41話 申し出
「よう、BOSS!とりあえず、奴らにひと泡吹かせてきたぜ!!」
手を上げながら近づいてくるケンタウロスたちを、イノチは同じように手を上げて迎え入れた。
「お〜見てたよ。お前ら、ちゃんと指示通りやってくれたみたいだな!」
「あったりまえだ!俺たちを誰だと思ってやがる!殺さない程度にやっておいたぜ!!なぁ、ミノタ!!」
「…うぅだミノ…」
高らかに笑うケンタウロスの横で、ミノタウロスは目に涙を浮かべて悔しそうな表情を浮かべていた。
「ん、どうしたんだ?ミノタ…」
イノチが少し心配そうに声をかけると、ミノタウロスの代わりにケンタウロスがそれに答えた。
「それがよぉ…ミノタの相手、けっこう強かったらしいんだ。絶対防御を破られはしなかったものの、自分の攻撃がいっさい当たらなかったんだと。で、悔しがってんだよ、こいつ。」
「だってだってミノ!BOSSたちに負けた後にまた負けるなんて…悔しい気持ちしかないミノ!!ケンちゃんは気持ちよく相手を吹っ飛ばしたからいいミノけど、俺は不完全燃焼なんだミノ!!…うぅぅ…」
そう声を荒げた後に泣き出してしまったミノタウロス。
イノチは困ったように声をかけたが、一向に泣き止む気配はない。
ケンタウロスもやれやれと言ったように肩をすくめている。
「ミノタ、落ち着けよ…なぁ…」
「うわぁぁぁぁぁんだミノよぉぉぉぉぉ〜」
目幅もある涙を滝のように流して泣くミノタウロスを見てイノチがため息をついていると、そこにアレックスが笑顔で近づいてきた。
「つんつんつん、ミノタっち♪」
座り込んで泣くミノタウロスの横にしゃがみ込むと、人差し指で呼びかける。
「…うぅぅ…アレックスちゃん…」
「泣かないでミノタっち♪君は頑張ったよ♪ちゃんと見てたから大丈夫♪」
その瞬間、ミノタウロスの瞳には天使が映し出された。
しゃがんで両手で頬杖をつき、ニコリと笑って微笑むアレックスが天使に見えたのだ。
「もう泣くのはやめようね♪男の子が泣いてたらカッコ悪いもん♪」
「そうだミノ!カッコ悪いのはダメだミノ!!」
「うんうん♪次、頑張ればいいんだよぉ♪」
アレックスの言葉にミノタウロスは泣き止むと、急に立ち上がって拳を突き立てた。
アレックスもそれを見て拍手をしている。
一方で驚いたのはケンタウロスだった。
「あの泣き虫ミノタが…すぐに泣き止んだ…」
「そんなに驚くことなの?」
イノチの問いかけにケンタウロスは頭を大きく振って答える。
「あいつは何かうまくいかなかったり、嫌なことがあるとすぐ泣くんだ。そして、泣いたら泣き止むまで長いんだよ。今まで最長で3ヶ月泣いてたこともある…」
「さっ…3ヶ月もか…?」
「そうだ。しかし、俺が何を言おうが何をしようがダメだったのに…アレックス嬢は本当にすげぇな!!」
「いや…ミノタがただのロリコンなだけだろ…」
興奮気味のケンタウロスを見て、やれやれとため息をつくイノチ。
「何でもいいんだけど、あんたたちが戦った相手の情報を早く教えなさいよ。」
そのやり取りを離れたところで見ていたエレナも、あきれたように声をかけてきた。
「エレナ姐さん!了解です!」
ケンタウロスはエレナに向き直るとビシッと敬礼をする。
(なんか俺に対する態度とは少し違うんだよな…)
その様子に疑問を浮かべるイノチだが、ケンタウロスはそんなことはつゆ知らずと言った感じだ。
エレナとの会話を嬉しそうに続けている。
「あれ?そういえば、フレデリカ姐さんは?」
「フレデリカはちょっと奥を見てくるって洞窟の先に行ってるわ。」
「洞窟の…先ですか…」
突然訝しげな表情を浮かべるケンタウロス。
「なによ…どうかした?」
「いっ…いえね、この奥には大きな迷宮があるんです。そこに入ると抜け出せなくなるんで…大丈夫かなぁと。」
ケンタウロスの言うとおり、『ラビリスの大空洞』の最深部に大きな迷宮がある。
人がまだ足を踏み入れたことのない広大な領域。
