1418 閑話:追放料理人の独白
私はシェフ・ヌライチ。
とある街で料理店を営んでいる。
かつては人間国の王都で働いていたが故あってこの地方都市へと移り住んだ。
王都にいた頃もついていた職はコックだ。
国内有数の有名レストランに勤めていた。
勤続年数は五年、他店に引き抜かれてからひたすら勤勉に勤め、厨房でもそれなりの地位に上り詰めていたと思う。
状況が変わったのは、今より十数年前。
巷に流行りだした謎のメニューからだった。
最初は何だっただろう……トンカツか?
今まで見たこともない料理、しかし一口食べてみれば飛び上がるほど美味しい。
だから皆こぞってその絶品料理を求める。
当時私が勤めていた三ツ星レストランにも、多くの金持ちが詰めかけ『例の料理はないか?』と問い合わせられたものだ。
しかもそういうことが一度ならず。
料理の品目を変えて幾度となく起こった。
フランクフルト、パスタ、ラーメン、カレー、おでん……。
何か新しい料理が巷に現れるたびに業界全体を揺るがす大ブームが巻き起こる。
私が勤めていた一流レストランは戦々恐々だった。
何しろ王都……いや人間国で一番のレストランだからな。
しかし、そんな頂点の地位も瞬時に崩壊しかねないほど、巷に次々現れる謎料理の人気は凄まじかった。
頂点を守るには、自分たちもその料理を作るしかない。
当時、中堅料理人だった私も含めて、死に物狂いで市場を駆けずり回ってレシピを探したものだ。
そこまでならばまだよかった。
真っ当な企業努力というヤツだ。
しかしあの店は、一線を越えてしまった。
一度レシピを入手したら、市場に残っている同じ料理のレシピを抹消したのだ。
王都ナンバーワンレストランの人脈、権力をフルに使って。
そうして人気料理を独占する。
すべては頂点の座を守りぬくために。
業界最王手の重圧に、他の一般レストランは押し黙るしかない。
みずからの努力で競争を勝ち抜くのではなく、卑劣な手段で利益独占しようとする自店のあさましさにまず反発を覚えた。
さらに私が失望する要因となったのは、一旦手に入れたレシピを何も工夫することなく使い続けることだった。
常に流行り廃りが変わり続ける料理業界。
停滞はすぐさま没落へと繋がりかねない。
だからこそ折角入手したレシピを土台に、さらなる研究を続けていかねば、新メニューを開発していかねば。
目まぐるしく動いていく時流に乗り損ね、置き去られてしまう。
そう料理長やオーナーに再三具申してきた当時の私。
その回答は、唐突な解雇だった。
上に楯突く駒など必要ない……とのこと。既に多くの流行料理のレシピを独占していた一流レストランは、それだけで安泰だとタカをくくっていたのだろう。
長年勤めた職場を突然放り出され、一端は絶望に暮れた私だがすぐに思い直した。
どうせかねてから失望していた職場。それと縁が切れ、料理人として一からやり直す機会を得たと思えば万々歳ではないか。
私は料理修行と称して世界中を回った。
巡る先々のレストランに雇われては、その風土を学び、みずからの知識に取り入れ料理のレパートリーを磨いていった。
その結果開発できた完全オリジナルの料理。
我が最高傑作と言っても過言ではない、それが不正一流レストラン在職中に仕入れたパンケーキのレシピを元にした……。
ベーコンエッグパンケーキだった。
評判は上々。
その頃には私も、居抜き店舗を買い取って一国一城の主となっていた。
所在地は地方のとある中規模都市だったので、さすがに王都からの影響も届かない。
それどころか古巣の一流レストランは、風の噂によるとどうやらその行いに相応しい末路を迎えた様子。
いくら最王手であっても所詮は一料理店、業界を完全圧倒することもできず、どこからか漏れたレシピ情報が巷に出回り、人気料理の独占は不可能となった。
それに加えてせっかく入手したレシピも研究を怠り、まったく進化させられなかったのだ。
そんなザマで厳しい経営競争を生き残れるわけがない。
とどめとなったのが農場国の建国だ。
その時になって判明したのだが、それまで世間を騒がせてきた極上料理はすべて農場国の支配者……聖者様が出どころであったらしい。
社会的に認知された聖者様が、みずからの料理レシピを全面公開したことで、かろうじて保たれていた古巣の優位性は一気に崩れ去った。
さらにはリテセウス大統領が、レシピ独占のために同業者を威圧していた不正を摘発。
それがダメ押しとなって王政時代から続いていた一流レストランの歴史は幕を閉じたという。
料理長もオーナーも、今はどこで何をしているかわからない。
私自身にとってもどうでもいいことだしな。
それよりも、今の私に重要なのはこのベーコンエッグパンケーキで、来店するお客さんの腹を満たし、美味しさに心も満たしていただくことだ。
パンケーキにベーコンエッグを合わせる。
一見合いそうにない二つの料理を併せるに至ったきっかけは、料理修行の旅で流れていった魔国での体験だ。
私はそこで、ホットサンドを売る露店でアルバイトをしていた。
ひたすらサンドを焼いている時、具材として挟むベーコンやチーズ、ソーセージや目玉焼き。
その時ふと閃いたのだ。
こんなにパンと具材の親和性が高いのだから、パンをパンケーキに変えても親和するのではないかと。
その時、一流レストランで修得したパンケーキの知識が輝き出した。
何度かの実験と失敗を重ねて完成の域に達したベーコンエッグパンケーキ。
みずから研究研鑽することをやめてしまった古巣レストランを反面教師に、工夫を絶やさず、ソーセージエッグパンケーキやチーズチキンパンケーキなどレパートリーを増やした。
おかげさまで噂も広まり、遠い地から我が店を目当てに訪れるお客さんがいるほどである。
本当にありがたいことこの上ない。
そんなある日……やはりそうした観光客からの予約が舞い込んできた。
ノーライフキングの先生?
