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1417 ジュニアの冒険:パンケーキで朝食を

 今、……僕たちは未知の領域にいる。


 ベーコンエッグパンケーキという未知の領域の中に。


「お待たせいたしましたー、ベーコンエッグパンケーキのお客様ー」

「「『はい」」』


 三人一斉に声を上げた。

 だってみんな同じもの注文したし。


 一人ぐらい別のもの頼めばよかったか?


「ソーセージエッグパンケーキ……サーモンパンケーキ……ダメだ、食事系のレパートリーしかないのだ」


 メニューを見詰めながらしかめっ面になるヴィール。

 あわよくば普通の甘いパンケーキを注文しようという魂胆だったか。


『ほうほう、グリンツェルドラゴンのヴィールともあろう者が怖気づくのか?』

「あぁ?」


 あッ、珍しく先生が挑発してきたッ!?


『未知の美食が待ち受けているというのに、あえて食べ慣れた従来の道に進むのか? それが勇猛と暴虐を旨とするドラゴンの振る舞いかのう』

「むかっちーん! 言うたな死体モドキが! ベーコンエッグだろうとパンケーキだろうとドンと来いなのだ! don't故意なのだーッ!!」


 上手いことヴィールを乗せた。

 この先生の手際のよさは一体?


「コーヒーは食後にお持ちしますー」


 そして相変わらず動じない店員だった。

 いや待て、食後にコーヒー持ってきたらますますデザートのコーヒーゼリーと被るのでは!?


 それはともかく……いよいよ僕らの眼前に例のブツが運ばれてきた。


 ベーコンエッグパンケーキ。


 見た目は悪くない。

 きつね色に焼き上げられたパンケーキの表面は、同じく暖色系のベーコンや目玉焼き(黄身)と調和している。


 充分に食欲をそそる形だ。


 しかしパンケーキの甘みを想像するに、どうしても味の不協和音が脳内で強調されてしまう。


 僕たちが進もうとしている道は、希望へと続いているのか?


 恐れず進め。

 ひとまずはナイフとフォークを動かして……パンケーキを一切れ口へ……パクリ。


「!?」


 甘くない!?

 甘くないぞこのパンケーキ! むしろ塩辛い!


 そうか、砂糖を入れていないんだな、このパンケーキ!

 パンケーキの作り方は、基の粉を水に絡めてプレートで焼く! その過程で様々な調味料を混ぜ合わせれば、いかなる味にも調整可能ということか!

 砂糖を混ぜれば甘く!

 塩を混ぜればしょっぱく!


 いかなる形にもなりうる常識に囚われない自由。

 それがパンケーキだったんだ!


 そしてそのパンケーキに添えられたベーコンエッグ。

 いや、コイツだって充分にメインを張れる力量があるのに、主力と主力が合わさり合うとどんなイノベーションが生まれるというのだ!?


 僕は……恐る恐るフォークで目玉焼きをつつく。

 半熟のトロリとした黄身が溢れ出してくる、焼き加減が最適だ。その黄身をパンケーキの生地に絡めて食べると……。


 ……美味しい。


 塩味のパンケーキ生地が、黄身のトロリ食感や、基本的無味な白身とよく合う。

 さらにはベーコンの濃い塩味と肉そのものの歯ごたえも、まったく異質なパンケーキとハーモニーを奏でる。


「うまうまうまうまうまうま!! これはうめえ! 当たり寄りの当たりなのだぁああああああッッ!!」


 ヴィールもまた、これまでのおっかなびっくりとは打って変わってパンケーキ、ベーコン、目玉焼きを順番に無限ループで貪り続ける。


「わかったぞ、これは……朝食だ!!」


 ヴィールは閃いたように叫んだ。

 ちゃんと口の中のもの飲み込んでから喋りなさい。


「朝! 忙しいながらもしっかり栄養を補給しなければいけない朝! 肉と卵のタンパク質に、パンケーキの炭水化物を加えた完全食品を一緒くたに速やかに食える! これこそ朝食の理想形じゃないか!?」


 たしかに。

 パンケーキって、基は小麦粉だから炭水化物の塊だもんな。


 それを肉卵と一緒に食べるなんて、ベーコンエッグパンケーキとはいわばカツ丼の西洋版ではないか?

 でも朝からカツ丼と考えたら重いか……?


