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10話 逃走中


「ぬおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


「グオォォォォォォォォォ!!」



イノチはいまだに『ウィングヘッド』との鬼ごっこを続けていた。


この階層の通路はかなり整っていたため、走りやすく逃げやすかった。

しかも、迷宮のように入り組んでいたのが幸いだった。


目の前に迫る曲がり角を、無駄なく滑り抜けるイノチ。その通った跡を触手が打ち砕いていく。



「…ハァハァ…一歩タイミングを間違えれば死ぬなこれ!…ハァハァ…くそっ、苦しい!!どうする…このまま逃げ続けても俺の体力が保たない…ハァ…」


「グオォォォォォォ!!」



後ろを一瞥すると、悔しそうな咆哮を上げ、角を曲がってくるの『ウィングヘッド』の姿が見えた。


頭部の羽をキチチッと震わせて追いかけてくる『ウィングヘッド』は、相変わらず地響きと咆哮を上げる。


すると突然、『ウィングヘッド』の前に魔法陣が現れた。



「なんだ…?あいつ、何をするつもりだ!?」


「イノチ…気をつけろ…あれは風魔法の魔法陣だ…」


「風魔法…!?こんな狭い通路で広範囲系の属性魔法とか…!嫌な予感しかしない!!」



首飾りの中から、苦しそうに話すウォタの助言に、嫌な予感がよぎる。


そんなことはお構いなしに、『ウィングヘッド』が発現した魔法陣が、緑色に輝き始める。



「…くるぞ。」


「くそっ!!こうなりゃ一か八かだ!!」



イノチはそう言い放ち、右手に魔力を込め、『ハンドコントローラー』を顕現させた。


走りながらそれを壁に当てると、目の前に画面とキーボード、そしてソースコードのようなものが現れる。



「よしっ!いける!」



イノチは壁のデータを読み取っていく。

走りながら右手のみでキーボードを扱い、視線は画面に向け、目当てのコードを探していく。


一見、簡単な作業に見えるが、これはシステムエンジニアであるイノチだからできる"技"と言っていい。


ガチャをするため、常にアイテムを集める時間を確保できるように覚えた技。


右手でプログラミング作業をしながら、左手でスマホを扱うイノチの姿は、元の世界の職場の社員間では、「Dual Lazy(デュアルレイジー:二刀の怠け者)」と呼ばれていた。



「あった!!『location information(位置情報)』を数メートル先に設定して、ここをこうして…『sinking(沈下)』!!」



イノチは、右手でタッーンと確定する。


その瞬間、『ウィングヘッド』から緑に輝く魔法が放たれた。


それは轟音を上げ、壁や床、天井を切り砕きつつ、イノチへと迫ってくる。



「うおぉぉぉぉぉ!!間に合えぇぇぇ!」



突風と轟音が通路を駆け抜け、崩れ落ちた岩で通路は埋まってしまった。

イノチがいたところにも、岩が崩れ落ちている。



「グォォォ…」



『ウィングヘッド』はイノチの姿が見えなくなったことを確認すると、小さくうめき声を上げて去っていった。





「ふぅぅぅ…とりあえずは助かった…」



敵の気配がなくなったことを、崩れた岩の下で確認したイノチは、大きくため息をついた。


とっさにやった事にしてはうまくできた。

まさかあの一瞬で地面を掘り下げて隠れるなど、あいつも予想できまい。



「…すまぬな…」


「なんでお前が謝るんだよ…」


「…さっきも言ったが、あれは我を狙っておるのだ…」


「…そんなこと言ってたな。しかし、なんでお前を狙うんだ?昔、ここに来たことあるとか?」


「違う…理由を説明するには、我ら竜種のことを話さねばならぬのだが…ぐっ…」


「話を聞くのは問題ないよ。幸か不幸か、時間はたくさんあるからな…でも、大丈夫か…?」



苦しそうにうめくウォタを心配するイノチだが、ウォタは大丈夫だというようにうなずくと、口を開いた。



「我々竜種は、天から産み落とされた"神獣"と呼ばれておる…」





この世界には、"神獣"と呼ばれる種族がいくつか存在する。


リシア帝国で恐れられているセイレーネスやケルベロス。

ジプト法国で神聖視されるスフィンクス。

ジパン国で崇高な存在と崇められる竜種。


他にもいくつかいるが、有名なのはこの辺だろう。



彼ら神獣は、天から舞い降りるとされる。

それは人々にとって、吉兆でありわざわいの兆しでもあった。


時代によって異なりはするが、人は皆、彼らを"神の使い"と崇め恐れているのだ。



「他の神獣たちがどうかは知らんが、我々竜種は幼生体で地上に降り立つ。我らが顕現するときは、何かしらの予兆がその国に現れるらしい。基本的には人と絡むことはないが、物好きなやつらも中にはいてな…」


