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66話 ミコトラウマ


「これでよかったのかな…」



歩きながらミコトは頭をうなだれていた。


啖呵を切って説明したことでフクオウたちは協力してくれる…いや、そもそも協力せざるを得ない状況なのだが、それでも一緒に戦うと言ってくれたことの意味は大きい。


しかし、イノチからは"運営"ついてはあまり言わないように指示されていた手前、それを破ったミコトは罪悪感を感じていたのだ。



「ミコトは気にしなくていいと思うよ。」



タケルは横からそう声をかけた。



「でも、あの話はかなり重要な話だよね。イノチくんからもあまり他言しないようにって言われてたのに…」


「でも、あそこで話を濁すわけにもいかなかった…じゃないとフクオウは納得しなかったと思う。重要なところはうまく省けていたし、必要最低限を伝えられていたから大丈夫さ。それに…」


「それに…?」



タケルの言葉にミコトは顔を上げた。

先ほどの強気に満ちた表情からは一変して、涙目になったその顔は少し可愛らしく感じられる。


タケルは咳払いをして話を続ける。



「それにあの話は僕が言ったら嘘っぽくなってた。ミコトだからこそフクオウは信じたんだよ。」


「そんなこと…ない。」



その言葉を聞いて、目に浮かぶ涙を指で払いながらミコトは笑った。


タケルはその笑顔に小さく笑みを返す。



「だけど、これからの5時間が勝負だ。北の祠とタカハの街の境界に張る防衛ラインは、フクオウや街の冒険者たちに任せるとして、僕らは酒をできる限り作らなきゃならない。おそらくこの戦いは『八塩折酒』をどれだけ準備できるかで勝負が決まる…。」


「そうだね…『八岐大蛇』の設定が伝説の通りだといいんだけど…」


「うん…」



タケルはそううなずくと、正面に目を向けた。

そして、前回『八岐大蛇』に挑んだ時のことを思い出す。


奴にはリュカオーンと同様で攻撃が全く通らなかった。


いくら攻撃しても物理攻撃も魔法も全く効かない奴の体には傷をつけることができず、それに動揺してしまったタケルは…クラン『孤高の旅団』は泣く泣く逃げ帰った。


単純に悔しかった。


そして、命を奪われた北の村の人々に申し訳なかった。

自分の軽率な行動で、彼らの命を奪ってしまったことへの罪悪感が心を蝕んだ。


亡くなった命は戻らないが、せめてもの罪滅ぼしのために絶対に奴を倒さなくてはならないのだ。


しかし、攻撃の通らない『八岐大蛇』に対してどう挑めばいいのだろうか。


それが鍵が『八塩折酒』なのだと、タケルは考えていた。


この世界がたとえ理不尽なゲームの世界だったとしても、弱点のないモンスターなどいないとタケルは確信している。


その最たる理由がイノチだ。

彼はタケルの目の前で、リュカオーンの絶対的な防御を破って見せた。


イノチがどうやったかは知らない。

だが、リュカオーンも八岐大蛇も同じユニークモンスター。


同じように破れるはずだとタケルは信じている。



「タケルくん?」


「…あ、ごめん。考え事をしてた。ところで、ミコトは大型モンスターに挑むのはこれが初めて?」


「うん…特殊なモンスターなら『ドラゴンヘッド』っていうモンスターとは戦ったことあるけど…その時は後衛だったし、直接戦ったことはないかな。」



再び視線を落としたミコトの顔には不安が滲んでいる。



(まぁ、無理もないか。前回戦った僕でさえ不安なんだから…ユニークモンスターと戦った経験のないミコトには少し重荷だろうな。しかもこの世界での失敗は死に繋がる…)



そこまで考えてタケルはミコトに声をかけた。



「あんまり心配し過ぎないでさ。今回もミコトには後衛をお願いするつもりだし…」


「後衛かぁ…でも、私ばかり後ろにいてみんなに申し訳ないよ。もっと強くなって、みんなと一緒に戦えるようにならないとなぁ。」


「ミコトは考え過ぎなんだよ。」


「え…でも…」


「人には得手不得手があると、僕は思うよ。」



不安を募らせるミコトの言葉を遮り、タケルは笑いながらそう告げる。



「例えば、僕たちのクランメンバーはシェリー以外みんな前衛で戦うのが得意だし、性格もそういうタイプが多い。例えるなら、みんなエレナさんみたいな感じだね。」


「…」



ミコトは何も言わずにタケルの言葉に耳を傾けている。



「それに比べて、君やイノチくんはタイプが違う。シェリーと同じく、みんなの後ろで状況を分析してサポートするのが得意。こう言うのもなんだけど、前に出ても逆に足手まといになる。」