一歩踏み入れればゴールに辿り着くまで出られない大迷宮。
それこそが『ラビリスの大空洞』の本当の姿なのである。
「あそこには強いモンスターもいるんで…外に出てくることはないだろうけど、俺らでも近くまでは行かないんですよ。」
「それについてはたぶん心配ないよ。」
心配するケンタウロスに対して、イノチが横からそう告げる。
「探索機能で迷宮があることは知ってた。だからフレデリカには絶対入るなって言ってあるし…あいつもさっき使ったスキルのせいで、魔力をけっこう使っちゃったみたいだから無茶はしないと思うよ。」
「…だといいけど。」
イノチの言葉にエレナは小さくつぶやいて肩をすくめた。
その言葉を聞いて内心心配しつつも、イノチは気を取り直して皆に告げた。
「よし!ケンタウロスたちの話を聞いて今後の作戦を立てるから、みんな集まって!」
・
洞窟の中、地面を這う得体の知れないものの姿がある。
小さな水溜りのような…流動的な何かが人の歩みほどの速さで地面の上を突き進んでいくそれは、ふと何かに気づいたようにその方向を変えた。
壁を伝い、天井へと一気に駆け上がるとゆっくりとその進みを止める。
(いた…奴らだ。)
その流動的な何かを通して、ゆっくりと顔を出したのはクラン『創血の牙』サザナミ支部長のセイドであった。
彼の職業は『戦士』であり、主な戦闘スタイルは前線での大暴れなのだが、ある理由からこのように隠密行動も得意としている。
その秘密は彼が手に入れた武器『トライデント・エアロゾ(SR)』のスキルにあった。
この三叉槍は水属性に分類されるが、本当の属性は少し違う。
本来の属性は流属性という特殊なもので、水だけでなく流れるものなら何でも自由自在に操れるのだ。
そして、この槍には初めからスキルがついている。
セイドが今使っているのもそのうちの一つであり、彼はこれを使って様々な場所に潜り込むことができるのである。
(やっぱりさっきのユニークと繋がってたんだな。しかし、どうやって…普通ユニークモンスターは俺らプレイヤーには敵対しかしないはずだが…)
セイドは仲良さげに話しているイノチたちを見て疑問を浮かべた。
「しかしまぁ、なんにせよ直接聞くのが一番だな…」
セイドはそうこぼすと、兜の下で笑みをこぼして再び地面の中へと潜り込んだ。
・
「…と言うわけです。エレナ姐さん。」
(なんでエレナに話してんだ、こいつ…)
エレナにヘコヘコしているケンタウロスに納得がいかないと、イノチはジト目でケンタウロスを見ていた。
「なるほどね…BOSSはどう思う?」
「…ん…あぁ、まぁ奴らの外見や言動から考えて、この前やり合ったうちの二人で間違いないだろうと思うよ。」
「そうよね。だけど、なんでこのタイミングで奴らはここに来たのかしら。」
「そりゃ、つけられていた。もしくは『ラビリスの大空洞』を奴らが監視していてそこに俺らがやって来た。そのどっちかだろうな。」
首を傾げるエレナに対して、イノチはあっけらかんと言い放つ。
「わっ…わかってるわよ!それくらい!…だけど、探られている可能性があるってことよね。」
「その通り!」
エレナがあたふたと言い訳をしていると、突然知らない声が聞こえてきた。
イノチもエレナも、皆驚いて辺りをキョロキョロと見渡し、声の主を探している。
するとどうであろう。
少し離れた位置にユラユラと揺らめく水溜りのようなものがあり、その中から青を基調とした鎧を全身にまとい、黄金の三叉槍を持つ男が姿を現したのだ。
「お前はっ!!」
エレナが一瞬で臨戦態勢に移り、その目をギラつかせながら2本のダガーを腰から抜く。
アレックスもケンタウロスたちも皆その男に注目し、迎撃の態勢をとっている。
「ちょっ…ちょっと待て!戦う気はない!」
それを見て焦るセイドは三叉槍をしまい、攻撃の意思がないと伝えるように両手を上げると、こう告げたのだった。
「俺と手を組まないか?」




