1412 ジュニアの冒険:冥神フォームチェンジ
『二度と来るな殺人鬼!』
『帰れ帰れ!』
『地獄の悪魔より残忍だぜ! 聖者の息子ってのは!!』
コキュートスの亡者から大ブーイングを受けて僕は出発した。
しかし散々な言われようだ。
いくらコキュートスかき氷に亡者の果肉入りをやりかけたからって、実際混入はしなかったんだからよかったじゃないか。
『やはり恐ろしい御方なのでは……このお客様……!?』
同行するウェルギリウスさんの僕を見る目が変わってきたような気がした。
『私が担当するお客様は、皆そう? だから冥府ツアーは長年お蔵入りに……?』
まあそう深く考えないで。
それで僕たちは、さらにこれからどこへ向かうんです。
『あ、ハイ。これよりハーデス城へ帰還します』
元の場所へ帰るわけですね。
いや色々回ったせいか、とても久しぶりに戻ったような気がする。
待ち受けているハデス神も待ちくたびれて老けちゃったりしていないだろうか。
そんなわけないか。
そして実際にハーデス城へ到着。
ただいまーと謁見の間に入ってみたら。
『ム、ムウ……戻ったか聖者の息子よ』
誰ぇえええええええええッッ!?
知らない人がいる!?
いや知らない神か!?
僕の記憶にはまったくない四〇〇%初対面。
年頃は若くやたらとイケメンで、顔貌が整いすぎてキラキラ光を発しているかのようだ。
マジで誰!?
少なくともこれまで会った神にはいなかったが、ハンサムぶりでは天界神のアポロンさんにも引けを取らないぐらいだ。
やはり冥界神なのか!?
『笑止! 少々外見が変わった程度で余を見失うとは、眼力が養われておらぬな。お前の父、聖者であれば即座に気づいたであろうがの』
父さんのことを知っているのか!?
ていうか神様なら誰でもウチの父さん知ってるか。つまりは何のヒントにもならない。
益々わからん!
『……アナタ、若者いじめはいい加減になすったらいかが?』
『ム、ムウ、デメテルセポネ……!』
そこへ追加で登場するデメテルセポネ女神。
?
アレおかしい。
デメテルセポネ女神ならいつも旦那さんのハデス神が傍にいるはずではないか?
なのにいない。
しかもこんな女ったらしそうな二枚目のイケメン神がすぐ傍にいるというのに。
奥さん一筋のハデス神なら、悪い虫も寄せ付ける者かと飛んでくるだろうに……。
……あ。
まさか!?
『笑止、やっと気づいたようだな』
まさかぁッ!?
このハンサム二枚目イケメン神がハデス神!?
どうして!?
いつも威厳たっぷりなおじいさんな見た目していたじゃないですか!
なんなら僕が冥府ツアーに出かけた時も!
まあこの際姿を自在に変えられるのはいいとしよう!
神だったらそれくらいできるさ!
でもなんであんな気まぐれに、バラでも咥えて登場しそうなイケメンに!?
『フッ、いかにも余が冥神ハデスVer3.0である』
変なバージョンがついていた。
そしてやっぱりハデス神だった。
『聖者の息子は知っているか、地上では我らの像を使った遊戯が流行っていることを』
あ、はい。
ゴッド・フィギュアバトルですよね。
『発祥が魔族からであったせいか、使われている神像は余のものが一番多い。それはそれで有難いのだが、もっとも活躍するのがムサいジジイでは華がないと思ってな』
はッ!?
まさかそれで……!?
『どうだ? 主役を張れるビジュアルであろう?』
そのために二枚目になったのかッ!?
たしかに華々しいが、なんかやたら羽根のついてる鎧に身を包んで剣まで持って、オモチャ映えしそうではあるがッ!
『フッ、お前が冥府見物に出かけたのがチャンスだと思ってな。帰ってきた時にまったく違う姿で迎えればさぞかし驚くだろうと。すべてが狙い通りに進んだわ、笑止!』
ああ、そうですよ、すべてがアナタの思う通りですよ!
本当にビックリしたわ。
冥府で見てきた何よりこれが一番ビックリしたわ!!
それでハデス神、まさかこれからずっとそのビジュアルで通すつもりじゃないでしょうね?
『何か問題か?』
問題ないわけないでしょう!!
……でもないか。
いやでもこれまでずっと慣れ親しんできた姿をいきなり変えられると混乱というか。
なれるまでに時間がかかるというか。
それもまた人間の小さな引っ掛かりということなんだろうな。
『フッ、まあ聖者の息子もよく見ておれ。来シーズンは装い新たに貴公子となった冥神ハデスの像が、全国小売店に所狭しと並ぶであろう。そして飛ぶように売れるであろう。そしてフリーマーケットで数倍の高値が付くであろう』
あ、それはよくない傾向です。
『さてさて、こうして度肝も抜けたところで余も満足した。聖者の息子よ、お前はどうだ?』
え? 僕?
まあ度肝を抜かれました。
『そこではなく、冥府を一通り見終わって満足したかということだ』
そっちか。
はい、もう満腹気味ですね。
できればすぐさま現世へ戻りたく存じます。
『そうか、できれば聖者の息子にはもう少しとどまって冥府観光ツアーの企画を煮詰めていってほしいと思っていたが……。コキュートスでは新たな拷問法を編み出して亡者たちを震え上がらせたそうではないか。そなた案外冥界神に向いておるやもしれぬぞ』
意図せぬ名声が上がっている!?
違います! それはあくまで新名物を開発しようとしてですね!!
『しかし、いまだ生者であるお前が冥府に居続けるのも障りがある。帰るのであれば早い方がよかろう。死者と生者は本来交わらぬものだ』
何やら意味深なことを呟き、深刻な雰囲気を出すハデス神(若)。
『聖者の息子が冥府を見送る間、期間の準備も整った。あとは当人が腹をくくるだけでいつでも前世に戻れようぞ』
『よかったわね息子ちゃん。また気が向いたら遊びに来てねー』
軽い感じで別れの挨拶を述べてくれるデメテルセポネ女神。
しかしその前の旦那のフレーズが気になる。
――『当人が腹をくくるだけ』?
当人って、この場合僕のことだよな? でも『腹をくくる』ってなかなか出てこない、覚悟を決めるってことだぞ?
覚悟っていうのは暗闇の荒野に進むべき道を切り拓くことだぞ!?
そんな大層なことを、現世に帰るためにしなくちゃなのか?
『そりゃ、冥府から地上に戻ることは基本不可能だからな』
ええええええええええええッ!?
不可能!?
『だってあの世へ行ったモノが、そう簡単に戻って来れたら困るであろう。ゆえに彼岸と此岸の間には大河のごとき絶対に越えられぬ境界線が必要なのだ』
言いたいことはわかりますが……。
でもそれだったら僕ももう現世に帰れないじゃないですか!
どうしてくれるんですか!?
『安心せよ、「基本的に」と申したであろう。ちゃんと例外的措置は用意してある』
そう言ってハデス神が見せてくれたのは……。
ハデース城のテラス部分に設置されたカタパルトみたいなもの。
カタパルト……? 射出機?
まさかこれで!?
『冥界神謹製、渡った大河を遡れ・人間射出機“黄泉リターン”だ。聖者の息子よ。お前はこれに飛ばされてステュクス川のあっち岸まで一気に飛び越えていくのだ』
想像以上に力技だった。






