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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
三章『境界調律迷宮』

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ゴーレム危機一髪


 熟練の魔法使いが使役するゴーレムは非常に強力な存在です。


 小型のモノでも3m以上という体躯。

 巨体が生み出す怪力。

 容易に損傷を修復できる回復力。

 痛みや恐怖、暑さ寒さを感じずに動き続けられる耐久性。


 それに材料となる土、泥、砂、岩石などは陸上であれば何処にでも、幾らでもあります。それはつまり、術者さえいれば通常の武器兵器と違って輸送の必要がなく、現地調達だけで強力な戦力を揃えられることを意味しっます。


 鍛えた人間に比べれば動作がやや鈍重だという弱点はありますが、通常サイズのゴーレムであれば一人の術者が十体以上も操作できることを考えると、利点のほうが遥かに大きいでしょう。速度の不利も立ち回り次第で充分に埋められます。


 敵に回すことを考えたら、これほど厄介な相手はなかなかありませんが、幸い現在では平和利用が主となっています。人間同士の戦争が珍しくなった昨今では、土木工事や鉱山での採掘作業などに使われることが多くなりました。戦闘目的の利用は時折魔物を相手にする時くらいでしょう。


 危険な高所や有毒ガスの中であっても、元々恐怖を感じず呼吸もしていないゴーレムにとっては全く問題になりません。精密動作をさせようとすれば術者が逐一命令を与える必要がありますが、簡単な作業であればある程度自律的に判断して、行動するような思考力もあるのです。


 事前に魔力の経路を繋いであれば、操作している者が寝たり気絶したりして意識がなくとも、問題なく動き続けます。更に、ごく少数の熟練の術者に限った話ではありますが、遠隔で操作しているゴーレムと自身の視覚や聴覚を共有することさえ可能。


 学都や迷宮都市といった大都市が、ほんの十年にも満たない短期間で大きく発展したのも、休まずに建設作業を続けられるゴーレムがあったからこそでしょう(※ちなみに、死者や白骨を操る死体操作術(ネクロマンシー)でも似たようなことは出来ますが、景観と衛生面の問題でそちらが使われることはまずありません)。



 ……と、昨今ではゴーレムが戦闘に利用される機会は少なくなってきました。

 しかし、機会の減少は必ずしも技術の衰退を意味しません。

 平時であっても兵器としてのゴーレム研究は日毎に進歩しているのです。








 ◆◆◆







 巨大ゴーレムが黒く小さく変身し、動きも当初のでっぷりした体型の時よりも数段速くなってしまいました。

 身体を構成する物質を高密度に圧縮し、機動力を大幅に向上。

 更には硬質の金属成分を体表に集めることで、全身を鎧と化したのです。体長は元の六割程度に縮んでしまいましたが、戦力的には元の四割アップどころの騒ぎではありません。



「わ、わ……わっ!」



 ルカは先程から、そんな恐るべき黒ゴーレムから逃げ回っていました。

 ゴーレムの変身直後にレンリやルグと逸れてしまい、仕方なく大きな木の陰に隠れていたのですが、その木が黒ゴーレムの鋭い回し蹴りで圧し折られ見つかってしまったのです。


 あわや絶体絶命のピンチ……かと思いきや、意外にもルカはそこから粘りを見せました。何度か巨大な手に捕まりそうになったのですが、



「ふぅ……危な、かった」



 その度に最近覚えた超加速の移動術で回避していました。ルカは地面を意識的に強く蹴り、その反動に逆らわず利用することで、目にも留まらぬ速さで動けるのです。


 とはいえ、ブレーキや方向転換がまだ思うようにいかず直進しかできないので、あまり多用はできません。下手をしたら範囲外に出て場外負けになってしまいます。

 勝負の範囲は、およそ直径100mの円の内側。

 木々が生えている都合上綺麗な真円とはいきませんでしたが、審判役のシモンが昨日のうちに地面に引いた線を見れば分かるようになっています。

 普通の格闘技の舞台(リング)としては広すぎる範囲ですが、一回の加速で最低50m以上は移動するルカにとっては決して安心できる距離ではありません。



 幸いだったのは、ゴーレムの認識能力やトム達の動体視力ではルカの速度を捉え切れない点でしょうか。超加速で逃げる度に数秒見失い、再発見されて追い付かれるまでの間に位置取りを調整することで、どうにか逃げ続けることが出来ていました。


 しかし、一方で細かい調整が出来ない欠点には既に気付かれているようです。

 これまでの立ち回りで得た移動距離や角度から次の位置を予測し、徐々に再発見に要する時間は短くなってきています。始動時ほどではないにしても、制動時にも少なからず土埃が舞い上がるのもマイナス要素になっていました。


 逃げるのではなく黒ゴーレムに向けて体当たりをすれば、重量差の不利を覆して場外に突き飛ばせるかもしれませんが、相手もそれは警戒しているようです。


 拳闘(ボクシング)のフットワークのように細かくステップを刻み全身を揺することで芯に当てられないようにしています。その身のこなしはこけおどしでは無く、回避の合間に何度か投石杖(スタッフスリング)による投石攻撃を試みても、的確に防御や回避行動を取られていました。


 これではゴーレムの身体に当たってもよろめかせるのが精一杯。下手をしたら突撃を回避されて、ルカだけが場外負けになってしまいます。



「そろそろ……いい、かな?」



 ですが、この状況においてもルカは負けるとは思っていませんでした。

 一対一であれば「詰み」に近い状況ですが、これはあくまで三対一の戦い。ゴーレムの強化変身という予想外の事態においても、まだ勝ちの目が消えたワケではありません。


 それに、ルカ自身もまだ手札を全部見せたワケではないのです。

 ルグが使った巨大化剣のように、レンリはルカの為にもとある品を準備していたのです。試合場が荒れてしまったので、探し当てるのに少々手間取ってしまいましたが。


 ルカの足元の地面に、土埃で汚れた縄が埋まっていました。

 意図的に汚しているおかげで遠目には固まった土か木片にしか見えませんが、近くで見たら縄の先端が地面から飛び出ているのが分かります。



「よい……しょ、っと」



 ルカが縄の先端を引くと、その先に結び付けられていた陶製の小さな壺が出てきました。昨日、シモンが試合場の線を引く際に同行して三人で埋めておいた物です。

 そんな壺が、この試合場の範囲内のあちらこちらに、全部で二十箇所もありました。少しヒビが入っていますが、どうやら中身は無事のようですし、これならば投擲にも耐えてくれるでしょう。


 とはいえ、このままではゴーレムに避けられる恐れがありましたが、ルカがポケットから取り出した呼子笛(ホイッスル)を吹いて合図を送ると、



「やあ、準備ご苦労だったね」


「ありがとな、ルカ」



 これまで物陰に潜んでいたレンリとルグが姿を現しました。ルカの間近に迫っていた黒ゴーレムは、突然標的が増えたことで判断を迫られ、一瞬動きを止めます。


 掘り出した壺をぶつけるには、その一瞬があれば充分。



「せぇ……のっ」



 小さな掛け声と共に投げられた壺は、ゴーレムにぶつかっても全く損傷を与えることはありませんでした。あっけなくパリンと割れて落ち、壺の中に入っていた粉末も黒い体表を単に白く汚しただけのように見えました。


 これが爆発物であったなら、あるいは堅牢な守りを突破して黒ゴーレムが行動不能になるほどのダメージを与えていたかもしれませんが、そういうモノでも無いようです。


 ……が、この結果は不発ではなく予定通り。

 元より、あの壺は単純な破壊を目的としたものではないのです。

 既に、勝負の天秤はルカ達の側に大きく傾いていました。



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