34話 黒き覚醒
「グオォォォォォォォォ!!」
大きな咆哮を上げた『ウィングヘッド』が、体にまとわりついた氷を破り始めた。
その様子は怒り狂い、動かせる触手を振り回している。
「だいぶ怒っとるな。そろそろ氷が溶ける頃か…イノチ!まだ終わらんのか?!」
「あと少し…ゼンさんのでおおかた理解できてるから、もう終わるよ!!」
「よし!それまで時間を稼ぐぞ!フレデリカ、エレナ!加勢しろ!ミコトはサポートを頼む。」
三人はゼンの言葉にうなずく。
フレデリカとエレナが駆け出したのと同時に、ミコトが詠唱を始めた。
「大地を照らす聖なる光よ、災厄に立ち向かう勇敢なる者に、光の加護を与えたまえ。」
詠唱とともに、ミコトの周りには淡い蒼色のオーラが漂い始め、それに呼応するようにミコトが手に持つ『エターナル・サンライズ』も輝き始める。
「ウォール!!」
ミコトがそう唱えると、エレナ、フレデリカ、そしてゼンの体をその蒼い光りが覆っていく。
「よし!二人は触手をできるだけ切り落とせ!氷でだいぶダメージは与えておるから、今の触手ならお前たちでも対応できる!ただし、再生が早いから注意しろよ!」
ゼンがそこまで言うと、『ウィングヘッド』が全ての氷を砕き、怒りにまかせて突進を始める。
ゼンはそれを体で受け止めて、その動きを封じると、エレナたちが触手を切り落としていく。
再生しそうになる触手に対して、先ほどよりも細かくコントロールできるようになった氷魔法で、それらの触手を凍らせて再生させないようにしていくゼン。
そうしながら、少しずつ『ウィングヘッド』との距離をとりつつ、その動きを抑えていく。
触手の数も減り、身動きも取れず、なす術なく体力を削られていく『ウィングヘッド』を見て、エレナは好機と判断した。
「あたしにまかせて!!」
「エレナ!勝手なことをするな!トドメはウォタがきてからだ!」
「大丈夫、ここまで弱ってるんだから、あたしでもやれるわ!『影縫い』!!」
「ちぃっ!フレデリカ!エレナを止めろ!!」
一瞬、ゼンがなぜ焦っているのかわからなかったフレデリカは、エレナを追うのに躊躇する。
「フレデリカ?!くそっ…先に伝えておけばよかったか!」
追うのをためらったフレデリカを見て、遅れながらゼンが自らエレナを追う。
そして、スキル『影縫い』が発動する前にと、その手を伸ばしたが、あと一歩及ばなかった。
スキル『影縫い』はすでに発動し、エレナの姿がフッと消えると、赤い軌跡が描かれていく。
そして、『ウィングヘッド』の体に三連の斬撃が加えられた。
最初の時とは違い、全ての斬撃が『ウィングヘッド』の体にダメージとして残り、赤黒い血飛沫と悲鳴が上がった。
「くっそ!イノチ!ウォタはまだか!このままでは全滅するぞ!!エレナ、フレデリカ!ミコトを連れてイノチのところまで戻るのだ!!!」
「はぁ?ゼン…いったい何を言って…攻撃はとおってるじゃない。」
一人叫ぶゼンに対し、エレナが訝しげな表情を浮かべたその時であった。
「ゲギィギャァギィィィガガガガ!!!!!!」
「なっ…なによ、こいつ!!いきなり気持ち悪い声だして…」
「始まった!!まずい!!」
今まで聞いたことのない咆哮を上げる『ウィングヘッド』。
そして、体の中から真っ黒なオーラが発生し、その身を包み込んでいく。
何かを察したゼンは、『ウィングヘッド』の横にいるエレナの元へ急ぎ来ると、その体を拾い上げ、イノチのところへと思いきり放り投げた。
「きゃぁぁぁ!何すんのよぉぉぉ、ゼェェェン!!」
「フレデリカ!!早くミコトをつれて離れろ!!」
「…っ!?」
『ウィングヘッド』の突然の変化に目を奪われていたフレデリカも、ゼンの咆哮で正気に戻り、ミコト担いで急ぎ距離を取る。
「…ちっ、始まったか。あぁなる前に終わらせたかったのだが…」
