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19話 フレデリカと竜種④


「衛兵隊へ伝達!里の者の避難を優先させよ!!皆、落ち着け!!焦らず、衛兵たちの指示に従うのだ!!お前たち、頼むぞ!」



その指示で衛兵たち数人が走り出し、逃げ惑う人々に声をかけ、安全な方へと誘導していく。


それを見ながら、状況把握に努める男。

この里の長で、フレデリカの父であるゼルス=アールノストだ。


真紅の髪は力強さを示し、エメラルドグリーンの瞳は鋭いながらも優しさを兼ね備えていて、全体から人を束ねる統率力を持ち合わせていることが感じられる。



「いったい何が起こったのだ…突然の爆発とともに結界が消えるとは…」



ゼルスは空を見上げてつぶやいた。


目には見えないが、自分がかけた結界だ。

よほどのことがない限り、簡単に破れられることはないそれが、突然攻撃を受け、一瞬にしてチリとなったのだ。


ーーー何か良くないことが起きている…


ゼルスがそう考えていると、横から見知った声が聞こえてきた。



「父さん!西地区のみんなは南門へ移動を始めたよ!」


「そうか!ではロベルト、お前はそのまま南門へ向かい、皆の指揮をとれ。私は爆発が起きた北地区へと向かい、状況を確認する!」


「わかった!」



ロベルトはそう答えると、衛兵と協力し、周りの仲間たちを誘導しながら南門への道を進んでいく。


その背中を見ながら、ゼルスは小さくうなずくと北地区へと向かった。



「ゼルス!」


「サムスか!状況はどうだ?!」



北地区へとたどり着くと、衛兵隊数人に指示を出している男がゼルスに気づき、手を上げて声をかけてきた。


オレンジ色の髪と一際大きな体、筋骨隆々で身につけた鎧が小さく見えるほどの巨躯。


その男は里の衛兵をまとめ上げる衛兵隊長で、カルロスの父でもあるサムス=イーベルトである。



「爆発は北門の真上で起きたらしい。門番たちは皆、吹き飛ばされて行方不明だ。衛兵数名を捜索にあたらせているが…」


「そうか…爆発の原因は?」


「わからん…森の泉の方から紫色の魔法が飛んできたことは確かだが、誰が何のためにしたのかは未だ不明だ。」


「むぅ…北地区の避難状況は?」


「おおかた避難させた。」


「よし。ならば、お前は残りを連れ、東地区の皆を誘導しながら南に避難してくれ。」


「お前はどうするんだ、ゼルス…」


「私は原因を探りに行く。」



その言葉にサムスは驚いた。



「お前が?!なら皆の指揮は誰がとる!ロベルトに期待してるのかも知れんが、あいつはまだ若いぞ!」


「わかっている…だが、あいつに対する皆の人望は厚い。これは良い機会だと私は思うのだ。それに…」



ゼルスの表情を見て、サムスは何かを察したのだろう。

荒げていた声を沈めて問いかける。



「何か気になることがあるのか?」


「あぁ…不安が頭から離れんのだ。何か良くないことが起きる気がして…な。」


「…」



突然、黙り込んだサムス。

その態度を訝しげに思い、ゼルスはサムスへと問いかけた。



「どうした?何か問題でもあるのか?」


「はぁ…お前の不安がこの事かはわからんが、冷静に聞けよ?フレデリカとカルロスの姿がどこにも見えないらしい。」


「なっ…なんだと!?」



先ほどとは逆に、驚愕の表情でサムスを見つめるゼルス。



「北地区で姿を見たと聞いていたから捜索したんだが、二人ともどこにもいない。あいつらこんな時にいったいどこへ行ったんだ!」


「…南は?すでに避難しているのではないか!?」



ものすごい形相で問いかけてくるゼルスに、あきれた表情でサムスが答える。



「ったく…お前の娘愛はハンパないな。南地区は現在確認に行かせてる。西地区はロベルトが見てるはずだから、俺らはこのまま東地区を捜索するつもりだ。で、お前はどうする?」


