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13話 拠点を探そう


旅館で食べる朝食ほど、食が進むものは無いのではではないだろうか。


見知らぬ街で朝を迎えた高揚感。

適度に空いた腹加減。


彩り鮮やかなおかずたち。

鼻からは味噌汁の香ばしい香りが…

目からはホカホカなご飯が…


食欲をそそる多くの料理たちが、早く食べてくれと言わんばかりに机の上で並んでいる。



「朝食の準備ができました。ごゆっくりなさいませ。」


「ありがとうございます。」



仲居の一人が、そう言って正座のまま頭を下げ、部屋から退出していく。

イノチとエレナはそれを見送ると、箸を手に取った。


「「いただきまぁす。」」


「はぁ〜すごい朝ごはんね!食べ切れるかしら。」


「……。」


「BOSS…?どうかしたの?」



イノチの様子を嗅ぎ取ったエレナが問いかけるが、イノチは「別に」と言って味噌汁の器を手に取る。


エレナは少し訝しげにするが、目の前の料理にすぐに心を奪われたようで、ものすごく勢いで食べていく。


イノチは味噌汁をすすりながら、昨晩のことを思い出していた。



お風呂の後、夕食を終えてアイテムボックスの整理と今後の方針をエレナと話し合った。


当面は資金を稼ぎながら、拠点を探すことにしたのである。


その後は、お酒を飲みたいとエレナが言うので、仲居に頼んで蒸留酒を持ってきてもらった。


味わいは日本酒に似ていたが、イノチが現実で飲んだことがある酒より、甘さが際立っていた。


エレナは酒好きのようで、かなり早いペースで飲んでいたのだが、少し疲れていたのか、はたまた下手の横好きなのか、すぐに酔っ払ったのだ。


そして…


艶やかな白い肌…

隙間からうかがえる白い太もも…

はだけた程よい大きさの胸元…


ひとつだけ敷かれた布団…






とならなかったのは言うまでもない。


そのあとエレナは爆睡。

めちゃくちゃイビキがうるさく、そのせいでイノチはまったく寝れなかったのである。


目にクマを携えて、味噌汁をすすり終えると、イノチは心にあることを誓う。



(絶対にこいつとは同じ部屋に泊まらねぇ…)



チラリとエレナに目をやれば、美味しそうに朝ご飯をほおばりながら、こっちを向いて笑顔で頭にハテナを浮かべている。


イノチはため息をつき、生卵に手に取って、殻を割って器に入れる。香りからしておそらく醤油のような調味料を少し注ぐと、箸でかき回しながらエレナに話しかける。



「そう言えばさ…昨日から気になってたんだけど、エレナのステータスって見れないの?」


「ん?フテータフ…って…んぐんぐ…あにかしら?」


「いや…飲み込んでから話せよ!」



口いっぱいに料理を詰め込んで話すエレナにイノチは注意する。するとエレナは、口に味噌汁を一気に掻き込んでそれらを飲み込んだ。



「いや…よく噛んで食べなさいって!」


「なんなのよ!早く食べろとかゆっくり食べろとか…どっちなの?!」


(…こいつは…レベルがお子ちゃまだ…)



ツッコミに不快感をあらわにするエレナに対し、イノチは心の中であきれながら、話を続ける。



「…てか、ステータスを知らないの?攻撃力が100とか、素早さが200とか…要は身体能力を数値で表してるヤツなんだけど。」


「へぇ〜そんな便利なものがあるわけ?」


「…いや、じゃなくてエレナにはそういったものないのかって…こっちが聞いてんの。」


「聞いたことないわ、そんなもの。」



エレナは味噌汁をすすりながら答えた。



(携帯でも見つけられなかったし、ゲームなのにステータスがないのか…ガチャでゲットしたキャラなのに…珍しい仕様だな。身体能力や武器は強化薬で強化できるけど、数値が見えないんじゃどれだけ強化したのかとか全然わかんないじゃん…)



考え込むイノチに対し、朝ご飯を食べ終えたのか、エレナが満足げに話しかける。



「BOSSの言ってる事はよくわかんないけど、昨日あの液体を飲む前と後では、体の動きが全然違ったのは確かね。あとこれを装備してからも力の湧き方が全然違う…」



エレナはそう言って持っていた「グレンダガー(SR)」を机に置いた。



「武器にも身体能力をアップさせる効果があるってことか…」


「そうかもね。どっちかと言うとあの熊型モンスターを倒せたのは、液体よりこっちの武器が理由かしらね。BOSSから受け取った瞬間に、『あっこれ、なんでも切れそう』って直感したもの。」


「なんだよ…その危ない直感は…」



エレナのキラー的発言にイノチは少し引きつつ、話を続ける。



「とにかく、俺もエレナも能力値がわからない以上、いろいろ試してみないとな。昨日も話したけど、今日から当分はモンスターを狩りながら資金を集めつつ、宿屋じゃなくてちゃんとした拠点を探す。それと、戦闘、装備、買物などなど、何ができるのかも確認していこう。」