「ウォタ…あれはなんなんだ…」
キーボードを走らせながら問いかけるイノチに対し、ウォタは小さく答えた、
「覚醒だ…」
「覚醒…?なんだよそれ…」
「奴の中には憎悪が渦巻いとる。それを刺激しすぎるとああなるのだ。我らはあれを"覚醒"と呼ぶ。あれはタチが悪いでな…ゼンもわかっていたから我の解呪を待っていたのだろう。イノチ、解呪はあとどれくらいで終わる?」
「あとは最後の部分を書き直すだけ!30秒もかかんないよ!」
ウォタはその言葉にうなずいた。
「ゼン!30秒もたせられるか!?」
「30秒か…ギリギリといったところだ!」
「よし、死ぬな!」
ウォタのその一言に、ゼンは一瞬、拍子抜けしたような顔をするが、すぐに気を取り直して『ウィングヘッド』を見据える。
「死ぬなとは簡単にいってくれる…もちろんそのつもりだがな!!」
黒いオーラで包まれた『ウィングヘッド』。
ゼンの見据えるその先で、まるで卵の殻を剥くように黒いオーラが剥がれ落ち始める。
「なんなのです…あれわ。」
驚愕の表情を浮かべるフレデリカ。
その横でエレナもミコトも、言葉にできず固まっている。
黒いオーラの中から現れたそれは、先ほどまでの姿形とはまったく違う異形だ。
エレナたちと同じ"人型"で、気持ちの悪い房も触手もない。
体を覆っていた羽毛もなくなり、つるりとした肌が見える。
しかし、全てが漆黒。
そして、全身に大小の瞳が無数についているのだ。
それらは独立的にキョロキョロとあたりをうかがっているが、頭のてっぺんから口の部分まである縦長の大きな瞳だけは、ジィッとゼンを見据えていた。
「キキョガキ…」
そう意味のわからない言葉をつぶやいた瞬間、その漆黒の異形がゼンに向かって飛びかかる。
「やはりそう来るか!!」
無造作に繰り出された異形の手をいなすと、ゼンは尻尾で打ち抜いた。
しかし、吹き飛ばされて砂ぼこりを巻き上げながら壁に激突した異形は、何事もないかのように、すぐにまた飛びかかってくる。
再び始まる激しい戦いに、エレナもフレデリカもみミコトも、ただ見つめることしかできない。
彼女らの心の中は悔しさでいっぱいだった。
一瞬、ゼンが体勢を崩してしまう。
その隙を逃さない異形は、小さな足でゼンの巨躯を蹴り抜いた。
「しまっ…ぐはっ!!」
蹴り飛ばされて、一直線に壁に激突するゼン。
それを見送った異形は、くるりとエレナたちの方を向いた。
「ゼンさま!」
「フレデリカ!来るわよ!!ミコトは離れてなさい!」
「でも!」
一瞬、嘲笑ったかのように大きな瞳を歪ませた異形は、今度はエレナたちに向かって飛びかかってきた。
ミコトを突き飛ばし、二刀のダガーを構えて応戦しようとしたエレナだが、あまりの素早さに目が追いつかない。
突然、目の前に現れた異形に目を見開いたのも束の間、そのまま顔を掴まれて後頭部から地面に叩きつけられる。
「エレナ!!」
今度は、叫んだフレデリカへと飛びかかる異形。
突然目の前に現れた異形に一瞬驚くも、フレデリカは伸びてきた手を掴んで、両手で組み合った形になる。
「あぁぁぁぁぁぁ!!」
「フレデリカさん!」
「あなたは下がってなさい!!」
青筋を立てて、力を込めるフレデリカに対して、異形はまったく意に解さないといった様子で相対している。
「舐めやがってですわぁぁぁ!!」
さらに力を込めるフレデリカだが、異形の筋肉が両肩から盛り上がり、そのまま二の腕、肘、腕、そして、手と移動してくる。
そして、フレデリカの両手をそのまま握り潰そうとしてきたのだ。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!くそぉぉぉっ!!!」
痛みに顔を歪めながらも、必死に抵抗するフレデリカだが、そのまま押し込まれて膝をつく。
それを見て、異形はニマァッと笑った。




