14話 慢心のツケ
「来るわよ!みんな、気をつけて!!」
「グオォォォォォ!!!」
エレナが声を上げると同時に、真ん中の通路の奥から咆哮が聞こえてきた。
ズシンッズシンッと質量を感じさせる足音とともに、天井から小石がパラパラと落ちてくる。
「グオォォォォォォォォォ!!」
咆哮と共にダンジョン内が大きく震える。
そのおぞましい叫び声に、恐れを抱いているかのように。
地響きが振動を含み始めると、通路から大きな異形の巨躯が姿を現した。
二本足で立ち、その体表は鳥の羽毛のようなもので覆われている。
大きな口のように見える場所には、よく見ると房のようなものがついていて、独立的に羽ばたいている大小4枚の羽が、その異様さをかもし出している。
「なっ…なに…?あれ…」
驚愕の表情を浮かべるミコト。
そんなミコトに、ゼンは落ち着かせるように声をかける。
「ミコト…落ち着いて。やつは情報にもあった『ウィングヘッド』だ…」
「あれが…『ウィングヘッド』?じゃあ、あれを倒さないと、私たちはダンジョンから出られないってこと?」
「そういうことになるな…」
鋭い目つきで『ウィングヘッド』を睨みつけているウォタから視線をずらし、ミコトもまた、その異形のモンスターへと目を向ける。
「ミコト!このまま応戦するわよ!!」
「ここでやっちゃいましょうですわ!」
「え…?二人とも…」
「まてっ…お主ら!!ここはいったん体制を立て直そう!!こいつがここに来るのは想定外だ!!」
やる気満々のエレナとフレデリカに対し、ゼンは退くことを提案した。
しかし…
「ここでこいつを倒せば、ダンジョンから出られるようにはなるんでしょ!BOSSとも合流しやすくなるんだし、待つ手はないじゃない!」
エレナはダガーをクルッと回転させると、『ウィングヘッド』へ向かって駆け出した。
その言葉に同意したフレデリカも、その後を追う。
「待てと言っとるんだ!そいつは竜…」
「グオォォォォォォォォォ!!」
ゼンが二人を説得しようとしたが、それを阻むように『ウィングヘッド』の咆哮が響き渡った。
「チィッ!!ミコトはここにおれ!」
「ゼンちゃん!!」
ゼンは体を大きく変化させると、そう言って二人を追っていく。
「ハァァァァ!!!」
一直線で向かってくるエレナに対し、それを迎え撃とうと『ウィングヘッド』の体の房から無数の触手が姿を現した。
ユラユラと揺らめく触手を映すエレナの瞳の奥に、小さな炎が宿る。
そして、その瞳は駆け抜けるエレナの後に、赤い一筋の軌跡を残していく。
そして、エレナは一言だけつぶやいた。
「スキル『影縫い』…」
その瞬間、エレナの姿がフッと消え、後には赤い軌跡が描かれていく。
自分に向かってきていたはずのエレナが、突然、目の前から消えたことに、『ウィングヘッド』は困惑した様子だ。
触手を探るように動かしていると、突然体に斬撃が走る。
ガキンッ
乾いた鈍い音があたりに鳴り響く。
ガキンッガキンッ
続け様に2度、計3回の斬撃が『ウィングヘッド』の体に当たる。
「なによ、こいつ!硬すぎるわ!!」
気づけばエレナは『ウィングヘッド』の後ろに回り込んでいた。
『影縫い』は、イノチがランクアップする際にエレナが獲得した、固有スキルの一つである。
目にも止まらぬ超スピードで動き、瞳に宿る炎の軌跡で描いたライン上を、縫うように斬撃が飛んでくるスキル。
しかし、『ウィングヘッド』の体には傷一つついていない。
「エレナ!!いったん離れなさい!!」
間髪入れずにフレデリカが『ウィングヘッド』の頭上へと飛び上がり、静かに言葉を綴っていく。
「獄炎の焔焔たる意志たちよ、我が手に集いて来たれ…」
ゴウッという音とともに、フレデリカの周りに赤黒い炎のオーラが発現し、詠唱に合わせてフレデリカの手に、それらの炎が収束する。
