1410 ジュニアの冒険:太古に滅びしもの
ケンタウロス族。
それが、冥界で僕が出会いし者たちだった。
「ウィーーーーーーーーーーーーハーーーーーーーーーーーッッ!!」
「アイアムロッケンロール!!」
「キルキルキルユー! サノバビッチビッチファックマザーファッキンデストローイ!!」
「HAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!!」
野蛮な一族だ。
一目見てすぐさまわかった。
『ケンタウロスは好戦的な一族ですからなあ。粗野で乱暴、その肉体を構成する獣の本能がうずいているかのようです』
ウェルギリウスさんが解説して言う。
たしかにケンタウロスの外見はいかにも特徴的だ。
上半身が人間で、下半身が馬。
いやアレは下半身と言うのか? より正確には馬の……首から下の部位に相当するが。
あれも獣人と言えるのだろうか?
しかし僕が現世で見てきた獣人とは、あまりにも形態が異なる。
『あんなにキレイに分かれてねえよ』とツッコミが入りそうだ。
『基本的に「粗にして野にして卑」と言われて有名なケンタウロスですが、すべてがすべてそうではありません。中には頭脳明晰な賢者もいて。幾人もの英雄を育て上げたという逸話があるほどです』
そうなんですか。
としか感想が出てこない。
とか話していると、目の前のケンタウロスさんたちが急にビクッと震え出して……。
「……我思う、ゆえに我あり」
「人は知性あるが故に悩み苦しむ、しかしその苦しみがあってこそ人は獣から脱する」
「人間は知性ある葦である」
「みずからを律せよ」
急になんか賢そうなこと言いだした!?
ケンタウロスって野蛮な大多数の中に理知的な個体がまれにいるんじゃなくて、まれに理性を取り戻すのかッ!?
これが賢者タイムってヤツ!?
たしかに今の地上では、なかなか見ないタイプの生き物だ。
『勇気あるアホ、ケンタウロス族よ。私はウェルギリウス。ただいまこの旅行者を連れて冥界各所を回っている』
「それはご苦労なことだウィーハッハッハッハ!!」
急にアホになるな。
『血の川プレゲトンを根城とするケンタウロスたちよ。この地が如何なるものかを住人であるキミたちの口から解説してくれませんか?』
「わかったぜヒィーハァー!!」
会話してると疲れるな、この人たち。
「ここ血の川プレゲトンは、別名炎の川とも呼ばれる」
「煮えたぎる血は、溶けた鉛より熱く、まさしく炎のごとし」
「そこへ放り込まれた亡者は、皮膚を焼かれ肉を煮られ、塗炭の苦しみを味わうことになるであろう」
ヒーハー言ってたケンタウロスさんたちが解説の時は冷静になるの面白い。
「この川へ送られるのは主に暴力で他者を傷つけてきた罪人だ」
「川に放り込まれた亡者は前述のように、焼かれ煮られて苦しむが、もがき足掻いた末に川べりに這い上がって、逃れようとする者どももいる」
「そういうとき我々の出番だ」
実際、泣き苦しみながらなんとか川岸まで這い上がった亡者がいた。
そんな亡者の背中へ向けて……ケンタウロスが弓矢をキリキリと引き絞って……放つ!
「ぎぇえッ!?」
命中して矢に貫かれた亡者は再び煮えたぎる血の川へと落ちていくのだった。
……惨い。
「これが、我らがこの地で賜った仕事だ」
「絶滅して転生するよすがもなくなったので、冥府の獄吏として働くことをハデス神が課してくださったのだ」
「三シフト制で、深夜手当付き。交通費食費支給、健康保険加入済みだ」
至れり尽くせり。
そんなことを言っている間も、ケンタウロスさんたちは黙々と血の川から浮かび上がった亡者たちを、モグラたたきのノリで射抜いていく。
「おりゃああああーッ! 今日もキル数トップに特別手当だーッ!!」
「特殊部位命中に加点あるぞ!」
「お尻を出した子一等賞じゃあああああッ!!」
やっぱりスナイプしてると野性が呼び覚まされて狂暴化する模様。
冥府の一角が、世紀末のよどんだ街角となった。どっちも変わりないか。
しかしあんな生き物が、かつては地上にもいたんだなあ。
……近所迷惑そう。
そんなこと言ったらいかんか。
一体何があってケンタウロス族は、地上から消え去ってしまったんだろう?