また変な名前で予約してきたな。予約者の名称で遊ぶ人はよく見かけるけれどな……。
そして実際にやって来たお客さんを見て、マジに卒倒しかけた。
本当にノーライフキングではないか……!?
わかる。
一度見たことがあるから。
修行時代、冒険者のパーティに雇われて料理係としてダンジョンに潜ったこともあるのでな。
あの時の魂から凍るような感覚は、今になっても忘れない。
いや、待て?
そういえば聞いたことがある。
近頃街に出没するノーライフキングの噂を。
そのノーライフキングは、何の変哲もない街や村にフラリ現れては、ちょっとした名所を見学したり、グルメに舌鼓を打ったり……。
そして大抵は絶賛して去っていくという。
もしやそのご当地訪問ノーライフキングなのか!?
それに加えて、同行している一見少女の見た目をしているのは……。
どこかで見かけたことがある、ドラゴンラーメンの開祖ヴィール様では!?
ラーメン業界では有名なレジェンド。
今でも、多少名の知れたラーメン店にはみずから足を運び、その味を研究のために確かめるという。
そのヴィール様がノーライフキングと共に来店?
何故だ!?
ウチは別にラーメン屋ではないけれども?
あッ、もしや最近の新商品、焼きラーメンパンケーキの噂を聞きつけて?
でもあれ売れ行き芳しくなくて先週で販売終了してしまったのだがなあ。
とにかくノーライフキングとドラゴンで凄い面子だ。
ここまでくると、あの二者に挟まれている普通の少年が却ってただ者じゃないと思えてくる。
どうしたバイトのウェイトレス?
衛兵を呼びましょうかだって?
バカ者! ノーライフキングだろうがドラゴンだろうが、ウチに来店してくれたお客様なのだから全力でもてなすのみ!
さっさと御注文を取ってくるんだ、これも給料のうちだぞ!
……ベーコンエッグパンケーキ三つ!
かしこまりました、どぉりゃあああああああああああッッ!!
さあ、どうだ?
我ながら手応えのある出来だが……?
うむ、皆様美味しそうにガッついていらっしゃる。
あの感じならば、お気に召さなかったということはなさそうだ。
ガッツポーズ。
引き続き、厨房からあの人外魔境卓の動向に聞き耳を立ててみる。
「しかし時代も変わったなあ。こうしておれたちが味に驚愕するのは、ご主人様限定だったんだぜ。ご主人様が思い付きでなんか作り出して、食べたら美味かった。この世界にない未知の体験ができるのは、ご主人様だけがもたらすはずだった」
『たしかにほんの数百年前まではそうじゃったのう。……まるで隔世の感じゃわい』
「しかし今じゃご主人様だけじゃねー。世界中からチラホラと、同じだけの驚きをかましてきやがる」
『それも、聖者様がみずからの知識を惜しみなく広げておるからじゃのう。普通ならば知識は財産。おいそれと他人に分け与えたちはしないものじゃが、それを何の気なしに行えるのも聖者様の大きさよ』
なにぃ、もしや。
あの噂の我が街訪問ノーライフキングとドラゴンラーメン開祖は、聖者様の従者だったのか!?
聖者様はノーライフキングとドラゴンをそれぞれ従えていると聞くが……!?
もしそうなら、私の努力と葛藤の末にたどり着いた答え……ベーコンエッグパンケーキを聖者様から認めてもらったことに。
間接的に。
私の料理人人生は、常に聖者様の影響を受け続けてきた。
聖者様から流れてくるレシピを探し求め、見つけたレシピを必死に注目し、独自のアレンジを加えてきた。
それらのこれまで歩んできたすべてが報われたように思えてならない。
今日まで頑張ってきて本当によかった……!
それはそれとして、やはりコーヒーとコーヒーゼリーの同時出しは考えた方がいいかなあ?






