120 人魚こもごも
「ゾス・サイラのヤツが来てた?」
我が農場に働く人魚の一人で『凍寒の魔女』の異名を持つパッファさん。
同じ人魚族で『魔女』の称号を持つゾス・サイラが農場を訪ねていたのに気づかなかったようだ。
「……いや、発酵食品作りに夢中で、ずっと醸造蔵に閉じこもってたから」
「サテュロスさんたちと協力して色んなチーズ作りに挑戦してますもんね今」
『疫病の魔女』ガラ・ルファが言った。
彼女も発酵乳につきものの乳酸菌に興味津々で、本業の酒造りの傍ら研究に余念がない。
この菌類マニアめ。
「噂の『アビスの魔女』ですか? わたくしは会ったことがありませんね」
「ランプアイはちょうど山ダンジョンへ狩りに行ってたものね」
『獄炎の魔女』ランプアイ。
さらに我が妻にして『王冠の魔女』プラティまでいて……。
「ウチにいる分の狂乱六魔女傑が勢揃いだな」
「「「「その名で呼ぶなッッ!!」」」です!!」
全員から凄い剣幕で怒られた。
そんなに嫌なの? 狂乱六魔女傑って呼ばれ方?
「嫌いだよ! 大人になりきれない子どもが精一杯自分を大きく見せてみました感がアリアリじゃねえか? イキッてるよ! 全開イキッてるよ!!」
「わたくしもさすがに……、自分までそんな粋がってる子どもに見られているようで恥ずかしくて堪りません……!」
「単純に『六魔女』でいいじゃないですかー。魔女が六人なんですからー」
「ボコボコにしたいわよね。最初に狂乱なんたら言い出したヤツ」
と全員から大不評のチーム名。
この世界にも中二病に相当するものがあり、そしてそれは世間の大多数から白い目で見られているらしい。
「……とにかく、話を戻すとゾス・サイラのヤツが来てたんなら挨拶しとくべきだったな。居留守使ってたとか思われたら、後々面倒だぜ……!」
「パッファさん、彼女と面識が?」
「アイツ一応、アタイの師匠なんだよ……! 魔法薬学の基礎を叩きこまれた」
「ほう、六魔女最年長の『アビスの魔女』に弟子がいたとは」
「そうか、師弟で似た者同士だから、どっちもツンデレなのね」
「ツンデレって何だよ!?」
言葉自体の意味は知らないが、響きから誉めそやされているのではないと勘繰るパッファ。
まあ、彼女はツンデレだよね。
そこで俺はふと、思ったことをそのまま口に出す。
「狂乱六魔女傑って言っても、全員面識があるわけじゃないのか?」
「「「「六魔女」」」です」
断固として訂正された。
「そりゃそうよ、六魔女ってそもそも巷の噂で自然発生した集団名だもの」
「単に『この時期トップクラスの女魔法薬使いは誰だ?』ってピックアップされたのが、たまたま六人で。その六人がたまたまアタイたち、ってとこだよな?」
だからその噂が充分に膾炙するまで、当人たちは自分が最高の六人の中に選ばれていることすら知らなかった。
狂乱云々という恥ずかしい呼び名も。
「色んな分野からとにかくトップクラスをって感じの選抜でしたから。私、他の人たちのこと全然知らなかったです。ここで会ったのが初めてです」
と、ガラ・ルファ。
「アタシも、事前に面識あったのはせいぜい王宮衛士のランプアイぐらいのものよ。そのランプアイも、王族護衛の部署じゃなかったからそんなに親しくもなかったし……」
「この農場で、プラティ王女を直接お守りできる任に就けて、わたくしは至福の極みです!!」
「醸造の仕事もちゃんとしてね?」
と。
人魚国本国では夢物語にしかならない六魔女の集結が、この農場で成っているわけか。
何やら贅沢で畏れ多いな。
「ふーん、じゃあさ……」
六魔女っていうからにはメンバーは六人いるんだろ?