フレデリカはエレナが十分に離れたことを確認すると、『ウィングヘッド』へと視線を戻す。
すでに相手はこちらを補足しており、触手を揺らめかせて、迎撃の態勢をとっているようだ。
それを確認すると、最後の一言を大きく叫んだ。
「…全てを滅せ!アンファール・バースト!!!」
言葉とともに両手に収束した赤黒い炎を、『ウィングヘッド』へと撃ち下ろす。
轟音とともに駆け降りるその炎は、まるで巨大な隕石の落下にも思えるほどだった。
「ガァァァァオォォォォォォ!!!」
『ウィングヘッド』が大きく咆哮を上げる。
「こんがり焼き上がるといいですわ!!」
大きく笑みを浮かべるフレデリカであったが、次の瞬間、その表情が一変する。
『ウィングヘッド』が、自身の目の前に緑色の魔法陣を発現させたのだ。
「なっ…なんですって?!」
魔法を放ちながら驚きの声を上げるフレデリカをよそに、緑色の魔法陣が輝きを放つと、そこから魔法が放たれた。
緑色の光線のようなそれは、一直線に駆け抜けながらも、風の刃のようなものを無差別に放っていく。
その刃は周りの壁など、ありとあらゆるものへとそのキバを剥いていく。
「きゃあぁぁぁぁ!!」
「ミコトっ!!」
ミコトの周りでも、風の刃が地面や壁を抉っていった。それを見て、ゼンは急いで引き返す。
「こんのっ…!!」
フレデリカが魔法を放つ両手に力を入れた瞬間、赤黒と緑が衝突し、衝撃波が辺りを包み込んでいく。
岩は吹き飛び、壁には亀裂が走っていく。
「フレデリカの馬鹿たれめ!ミコト!」
「ゼンちゃん!!」
なんとか間に合ったゼンは、ミコトを自分の体で包み込み、その衝撃に備える。
「わわわ!!ちょっ…ちょっと、なによこれ!!」
エレナも吹き飛ばされまいと、近くの岩にしがみついている。
「こっ…こいつ…うぐぐ…」
「グオォォォォォォォォォ!!」
辛そうに力を込めるフレデリカに対して、『ウィングヘッド』は明らかに余裕を浮かべた咆哮を上げている。
「く……!な…なめる…んじゃ…ないで…すわ!!」
負けじと力を込めるものの、明らかに緑色の魔法の方が少しずつ押し込んでいくのがわかる。
そして…
「グギャアァァァァァァァァ!!!」
『ウィングヘッド』の大きな咆哮とともに、緑色の魔法の勢いが大きく増し、そのままフレデリカを魔法ごと飲み込んでいく。
(これは…!まずい!離脱を…!)
途中で放つ魔法から手を離し、辛うじて『ウィングヘッド』の魔法をかわしたフレデリカ。
それは赤黒の炎を飲み込みながら、爆音とともに天井に当たると、大きな風穴をあける。
その大きさからも、『ウィングヘッド』の魔法の威力がとてつもなく強力であることがうかがえた。
「ハァハァ…なっ…なんですの?こいつの力は…」
着地し、真上にあいた風穴を見つつ、そうこぼすフレデリカが、『ウィングヘッド』へと視線を戻したその時だった。
「しっ…しまっ…!!」
いつの間にか右足を触手に掴まれており、逆さまのまま、宙吊りにされてしまう。
そして、一度空中で体が止まったかとか思うと、そのまま地面に叩きつけられる。
「ガッ…ハッ…」
「フレデリカ!!」
エレナが助けようと駆け寄るが、別の触手がそれを阻んだ。
「邪魔よ!!」
エレナは焦りながら、ダガーで触手を弾いて突き進んで行くが、死角から飛んできた触手に吹き飛ばされてしまう。
その間にも、フレデリカは何度も地面に叩きつけられていく。
「くそっ…!!フレデリカ…!」
体勢をすぐに整えて、再び助けに戻ろうとしたエレナ。
その視界にあるものが映し出される。
「ん……あれは!!」
『ウィングヘッド』の触手の根本に引っかかる白い布のようなもの。
よく見ればそれは、イノチが身につける装備の一部であった。




