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十二夜 ―Twelve Nights―  作者: 五十鈴 りく


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11♣半分の告白

 エルヴィーノは怒らなかった。

 しかし、茫然自失とでも言うのか、呆けている。

 言わない方がよかったのかとも思うが、クラウディオの性分では黙っていると疚しいのだ。


 今後もし、以前のように仲を取り持てと言われても、それはできない相談なのだと先に断っておきたかった。

 ニコレッタがエルヴィーノを選ぶのなら――実際にその時になってみないとわからないことではあるが――そうなったら身を引く覚悟はある。

 彼女を護り、幸せにするとエルヴィーノが誓うなら、ニコレッタの気持ちが第一だ。


 しかし、ニコレッタは今のところ、エルヴィーノに好意を持っていないのだ。

 そして、エルヴィーノの気持ちも揺るぎないものではない。他の娘でもいいのではないかという程度の執着だ。

 あれではクラウディも引けない――などと偉そうに言えたものでもないのだが。


 ニコレッタは、クラウディオがヴェルディアナだと信じているから曇りない笑顔を浮かべ、案じて共に過ごしてくれていたのだ。

 それが、クラウディオが妹ではなく兄の方だと知れた途端、どう思われるのかはわからない。


 騙されたと怒るかもしれない。嫌われるかもしれない。

 それは、エルヴィーノに気持ちを語った今以上に勇気の要る告白になる。


 エルヴィーノは疲れた顔をして、ぽつりと言った。


「私はこのところ、愛しいとはこういうことかと知る機会に恵まれた」

「え?」

「しかし、それは錯覚だったのかもしれない。なあ、ジェレミア、情愛というのはどんなものなのだろう?」


 自分にはもうわからないとでも言いたげだ。

 若輩のクラウディオよりも広い世界を知っているだろうに、エルヴィーノは心底困惑して見えた。


「護りたい半面、壊したいような、傷つけたいような、不可解な衝動が湧く時があります。他に考えなくてはならないことがあっても、彼女のことを優先してしまったり、周りが見えなくなって、それではいけないと思うのに彼女のことを考えるとどうしようもない幸福感があるのです」


 ニコレッタがそばにいない今、どうしているのかとても気になる。

 黙って抜け出してきたから、クラウディオを捜しているはずだ。このまま帰ってこないのではないかと悲しい思いをさせているとすると、ここでエルヴィーノと話し込んでいる場合ではない気がしてきた。ヴェルディアナもどうしていいのか困っていることだろう。


 それでも、エルヴィーノはクラウディオの言葉を丁寧に聞いてくれていた。馬鹿にした様子はない。


「ああ、そうだな……」


 この時、どうしてだかエルヴィーノに小さな変化を感じた。

 少し前なら快活に笑っているばかりだったが、どこか思い悩んでいるようだ。それこそ、何も知らずにいたら恋煩いかと思ってしまったところだ。


「エルヴィーノ様、この際ですから正直に申し上げます。ジェレミアというのは僕の親友の名で、彼はあの嵐の日に海に呑まれました。僕の本当の名は、クラウディオと言います。フララスのドナドーニ侯爵家の次男です。あの時はまだ、あなたのことをよく知らなくて、信じてもいいのかわからずに素性を偽りました。申し訳ありません」


 これを言うと、エルヴィーノの目が覚めたようだった。表情が硬くなる。


「そのように高貴な身分とは知らず、従者になどと申しつけてすまなかった。我が国にとって、フララスは海の向こうのことだ。助けたからといって恩に着せるつもりもない。子息を亡くしたと悲しむ家族の嘆きを早く止めてやらねばなるまい。帰るなり、手紙を書くなりするのなら手配しよう」


 本当は帰るのが一番いいのだが、今はまだ無理だ。心残りがある。

 クラウディオの家族にまで心を砕いてくれたエルヴィーノには素直に感謝の念が湧いた。


「ありがとうございます、エルヴィーノ様」


 このままの流れでヴェルディアナのことも伝えてしまった方がいいかもしれない。

 クラウディオは庭に隠れているヴェルディアナを迎えに行くことにした。


「……あの、実はエルヴィーノ様にお会いして頂きたい者がいるのです」

「私にか?」

「そうです。すぐに連れてきます。少々驚かれるかもしれませんが……」

「今日はもう、ジェレミア――いや、クラウディオ殿のおかげで随分驚いたから、もう驚くことはないだろうよ」


 ハハ、と力なく笑われた。


「どうぞクラウディオとお呼びください」


 エルヴィーノはいい人だ。ニコレッタのことがなければもっと心から尊敬できたかもしれない。


「わかった。クラウディオ」


 返す返すも残念だ。

 とはいえ、誰もがニコレッタに恋をする。これは互いのせいではないのだ。




 クラウディオは急いで庭に向かった。ヴェルディアナが不安を抱えながら待っていてくれるものとばかり信じて茂みに飛び込んだ。


「ディア!」


 しかし――。

 そこにいたのは、見知らぬ男女である。

 クラウディオの目が点になったのも無理からぬことだろう。


 男は兵士、女は侍女の恰好をしている。二人は人目をはばかって、この茂みで乳繰り合っていた。

 そこにクラウディオが飛び込んできたのだから、二人の驚きは計り知れない。寿命を縮めてしまったかもしれない。


「なっ、なっ……」


 言葉も出ないようだ。けれど、少しも悪いという気持ちにはなれなかった。


 ――こいつら、ディアの前でなんてことを。

 むしろ怒りが湧く。クラウディオの表情を見た途端、二人は文句を言う気も起きなかったのか、慌てて茂みの裏から逃げた。


 クラウディオはその後、猫の子を捜すように茂みを掻き分けてヴェルディアナを捜した。


「ディア? もう出てきてもいいんだ」


 小声で呼びかけるが、いない。

 どうやら、慌てたヴェルディアナは庭から飛び出したらしい。どこまで行ったのだろう。


 これでは、クラウディオが下手に動き回ると、お前、さっきあっちに行ったよな? などというややこしい事態になる。


 大体、ヴェルディアナが行けるところとなると、クラウディオの自室くらいだ。とりあえず、部屋を見てこよう。

 そこにいない場合というのは考えたくない。


 さっきのように悪戯目的で誰かにからまれ、連れて行かれたのだとしたらどうしよう。

 部屋にいてくれますように、と祈りながらクラウディオは急いだのだった。


 けれど、部屋は無人であった。

 ここ数日、ヴェルディアナが使っていただけあって、散らかることなく整えられた人気(ひとけ)のない部屋が物悲しい。

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