この農場にプラティ、パッファ、ランプアイ、ガラ・ルファの四人。
時々遊びに来てくれるようになったゾス・サイラを加えて五人。
全部で六人というならあと一人いるはずだ。
「六人目の魔女ってどんな人なの?」
俺としては完全な興味本位であったが、その質問に全員が押し黙ってしまった。
「六魔女最後の一人……、『暗黒の魔女』……!」
「実在するってことは確認されてるんだよな? 目撃証言とれたんだよな?」
「その証言も最近になって信ぴょう性が薄れてきたとかで……! ジュゴンと誤認した説が出てきたんですよ。『暗黒の魔女』論争は振り出しに戻った感じです」
「私は、光の屈折による錯覚説を支持してます!」
なんでそんな存在があやふやなの!?
なんでそんなあやふやな存在を六魔女に加えているの!?
* * *
せっかくの人魚話なので、最近のエピソードをもう一つ。
ガラ・ルファにあるものをプレゼントした。
ガラ・ルファは六魔女の中で『疫病の魔女』と呼ばれていて、この異世界で唯一菌類の存在に気づいた進歩的な子だ。
エルフたちが仲間となって、彼女らがガラスを生産するようになってから、そのガラスを使ってあるものを作りたいという欲求があった。
ガラスを歪めてレンズを作り。
レンズを組み合わせて顕微鏡に。
これならば、目に見えない細菌を観察することができる。
レンズ以外の部分は大体木製で、性能的にも俺が前いた世界の最先端より何世代も劣る代物。
それでも、それをプレゼントしたらガラ・ルファは超喜んだ。
「わきゃえらふぉれすとろがのふえぴゃをSJFJVHDFLSDぐL#}ЁЛ〒Σ(・□・;)ほぎゃわら~~ッッ!?」
てな具合に。
喜びだか驚きだかもわからない。せめて人語で聞き取れる奇声を発してほしい。
さっそく田んぼから採取した水を一滴、プレパラートに乗せて覗いてみる。
ガラ・ルファまた大喜び。
「聖者様! ウネウネしています! この道具で見れる小さなものが細菌なんですね!?」
「レンズで拡大して見ているんだよ」
あと、多分これはゾウリムシだね。
「凄いです! これで研究が大いに進みます! 聖者様大好きです! ホント大好き! 愛してる! 大好き大好き!!」
「…………」
ガラ・ルファちゃんは割とのっぴきならないことを気安く連呼してくる。
「……旦那様?」
プラティが背後に立っているのに全然気づけなかった。
「ガラ・ルファを側室にしたいの? まあアタシも同族が閨室に入る方が気安くていいけど?」
いや、違うよ?
彼女に顕微鏡をプレゼントしたのは、たまたま俺の作りたい欲望が状況に合致しただけで……。
下心なんか特に……。
……こんなに喜んでくれたのは嬉しいけど。
「愛人を何人増やすかは旦那様の自由だけれど。ちゃんと愛情は平等に注ぐのよ。抓み食いだけしてそのままとかは、アタシが正室として許しませんからね?」
そんなこと釘挿されても!?
あとなんかさり気なく浮気を承認された!?
* * *
人魚ネタで最後にもう一つ。
俺、聖者キダンの与り知らない海底で、こんな密談が取り交わされていた。
「では……、『王冠の魔女』プラティ王女は……?」
「はい、宮廷の噂を信じれば、復帰はまずないかと。地獄に等しい陸へと終生流刑です」
「これはいい、『凍寒の魔女』『獄炎の魔女』『疫病の魔女』が揃って投獄され、他の者も逃亡犯で表には出られぬ身」
「実質、狂乱六魔女傑は壊滅と言っていいでしょう」
「ならば、ついに私たちの時代が来たということね。人魚国で、真に褒め称えられるべき最高の魔女。高貴にて優雅なる本物の魔女精鋭……」
「「「「「正統五魔女聖ッッ!!」」」」」
「くっくっく……! 見ていなさいプラティ姉様! アナタ亡きあとの人魚国魔法界は、私とその同志たちとで牛耳ってみせますわ!!」