「物好き…?」


「あぁ…神獣の顕現を喜び崇める者たちがいるのだ。例を挙げるならカルモウ一族とかだな。」


「そうか…アキルドさんたち、ウォタにお世話になってるって言ってたな。」


「直接、何かをしてやることはほとんどないがな…話を戻すが、我らは幼生体で地に降りる。そして、モンスターを狩ったりしながら、悠久の時を過ごしていく。その過程で、成体になるタイミングがあるのだが…」



ウォタは少し言いにくそうに口を閉じた。

苦しそうにする青くする顔の中に、別の感情が浮かんでいるのだ。


「ウォタ…無理に話さなくてもいいよ。」


「…いや、大丈夫だ。」



イノチの言葉を聞いて元気が出たのか、再び話を続け始める。



「我々が成体になるには、ある事をせねばならん…その時の結果により、さっきの『ドラゴンヘッド』が産まれることがあるのだ。」


「それがさっきの羽頭のことだよな?竜種の成り損ないって言ってたのも、それに関係あるのか?」



ウォタはうなずいた。



「あぁ…我らが成体になるには、他の竜種の幼生体の核を喰らわねばならないのだ。」


「……っ!?それってさ…もしかして…」


「お主らの言葉で言うなら"トモグイ"ってやつだな。しかし、我らにとっては当たり前のこと…そうやって存在してきたのだ。お主ら人間の物差しで理解されては困る。」



苦しさが浮かぶウォタの表情の中に、曲げられない強い意志を感じる。



「別にダメだと否定する気はないって…びっくりしただけだよ。だけどさ、核を喰われた幼生体って、みんなあんな気持ち悪いモンスターに変わっちゃうの?」


「全てがそうなるわけではない…が、ごく稀に核を無くしても、ああやって意思だけで動き続けるやつがおる。そやつらを通称『ドラゴンヘッド』…無頭竜と我らは呼んでおるのだ。」


「なるほどなぁ…だけど死んだ後も意思だけで体を動かすなんて、どんだけ強い意思持ってんだよ…」



再びウォタが口を閉じる。

その反応を見て、イノチは理由を察した。

自分を狙っているといったウォタの言葉が頭に浮かぶ。



「ウォタ…もしかして、あいつらの持つ意思ってさ…」


「そうだ…我々、竜種への憎悪だろうな。」


「やっぱりかぁ…」


「だから、我を置いていけと言ったのだ。つまらん見栄を張っているから、こんなことになってしまう…バカタレが…」



呪いの効果で苦しみつつも、達者な口は健在だ。


ウォタを心配していたイノチは、小さく笑みをこぼすと、携帯端末をいじり始めた。



「イノチ…何をしとる。呪いの影響で我は力が使えんのだ。遊んどらんで、まずは早くここから出ることを考えんか。」


「ここからの脱出は簡単にできるよ。だけど、先にあいつを倒すための作戦を考えないとなぁ…」


「なっ…!?倒すだと?成り損ないとは言ったが、あれも竜種だぞ!単純な力は我らとほぼ同じなのだ。我が動けぬ状態で、それを簡単に倒すとぬかすとは…狂ったか!?」


「えらい言いようだな。だけど、倒さないとダメなんだよ。だってさ…これ。」



そう言ったイノチは、見ていた端末の画面をウォタに向ける。



「こっ…これは…!!」



『超上級ダンジョン』

【攻略条件】

ダンジョンボス『ウィングヘッド』の討伐

【現在位置】

45階層

【注意】

ボスを倒すまでは、ダンジョン外へ出られません。また、『呪い』もボスを倒さない限り解除はできません。



驚くウォタに、イノチは苦笑いを浮かべていたのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 他人のふり見て我がふり直せとはよく行ったもので、私も利き腕でメモを取るために逆手でPC操作やマウス操作を自力習得しまして。 テヘペロ。 そんなこんなイノチに突如芽生えた親近感、私もきっと…
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