その言葉に対して、ミコトが眉をひそめたことをタケルは見逃さない。


しかし、それでもなお、タケルは話し続ける。



「この世界ではプレイヤーは『職業』が選択できる。『職業』にはそれぞれ特性があって、それに応じて役割も決まっている。敢えて聞くけど、このゲームを始めるときにミコトは何の『職業』を選んだの?」


「私…?私は…メイジ…」


「だね。そもそもメイジは基本前衛で戦うポジションじゃない。直接殴り合うことには向かない職業だよ。ならなぜ、ミコトはメイジを選んだんだい?」


「理由…?それは…」



タケルの問いかけにミコトは悩んだ表情を浮かべた。

理由など今まで考えたことはなかったからだ。


突然そんなことを聞かれてもというような顔をするミコトに、タケルは言葉を綴っていく。



「こういうことを言うのは失礼かもしれない。けど、言わせてもらう。ミコトは前で戦うことが本当は怖いんじゃない?僕らみたいに敵と直接戦うことは苦手なんじゃないの?」


「それは…」



確かにタケルの言うとおりだとミコトは悟った。


普通のゲームでも前衛で戦うことは怖かった。

RPGは好きだけど、戦士など前衛で戦う職業を今まで選んだことはない。


いつも自分のポジションは後ろ側。


それはゲームじゃなくても現実でも同じだったからだ。

学校生活でも…社会に出てからも…常にみんなの後ろにいて誰かが動くことを待っていた。


だが、そんな自分を変えようとしたこともあった。


会社でプロジェクトリーダーを選出することになった時、ミコトは無理して立候補する。


その時は若手にリーダーを経験させるためという意向があり、会社としては立候補者を募る形をとったのだが、結果的に手を挙げたのはミコトだけであった。


しかし、見事にリーダーとして選ばれたミコトを待ち受けていたのは、ミスの連続と発揮できないリーダーシップへの葛藤だった。


もちろんチームには先輩社員が数名参加しており、軌道修正はしてくれた。


案件もことなきを得て無事に形にすることはできたが、その時の先輩の一言がミコトの心に大きな傷を残す。


ーーーお前、リーダー向いてないな。


彼は笑っていたが、その言葉はミコトの心に深い傷として刻まれたのだ。


そして悟った…

自分は前に出てはならないと…


そう悟った自分が、本当に戦わなくてはならないこのゲームで、後衛職であるメイジを選んだことは必然だったと改めて実感する。


だが…



「本当は…自分を変えたいんだ…」



ミコトはそうつぶやいた。

それは心から溢れ出た本音だろう。


タケルは彼女の言葉を静かに待つ。



「イノチくんも…タケルくんも…みんな強くて優しい人たちばかりで…この世界に来てから私は守られてばかり。死と隣り合わせのこの世界で、私は怖くて常にみんなの後ろにいるしかなくて…でも、それじゃダメだって思ってもいて…」



そう話しながら、ミコトの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちていく。


そして、その涙に比例するように彼女は胸の内を吐き出すように言葉を吐き出していく。



「自分のせいで誰かが死んだらどうしようって…怖くて怖くて…だけどやっぱり、前には出れなくて…そんな自分が嫌いで、みんなに悪くて…うぅぅ…」



そんなミコトにタケルは優しく声をかける。



「無理に前に出る必要はないと思うよ。さっきも言ったけど、人には得手不得手があるんだから。それにミコトは一つ勘違いしてるよ。」


「勘違い…?」



泣きながら顔を上げるミコト。

タケルは小さくうなずき、彼女の目に浮かぶ涙を指で拭いながらゆっくりと話していく。



「メイジは戦える職業だよ。確かにバフやデバフ系の魔法がメインだけど、その力はチームにとって必要不可欠さ。そして、君は状況分析が得意だ。わざわざ前に出なくても、後ろで戦況を見極めて仲間をサポートすることで間接的に戦えるんだ。例えるなら、戦場を翔ける武将じゃなくて、大将の横で冷静沈着に戦況を見極め、臨機応変に指示を出す軍師ってとこ。」



タケルはそう言ってニコリと笑い、最後にこう付け加える。



「しかも、そんな軍師が後方からバフ、デバフ魔法で応戦してくるわけだろ?相手にとってこれほどの脅威はないよ。」



その言葉に、ミコトは少しだけキョトンとした様子でタケルを見ていたが、すぐに自分の袖で涙を拭う。


そして、小さく笑うとタケルへこう告げた。



「ありがとう…」

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