1413 ジュニアの冒険:振り返ったら終わり
ひょごわぁああああああああああああああッ!?
ずごばったんッ!
着地成功!?
いや着弾ッ!?
ともかく人間砲弾と化した僕は、地面と激突することでやっとこさ慣性を止めることができた。
あの若作り冥府神め、やることが乱暴な!
冥府からの唯一の脱出方法がカタパルトで撃ち出すなんて、逆になんかの処刑方法かと思ったぞ!
あの世からの脱出どころか天国まで打ち上げられるかと思ったわ!!
「くっそ……あとで絶対に訴えてやる……!」
ヨロヨロと起き上がる。
振り返ると、遠い先に見える大河の風景。
あれは三途の川か……いや、ステュクス川だったか。
いやもうここまで来たらどっちでもいいか。
あの川が進行方向と逆側に見えるってことは、砲弾として射出された時に飛び越えたってことだよな。
ある意味目的は達したということだろうが……。
『戻るでないぞ』
ヒッ、誰!?
僕しかいないはずのこの場所で、急に誰かから話しかけられてビビる僕。
何事かと周囲を見回すと、着弾地点のクレーターに投げ出されるカプセル状のものから、ヴィンと映し出される若作りハデス神の姿!?
何だこれ!?
『お前と共に人間射出機“黄泉リターン”で撃ち出したメッセージボックスだ。ここから現世への帰り方をナビゲートするぞ』
はあ……!
それはどうも、ご丁寧に。
『まず、ステュクス川に向けて戻ることは絶対にいかんぞ。冥界には魂を縛る引力のようなものが働いている。迂闊に近づくと死者も生者も関係なく絡めとられて冥界に飲み込まれることであろう』
なんと、そんな恐ろしいことが。
『そのため、現世へ戻るには冥界の引力を超える脱出速度で撃ち出さなければならない。“黄泉リターン”が必要とされるゆえんだな』
あの冗談みたいな人間射出機にも、それじゃなきゃいけない意味があったのか。
何事にも必要とされて存在するんだな。
『さて、ここからすべきことを指示するぞ。お前はまだ冥界から完璧に脱出できたわけではない。気を緩めぬことだ』
えッ? そうなの?
あのような死にそうな思いまでして、まだ?
『現在お前がおるのはあの世とこの世の境目というべき地点だ。何事もあやふやで、振る舞い一つによって簡単にあの世へ引き戻される。ゆめゆめ油断するなかれ』
はいッ!?
『これからお前がするべきことは一つ、ステュクス川とは逆の方へ向かってひたすら進み続けよ。さすればそのうち現世へ戻れるであろう』
それだけですか。
シンプルというか明快というか。
『しかしその途上にも障害がある。これから進み続けると、鬱蒼とした森に入るであろう。「オルフェウスの森」と呼ばれるエリアだ』
森……?
『そこに入ればけっして、してはならないことがある。振り返ることだ』
振り返る?
振り返ればヤツがいる?
『「オルフェウスの森」にはあの世この世双方に向けて様々な未練を残した亡霊が屯している。ヤツらの見ている前で振り返り、未練を残したそぶりを見せればすぐさま同類とみなされ、取り込まれてしまうであろう』
その結果。
『お前自身も亡霊となって、永遠に森の中を彷徨う羽目になる』
ひえぇええッ!?
そんな恐ろしい場所があるなんて!?
『肉体を失った魂にはそこまで危険じゃないんだがな。肉体があるからこそ恐れや不安に苛まれて振り返ってしまう。だから“黄泉返り”における最高の難所が、こことなっている』
どうせなら人間射出機でそこもすっ飛ばしてもらえばよかったのに!
『そこまで便利なわけにもいかんのでな。……さて、伝えるべきことは伝え終わった。このメッセージボックスは自動的に消滅することになっておる』
そんな古典的なッ。
『では健闘を祈るぞ聖者の息子よ。今度は現世で会おうぞ』
そう言ってハデス神の立体映像は、その投影機諸共に泡と消えていった。
本当に言うだけ言ってフェードアウトしていきやがった……!
マジかよ。
こんな空恐ろしい場所を一人で進んでいかなあかんの?
寂しいんだけども。
しかしここでまごついているわけにはいかぬ。
僕には現世へ戻って、やらなければいけないことがたくさん残っているんだ!
必ずや現世へ帰る!
振り向かなければいいんだろう振り向かなければ!
前だけ向いてたらいいんだっけ、それじゃまともでいられない!
* * *
そうして進みだして……。
……もう何時間経ったっけ?
わからん、一時間も経っていないような気がするし、逆にもう何日も歩き続ている気がする。
時間の間隔が曖昧だ。
目の前には木々が連なり、視界の端へと通り過ぎて消えていく。
しかしそんな風景が続くと、同じところをループし続けて何も進んでいないんじゃないかと思えてくる。
自分が何処にいるのだろうかと不安になる。
周囲を見回して現在地を確認したくなるものの……危ない。
それは“振り返る”のとほぼ同意だ。
ハデス神がせっかく忠告してくれたのに、それを簡単に破ってはダメだ。
実際、あらかじめ注意されていなかったとしてもこの森には、肌で感じ取れる言葉にできない異様さがあった。
森とは言うけれども、視界に入ってくる木々はすべて枯れ果てて葉の一枚もついていない。しかも木皮も白くなって生命感の欠片もない。
なのに、森の中には『何かがいる』感じがしてならない。
視界の中には決して現れない。
なのに確実にいるとわかる何かが、主に僕の背後から気配がするんだ。
進めば進むほど……僕の背後にまとわりついている気がする。
もはや数百と、僕の後ろに屯っている気がする。
このまま背後から襲い掛かられたら、どうにもならないほどの……、はッ!?
ダメだダメだダメだッ!
そう思わせることがコイツらの手口なんだ!
不安と恐怖を助長させて、後ろを確認させるために。
振り向かせたらこっちのもの。
それが『アイツらの仲間になる』ということを認めた証なのだから。
亡霊たちには肉体がないから、こうして精神的に揺さぶる手法しか使えない。
それが恐ろしい。
……へやッ!? なんだ?
今、視界の端を虫が飛んで行ったような……!?
いや、こんなすべてが枯れ果てた“死の森”に虫一匹生息しているとは思えない。
ヤツらの罠だ。視線誘導だ。
そんな揺さぶりに引っかかって堪るかと益々視線を前へ向ける。
すると連中も手を変え品を変えてこっちの不安を煽ってくる。
「……」
「……………………」
「………………」
「………………………………………………………………………………………………」
なんか話し声が聞こえるぅううううう。
真後ろから。
しかもボソボソと小声で、話の内容までは窺えない。
それがまたズルいところで、ここまで中途半端に聞こえると、耳をそばだててより深く聞こうとしてしまう。
これは理性では抗えない、本能的なものだ。
耳を塞ぐわけにはいかないし、本当に厄介なやり口だ。
……くそ、聞きたいわけでもないのに会話が気になってしまう。
しかも、こうして耳を澄ませているとちゃんと聞こえてくるようになるから不思議だ。
「トムが言うのさ、『ヘイ、マイケル、キミのハウスではブタを飼っているのかい』ってね」
「だからオレはこう言ってやったのさ!」
「……………………」
「……」
「…………」
いや言えよ、オチを!!
……。
ハッ!?
しまった、振り返ってしまった!?