『ケンタウロス族は、かつて地上を席巻した一族でした。馬の脚を持つ弓矢の名手。機動性と攻撃性を兼ね備えた彼らに敵はおりません』
たしかにそうだな。
機械や魔法を除けば、馬は世界最速の移動手段、その馬の脚を構造にもったケンタウロス族なら世界中踏破できない場所はない。
それこそ世界全土を支配できるだろう。
『一時期ケンタウロス族は、それこそ世界中に繁栄して霊長として君臨していました。しかし、それが傲慢と受け取られたのでしょうか。神の罰が下ったのです』
神の罰?
『そうです、神の命を受けた御使いが現れ、三日のうちに地上をくまなく焼き尽くしたそうです。そこに住む生命諸共に……』
その中にケンタウロス族も含まれた。
すべての生命を無慈悲にも抹消した、天の御使いとやらに、僕は凄く心当たりがあった。
「天使……」
そう、ちょうどここに来る途中で会ったばかりの天使ホルコスフォンおねえさんだ。
ホルコスフォンおねえさんを含めた十体の天使は、それだけで超絶的な戦闘能力を駆使し、それまで繁栄していた地上の生物を滅ぼしてしまったという。
すべては地上を手に入れんとする天界神の野望によってだが。
これらの話を総合するに……天使によって絶滅させられた旧世界の生命とは……。
このケンタウロス!?
「いやー、でも改めてこの体不便だよなー」
「尻掻こうとしても手が届かない!」
「消化器系も謎だしなー。人間の身体で大腸まで通してまた馬の胃へ行くの!? と……」
「仰向けで寝られねぇ―」
しかし、遠い昔の滅亡を経ながら、今日も明快で元気なケンタウロスたちだった。
……。
そんな半人半馬のシルエット郡の向こう側に……アレ?
ちゃんとした人影が?
「ウェルギリウスさん、あそこに立っているのは誰でしょう?」
『おや、たしかに誰かいますな? 亡者ではないようですが?』
僕もウェルギリウスさんも不思議がって近づいてみる。
そこには意外な人物が。
「菅原道真公!?」
『うぬ? 聖者の息子か、珍しいところで会うな』
僕はこの人物を知っている。
異世界からやって来た学問の神、菅原道真公だ。
農場には道真公を祭る分社があって、そこに生い茂る梅の木からは毎年美味しい梅の実が採れる。
ウチの父さんは、生まれてくた子どもたちの健やかな成長を祈って神社を作り、そこにわざわざ異世界から菅原道真公を呼び出して祭神に収まってもらった。
母さんは、自分の子どもたち全員につけて『お受験合格! お受験合格!!』と熱心に祈っていたのを思い出す。
そんな道真公が、何故冥府に?
一応関係ないですよね?
『私の元いた世界にも独自のあの世があるからな。だが聖者の祈りで異なる世界と行き来するようになり、こちらの世界の神々とも親交が増えた。仲良くなったハデス神の好意で、こちらの冥界を使わせてもらえるようになったのだ』
使う?
一体何に?
『いや、こやつらも、たまには違う地獄で苦しんだ方が気分転換できるだろうと思ってな』
と言って血の川を見下ろす道真公。
その視線の先には、灼熱の血液に溺れ苦しむ、一風様子の変わった亡者たちがいた。
……彼らは?
『生前私を陥れた出世競争者たちだが』
はい?
『私のことが邪魔だからと冤罪を着せ、僻地へと左遷させた者たちだ。死後その罪によってずーっと苦しめ続けているのだが、ずっと閻魔殿のところで苦しめていても飽きるだろう? なのでな』
という道真公の笑顔は、今まで見た中で一番朗らかだった。
それが怖い。
傍で聞いていたウェルギリウスさんが恐る恐る尋ねる。
『あの……、その冤罪事件が起きたのは、どれほど前なのです?』
『んー、かれこれ千年以上前かな?』
つまり、彼らが死してから千年ずーっと復讐され続けているってことか。
恐ろしい執念。
千年もあれば何回輪廻転生できたのか?
それを考えると神クラスの存在に恨まれることの恐ろしさが実感できる。
やっぱりヒトに恨まれるようなことはするべきじゃない、悪いことはするべきじゃないな、と悟った。






