしれない。
そんなバッカスが、放浪神ながらも地上に酒をバラ撒き、人々の文明レベルを上げてきたのは、どんな神よりも目覚ましい功績ではないか。
そりゃあウチの父さんも一目置くわけだなあ。
しかし、そんな父さんもまたバッカス神から一目置かれているわけで。
……なんだこの文明ランクアップ保持者二名?