「くっ…あのやんちゃ娘が…」


「うちのクソ坊主もだ…おそらくまたカルロスがそそのかしたんだろ…すまん。」



サムスは大きくため息をついて謝罪する。


ゼルスは迷った。

今は緊急事態だ…里長として里の安全が第一だが、父として娘を心配する気持ちも本心だ。


そんなゼルスを見かねたサムス。



「ちっ…仕方ない。ロベルトのサポートは任せろ。お前はフレデリカとカルロスの捜索を頼む。」


「…すまない…恩に着る。」


「カルロスの奴を見つけたら伝えてくれ。縛って吊るしてやるから覚悟しとけとな!」



サムスはそう言って大きく笑うと、ゼルスの背中をバンっとと叩いて行ってしまった。


その背中を見送り、ゼルスは北門へと向かう。


突然の攻撃…

いなくなったフレデリカとカルロス…


考えれば考えるほど、不安が心を支配していく。


二人がどこへ行ったかはまだわからないが、とりあえず北門から捜索した方がいい。

南地区に避難していれば、それはそれでいいからだ。


自分にも理由はわからないが、その直感を信じてゼルスは北門を目指した。



「フレデリカ!もうすぐ北門につくぞ!」


「さっきの紫の魔法は、泉で見たのと同じですわ!」


「あぁ…でもなんで里の方に…」


「可能性は二つですわ!黒き竜種さまと交戦中に相手が放った魔法が、たまたま里の方に飛んでしまった!そして、もう一つは…」



フレデリカがそこまで言葉にしたその時だった。


大きな咆哮が真上から轟き、とてつもない風が辺りに吹き荒れる。


フレデリカたちはその風圧に足を止めざるを得ず、吹き荒れる風から身を守るようにしていると、バサッバサッと大きく羽ばたく音が聞こえてきたのだ。


薄っすらと目を開けたその先には、先ほどとは似て似つかない紫の竜種が、ゆっくりと地面に着地する光景が映る。



「お前たち…さっきあいつと一緒にいた者たちだな?」



その竜種はニヤリとした笑みを浮かべ、フレデリカたちに話しかけてきた。


突然のことに、フレデリカもカルロスも言葉が出ずにいると、紫の竜種は訝しげな顔で再び口を開く。



「なんだ…?なぜ何も言わん…我が問うておるのだぞ。答えんか…」



少し怒気の混じる声に、フレデリカは焦って口を開く。



「あっ…あなた様も竜種さまでしょうか…」


「ふん…無知な者どもめ…まぁ子供だから仕方ないか。さよう、我は崇敬たる存在、竜種ミヤである。」


「もっ…申し訳ございません。それで、竜種様はわたくしたちに…なにか御用でしょうか…」



ミヤと名乗った竜種は鼻で笑う。



「お前たち…ドラゴニュートだな?」


「…!」


「フハハ!その反応、合っているようだな。うわさは本当だったようだ。この辺りに竜種の末裔がいるというのは!」



ミヤは大きく笑いながら話を続ける。



「本来なら、我がお前らの力を試してやるところだが…今日の我は機嫌が良い。なにせ晴れて"成体"となり、名前も得たのだからな!」


「そっ…それはどういう…」


「先ほどの戦いで我の糧となった竜種…奴はよほど悔しかったのだろうな!ある変化を遂げ、こちらに向かって来ておる。そいつとお前たちを戦わせることにした!!」



フレデリカもカルロスも、、ミヤの言葉がよくわからなかった。


さっきの黒き竜種と自分たちが、なぜ戦わなくてはならないのか。



「戦うとはどういうことでしょうか!!黒き竜種さまはいったいどうされたのですか!?」



フレデリカは大きく問いかけたが、その問いかけにミヤは嘲笑う。



「理由などない。我が楽しければそれで良いのだ。ほぅれ、うわさをすれば来たぞ。」



フレデリカたちはミヤの視線の方へ振り向いた。

同時に大きな咆哮が聞こえ、地響きとともに森の中からそれが姿を現したのだ。

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