1405 ジュニアの冒険:奈落の底へ
ヴィールとの論争が賑やかになって数十分。
段々と静かになってきた。
普通にくたびれてきたんだろうな。
「いいわ……それなら、これからはドラゴンエキスを人間界にバラ撒かないこと。そうしてくれるわね?」
「んなこと言っても在庫がなくなるまでは使い続けるしかねえのだー。おれは十年以上もずっと、戦ってきたんだからなー」
「じゃあそのドラゴンエキスはどこから出ているのよ!」
「そんなんこっちが聞きてえのだ! 今でも中元と歳暮の季節に送られてくんだぞ!」
「え? どこから?」
二人が一つの疑問点に到達すると、さらなる誰かが手を上げた。
「それ、私ですぅ~」
「シードゥルぅうううううッッ!?」「真の元凶はお前かぁあああああッッ!?」
終息したと思ったけれど、やっぱり賑やかだった。
ひとまず話もまとまったようで……、そろそろおいとましようかなあ。
「おや、もう帰るのか? もてなしもまだ充分にしていないが」
いえいえ、充分に受けましたよ充分に。
僕も修行中ですので、あまりゆったりもしていられませんからね。
常に艱難辛苦に我が身を置く!
それが修行の意義ではないでしょうか!?
「なるほど、ジュニアくんの己に厳しい考え、恐れ入ったぞ。思えばおれが出会った当時のアロワナ殿も武者修行の最中であった。まさにそんな感じであった」
えッ? 我が母の兄つまり伯父に当たるアロワナおじさん!?
そうか……、僕の進むこの道も、かつて先人が歩いたものなんだな。
「アロワナ王子(当時)も、みずからを鍛えるためにあえて困難へと立ち向かっていった。ノーライフキング、吸血鬼、自動人形、そして我が父ガイザードラゴン……どんな敵にも背中を見せず堂々としたものだった」
アロワナおじさんもバラエティ豊かな旅を進んでいったんだな。
「ならばジュニアくんにも、修行の旅に相応しい困難を用意してやらなくては! それが今まで世話になった聖者殿の恩へ報いる術!」
いえ、だからお気遣いなく。
いくら修行中だからって、困難に頭からダイブするほど後先考えないわけじゃありません。
「よしマリーよ、緊急招集だ!」
「緊急招集? 竜の国のドラゴンすべてを集めるあの?」
なんか物騒なワードが転がり出てきた。
何をするつもりですの?
と問うより先に、アードヘッグさんとブラッディマリーさんが互いの手を合わせ、魔力の光を込めていく。
「竜の皇帝と皇妃が命じる!」
「無敵なる兵たちよここに集え! 神々を蹴散らしガイアの正義を示せ!」
するとどうだろう。打てば響くと言わんばかりに四方八方から轟音鳴り響き、次々迫ってくる巨大生物。
『ダーグデューゲルドラゴンのシャルルアーツ、見参!!』
『デューゲルドラゴンのロゼ、参りました!!』
『バーギィスドラゴンのブラウディ推参!!」
『ギーグドラゴンのワイルドバギ、登場!!』
『ヴァイガンズドラゴンのティキラー、呼ばれて飛び出てきました!!』
『バロンドラゴンのクロウリー・シーマ、滑り込みで到着!!』
他続々と!?
あっという間に視界がドラゴンだらけになった!?
何だこれ!?
世界の終末ですか!?
「いや、竜の国にいるすべてのドラゴンが全員集合しただけだが」
それだけでも凄いことですよ!
ここまで一糸乱れぬ動員ができるなんて、普段から訓練している。
「さあジュニアくん、この竜の国に住む全竜を相手に、存分に修行するがいい!」
正気で言ってます!?
竜を相手に修行って……戦えってこと!?
まさかの百人組手ならぬ百竜組手!?
「おおー、ジュニアの修行に相応しい壮大な企画なのだ。アードヘッグもたまにはいいこと思いつくなー」
「そこ、訂正しなさいよ! アードヘッグはいつでもジャストアイデアを出すのよ!」
僕にとっては死にそうなアイデアなんですけども。
いくら何でもドラゴンと無限に戦い続ける修行なんて命がいくつあっても足りなくないですか!?
僕、現代っ子なんです!
