60話 幕間 〜約束〜
「リシア帝国か…」
ミコトがイノチの横でつぶやいた。
皆に作戦を告げた翌日。
気持ちの良い陽気に加え、心地の良い風が草木を揺らしながら通り抜けていく。
朝食を終えた二人は、館の庭にある木陰で座り込んでいる。
「心配?」
「当たり前だよ!わざわざ一番大きくて、危険な国に行くんだから!心配じゃないわけないよ…」
「…ありがとう、ミコト。」
イノチは小さく笑みをこぼした。
「でもさ、俺たちリシア組の作戦が成功すれば、ノルデンのプレイヤーたちも、ジパンに来なくなるかもしれない…そうすれば、ミコトたちも戦わなくて済むだろ?ノルデンのことは運任せだけど、あそこだけならなんとかなると思うし。」
「確かにそうだけどさ…」
ミコトはそこまで言って下を向いた。
彼に対する複雑な想いが、ミコトの決心を拒んでいた。
行くことに反対はしたくない。
なぜなら、みんなのために彼は行動するのだから。
みんなを守るため、考え、行動することを決めた彼の決意を、自分の安易な気持ちで拒むことはできない。
だけど、そんな危険な場所に行ってほしくないという気持ちも強い。
もし彼を失ったら?
そう考えると、なんだか怖くてたまらない。
今までこんな感情を異性に抱くことがなかったミコトにとって、この気持ちがなんなのか、彼女自身もわからないのだ。
ふと、座っている場所から少しだけ離れた場所に、一輪の小さな薄紫の花が咲いていることに気づいた。
元の世界の花菖蒲によく似ているが、それよりは一段と小さく、花びらの色も少し薄めだ。
しかしそれは、背筋をピンッと伸ばし、力強く咲いている花だった。
周りに同じ花は咲いていないが、その花はそんなこと構うものかというように、真っ直ぐに咲いている。
一瞬迷ったが、ミコトはそれを摘むとイノチに手渡した。
「イノチくん…この花、枯れないようにできる?」
「え?これを…?できるよ。」
ミコトから花を受け取ったイノチは、『ハンドコントローラー』を発動させ、花に触れる。
現れたキーボードに指を走らせ、エンターキーを押すと、再び花をミコトに返す。
「はい!できたよ。」
「ありがとう。」
受け取ったまま、花をジッと見つめているミコト。
イノチはその様子を静かに眺めている。
「これ…花菖蒲って言う花に、よく似てるんだよね。」
「花菖蒲ってあれ…?お風呂に入れるやつのこと?」
ミコトはそれを聞いて、フフッと笑う。
「それは菖蒲でしょ。花菖蒲と菖蒲はまったく別の花だよ。咲いたときの見た目が似てるから、そう名付けられたって聞いたことがあるけどね。そういうとこ、イノチくんらしい…」
「えっ?違うんだ…てっきりお風呂に入れて疲れを癒やすための花かと…」
イノチの言葉に微笑んだミコトは、再び花を見つめる。
「イノチくん…ひとつだけ約束してくれない?」
「約束…?」
「うん、約束。必ず生きて帰ってくるって。」
「…そうだね。できればそれが一番いいね。」
「そうじゃないよ。ちゃんと…作戦がもし失敗しても、君やエレナさんたちは必ずこの街に帰ってくるって…ちゃんと約束して。」
いつの間にか自分を見ているミコトに気づくイノチ。
その真っ直ぐな瞳に、彼女の中にある決意を感じ、イノチはミコトに向き直る。
「わかった。必ず帰ってくるって約束だ。」
「うん…ありがと。これ、お守りで持っていってくれる?」
ミコトは持っていた一輪の花を、イノチは手渡した。
「ミコトだと思って大切にする。そして、必ず持って帰ってくるね。」
イノチはそれをしっかりと受け取る。
再び、風が吹き抜ける。
二人を優しくなでるそれは、草木を揺らし、葉擦れの音が通り抜けていく。
花菖蒲はアヤメ科アヤメ属の多年草。
花言葉は、嬉しい知らせ、信頼。
そして…
『あなたを信じます』
イノチが握る花も、その風に静かに揺れていた。