『ジューシーな味わいですのう。ごはんの代わりにパンケーキが進みますのう』


 先生もチビチビとベーコンエッグパンケーキを味わっている。

 好評のようだ。


「そろそろ食後のコーヒーとデザートをお持ちしてもいいでしょうか?」

「「『よろしくおねがいしまーす」」』


 結局僕もヴィールも先生も、皿の上のパンケーキもベーコンエッグもすべて平らげてしまった。


 空のお皿と入れ違いに出されたコーヒーを飲んで一息つく。



「「『……ふう」」』


 そして先生はコーヒーゼリーを肴にコーヒーを飲んでいた。

 やっぱりコーヒーとコーヒーが被るのか……。


「しかし時代も変わったなあ」


 ヴィールがしみじみ言いだした。

 どうした?


「だって、こうしておれたちが味に驚愕するのは、ご主人様限定だったんだぜ。ご主人様が思い付きでなんか作り出して、食べたら美味かった。この世界にない未知の体験ができるのは、ご主人様だけがもたらすはずだった」

『たしかにほんの数百年前まではそうじゃったのう。……まるで隔世の感じゃわい』

「また年単位間違ってるぞ死体モドキ」


 ご主人様とヴィールが呼ぶのは当然僕の父さん。

 たしかに父さんの料理は凄まじいもので、ただ美味しいだけじゃなくて人々が思いもしないメニューを、思いもしない素材や調理法で作り上げる手際はまさに魔法以上だった。


 その腕が先生やヴィールを始め、様々な人々(たまには人以外の存在)も引き付ける一因にもなった。

 僕だって料理の手ほどきは父から受けたものだった……。


「しかし今じゃご主人様だけじゃねー。世界中からチラホラと、同じだけの驚きをかましてきやがる」

『それも、聖者様がみずからの知識を惜しみなく広げておるからじゃのう。普通ならば知識は財産。おいそれと他人に分け与えたちはしないものじゃが、それを何の気なしに行えるのも聖者様の大きさよ』


 意図せぬところで父親がベタ褒めされているところに立ち会ってしまった。

 これは気恥ずかしい。

 その反面、どこか誇らしげな気持ちにもなるのだった。


『さて、思い出に浸っている間にデザートも食べ終わったの。最後まで美味であった』

「コーヒー飲みながらコーヒーゼリー食いきりやがった……!」


 食いきった……!

 さすが先生、恐ろしや……!?


『生徒たちのオススメ通りよい店じゃったのう。これで授業の時に話題が増えるわい』

「同じものをご主人様に作ってもらうのだ!! ご主人様の腕前ならどれくらいブラッシュアップされるか見ものだぞぉおおおッッ!」


 店を出る時には、入店の時の不安なぞ消し飛んで満足感だけが残っていた。

 やはりオススメのお店は安定感が違うな。

 聞き慣れないメニューだからと言って警戒するのは浅慮だった。


 ……。

 それはそれとして……。


「「甘いものが食べたい」」


 ベーコンエッグパンケーキはそれはそれで美味しかったけれども。


 それでもパンケーキを食べると聞いて、僕の口は甘いものの受け入れ態勢完了していたんだ。


「おれだってそうだー! ズシリと甘いものを食わなきゃ、この甘味欲は収まらねえぞ!!」

『デザートのアイス食ったであろう?』

「あんなちょこっとじゃ収まらねえのだ! おれたちの甘味欲を満たすには最低限、パフェぐらいメイン張るものじゃないとなあ!!」


 まことヴィールの言う通りだった。

 僕もこのまま甘いものを食べずに終わらせることはできない。

 最低でもホールケーキぐらいお腹に入れなければ!!


『若者の胃袋は剛健じゃのう』


 食欲不振の老人のように笑う先生。

 しかしその先生も付き合って、最寄りのカフェで甘いものを食いまくる僕たちだった。


   *   *   *


 そうして、楽しい食事も終えて解散が近づいてきた。


 僕は再び旅路へと戻る。

 ヴィールと先生は農場へと戻っていく。


「危ないことがあったらすぐ呼ぶんだぞジュニア! 光の速さで駆け付けるのだ!」

『農場で、さらなる成長をしたジュニアくんの帰りをお待ちしておりますからのう』


 そう言ってヒュンと音を立てて飛んで行った。

 マジで彼らの移動は一瞬だ。


 さて、僕もみずからを鍛えるたびに戻るとするか。

 いろんなところを渡ってわけわからなくなってきたが。


 ……ひとまず、ここどこ?

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書籍版19巻、8/25発売予定!

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↑コミカライズ版こちらから読めます!
― 新着の感想 ―
なんだ甘くないパンケーキなのか……それパンケーキか??
ベーコンエッグパンケーキはパンケーキの横にベーコンエッグが置かれたモノとベーコンエッグとパンケーキが重なったモノがあるが話から想像すると横に置かれた方かな? 私的には重なった方が良いと思うのだが… ま…
コーヒーゼリーはゼリーであってコーヒーじゃない、だから共存出来る!
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