「了解よ、BOSS。」



エレナは湯呑みを両手で丁寧に持って、お茶をすすりながら了承する。それを見て、イノチもやっと自分の朝ご飯に手を伸ばすのであった。





「「ありがとうございました。」」



朝食の後、少し休息をとったイノチたちは、チェックアウトを済ませた。


アキンドはいつもこの宿にいるわけではないらしく、お礼を直接は言えなかったが、仲居のリーダーに、彼によろしく伝えてもらうよう伝言を残し、二人は旅館を後にした。



「まずは俺らにでも、長く泊まれる手頃な宿屋を探すぞ。そのあとはモンスターを狩って資金と経験値稼ぎだ!」



イノチは右手を上に掲げて、意気揚々と歩き始めたのだが…



数時間後。



「なっ…なんだよこの街…俺らが手を出せる宿がひとつもないじゃないか…」



道端で四つん這いになり、肩を震わせるイノチと、その横で腕を組んであくびをするエレナの姿があった。


旅館を出発した後、二人は宿屋を回って一泊の料金をそれぞれ確認していったのだが、高級そうな宿から一般的な宿まで、全てが高額であったのだ。


極めつけと言えば、外観がボロッボロの宿屋までもが一泊の50,000ゴールドとバカ高いのだ。



「なんかもう…このゲームの設定がよくわかんない…」


「仕方ないわよ…この街は観光地なんだから。50,000ゴールドでも格安みたいだし…」



落ち込むイノチにエレナが言葉をかけるが、それにイラッとしたイノチはエレナに反論する。



「もとはと言えば、お前が風呂付きじゃないと嫌だとか言うからだろ!そうじゃなけりゃ、ひとつだけ泊まれるところはあったんだ!!」



『イセ』の街の奥深くにひとつだけ、今の二人でもなんとか泊まれそうな宿屋があったことは事実だ。


外観も内装も、従業員すらもパッとしない地味な宿屋で、トイレと風呂はなく、朝昼晩の食事も自給自足であるが、それでも一泊3,500ゴールドはイノチの目に魅力的に映った。


しかし…



「ぜぇぇぇぇったいに嫌よ!」


「お前なぁ…風呂くらい少し我慢できるだろ?」


「BOSS…あんたほんとにバカなの?あたしは女の子よ?風呂なしトイレなしなんて、どう考えたってNGじゃない!!」


「だけど俺らが長く泊まれそうなのは、そこしかないじゃん。」


「論外だわ!!」



エレナは断固として譲らなかったのだ。そのため、二人は今に至っている。



「当たり前でしょ!!お風呂がないとか死活問題も甚だしいわ!!」


「風呂ぐらい入らなくても死にやせんだろうが!!現実をよく見て考えろって!!」


「ぜぇぇぇったいに嫌!!お風呂は譲らないわよ!!」



お互い睨み合い、ガルルルっと唸り声をあげる二人に、周囲の人々の目線が集まる。


そんな事はお構いなしに、二人が言い合いを続けていると横から知った声が聞こえてきた。



「お二人とも…いったいどうされたのですか?」


「ん…?おっ、アキンドさんじゃないですか!昨日は大変お世話になりました。おい…エレナもお礼を言えって!」


「ふんっ…!」


「おまっ…!」



エレナは機嫌を損ねてそっぽを向いてしまった。そんな彼女に対して、再びイラッととしたイノチに、アキンドが口を開く。



「ハハハ!お二人は相変わらず仲が良いですな!」


「いっ…いえ…そう言ったわけでは…」


「まぁまぁ、それよりいったいこんなところでどうされたのですか?」


「実は…」



イノチはこれまでの経緯をアキンドに話した。



「…なるほど、拠点となる場所ですか…」


「そうなんです…手頃ないい宿について、アキンドさんなら何か知ってませんか?」


「う〜ん、そうですなぁ…この街は観光地として機能してますから、たしかに相場より高いのは事実なんですが…あっ!そういえば…」


「なっ…何かいい案が?!」



少し悩んだ様子のアキンドであったが、何かを思い出したように口を開いた。



「少し手間はかかりますが、街の外れに昔、私が買い取った物件があるのです。しかし、使いようもなく困ってまして…そちらで良ければ1日500ゴールドでお貸ししますよ。」


「マジですか!!?やったぁぁぁ!!」


「…そこってお風呂はあるのかしら?」



はしゃぐイノチの横から、エレナがアキンドに問いかける。



「ええ、もちろん!」



その瞬間、エレナも笑顔になる。



「今から仕事でちょうどそのあたりに行くので、ご案内しましょう。」



アキンドの提案に、先ほどまでいがみ合っていた二人は、いつの間にか手を取り合って喜んでいた。


アキンドはそれを笑顔で眺めるのであった。

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