ちゃんと計画的に計算されたローリスクなカリキュラムで進歩していきたいんです!
インストラクターを呼んでください!
こんなすべてを根性で補填するような地獄の特訓は今どきじゃないですって!
『じゃあ、誰から行くー?』
『聖者と言えばあのヴィール姉上を支配下に置く強者! その息子ならば同じぐらい強いに違いない!』
『是非とも直に確かめてみたい! まずはおれとの手合わせを!!』
ドラゴンたちもやる気だ!?
「おおー盛り上がってきたなー、ここはおれも参加して華を添えてやるのだ。思えばジュニアとガチでやりあったこととか今までなかったしなー」
ヴィールやめてください!
キミは他のドラゴンと比べても一次元先にいるでしょう!? 命に係わるわ概ね!
うおぉおおおおおおッ!!
こうなりゃヤケだ! ダブルドラゴンでもトリプルドラゴンでもいくらでも来いやぁああああッッ!!
* * *
そして数日後……。
立ってる僕がいてビックリ。
自分でもビックリするわこんなん。
「凄いなジュニアくん! 全ドラゴンと戦い抜くとは信じがたい偉業だぞ!!」
僕もマジでやり切れるとは思わなかった。
途中から意識が朦朧としていた……!
もちろんドラゴンたちも本気で殺す気はなかっただろうし、正直勝ったか負けたかも記憶があやふやだったけど、僕は戦い抜いた。
すべてのドラゴンと戦い抜いたぞぉおおおおおおおおッッ!!
「ジュニアきゅん、本当にしゅごい……!」
なんかボウアちゃんから益々キラキラした目で見詰められている気がするけれど、僕には注意を向ける余裕はない。
「それでは……僕は、これで失礼します……!」
「えッ?」
フラフラと歩き出す僕。
「さすがに少し休んでからの方がいいのでは? もう体力も消耗し尽くしているではないか?」
いえいえ、今の僕は何でもできそうな気がします。
このまま飛んで、冒険者ギルドに行ってドラゴン関連のことを相談しに行かねば!
「それ俗にいう徹夜明けハイというヤツだぞ! プラティやガラ・ルファがよくやるヤツだ! その時の万能感は幻影なのだ!」
なーにを言ってるのヴィール?
今の僕はいたって正気さ。ああ、頭が冴えわたっているなあ。
「本当にそんな状態で大丈夫なのかジュニア殿?」
何を仰るアードヘッグさん。
大丈夫ですよ、問題ありません。
「それならいいが、飛行に失敗して大陸の外に落ちたら大変だからな。いいか絶対な、絶対に落ちてはダメだぞ」
そういえば、この竜の国って異空間に浮かぶ浮島だったな。
来るときは『すっげぇ』『落ちたらどうなるんだろ?』と恐れおののいていたが、今なら飛び越えられそうな気がするぜー!
行くぞスカイウォーク!
……あれ?
空飛ぶのってどうやるんだっけ?
「うわぁああああああああッッ!? ジュニアが落ちたぁああああああッッ!?」
「あれほど気を付けてと言ったのにぃいいいいいいいッ!?」
うーん……。
……まっ。
どうにかなるだろう!
* * *
↓(落下中)↓
* * *
づどぉんッッ!!
地面に激突。
いててててててててて……!
やっと底に着いたか、というか底があったんだな。
竜の国から踏み外したので底なし異空間だと思っていたが……。
……こんなこと特に恐怖感もなく分析できてる辺り、僕まだ脳が覚醒しきってないな……。
落下中にある程度寝れたと思たんだが。
それで、ここはどこだ?
天界から帰った時みたいに地上のどこかなら助かるんだが……。
『……うぬ、お前は聖者の息子ではないか?』
えッ? 誰?
見知らぬ土地で、名前を呼ばれる。
驚愕と困惑の出来事だ。
即時反応して振り返った先には……。
「……ハデス神?」
冥府の神、世界を司る三界神の一神ハデス様がおられた。
何故?
『どうしてお前が冥府におる? まさか、その若い身空でもう人生を終えたのか? 不憫な……!』
ええッ、まさかッ!?
竜の国から足を踏み外して落ちた先は……冥神ハデスが支配する死後の世界。
冥府なのかッ!?






