ちいさな、あなたへ
そう遠くない昔。
あるところに、猫になってしまう女の子に恋い焦がれた王子さまがいました。
王子さまは、最初から王子さまだったわけではありません。
はじめはご領主の子息。
次は、商家のあととり。
三番めは地方貴族の若さま。
四番めが村の神官のあととり。
初めの恋の痛手を癒してくれたやさしい猫が、神さまからもらった能力で姿を変えた村娘だったと知った彼は、一度めの生のあと、女の子にまた会えますように、と願いました。
猫ではなく、ことばを交わせる人の子の姿で。
願って。
出会って。
指先がかすめるような近さで、いつもすれ違う女の子。
高貴な生まれでなくとも、王さまの娘でなくとも、求めてやまない女の子は、いつしか王子さまにとってかけがえのない“お姫さま”になりました。
いよいよ五度め。
王子さまは――
* * *
パタン。
「はい、今日はここでおしまいです。ちい姫様、おやすみなさいませ」
「ええ~? やだ! きのうもそこまでだったわ。続きは?? ねぇ、王子さまはお幸せになれたの? 女の子は?」
「うふふ。さぁ、どうでしょう」
お手製の絵本を閉じ、夢みるように愛らしい少女の髪を撫でるサリィは、うっとりと微笑をたたえた。
長年大事に、大切に仕えた主と、王子さまの間に生まれた少女は、今またサリィの得がたい宝物。
(――ずっと、『あのかた』を探してたのが貴方だけなんて。そんなわけないんですからね)
白金色の波打つ髪をゆっくりと撫でていると、やがてすこやかな寝息が聞こえて、サリィはそっと立ち上がる。
寝台の天蓋から垂れた薄布を留めていた真っ白なリボンをほどき、けぶる紗の向こう側。幼いときのヨルナそっくりなちい姫は、夢のなか。
――きっと、貴女も幸せに。
猫だった私が憧れたあのかたも、ようやく幸せを掴んだのだから。
遠い、遠い記憶。
野良の仔猫だったわたしを、やんちゃな男の子から助けてくれた。乱暴な扱いをきっぱりと改めさせてくれた。紅茶色の髪にそばかすのあるお日さまみたいな少女は、わたしの恩人。ついつい、お姿を真似てしまうくらいに。
「おやすみなさいませ」
囁き、音をたてないように通路の明かりをもらす、扉をひらく。
* * *
――いよいよ五度め。
王子さまは、だれよりも、何よりも、お姫さまを大切になさってお姫さまのお父さまにお許しをこい、晴れてお姫さまが十八の年に結ばれました。
お二人はいまも、翌年に授かったちい姫さまとご一緒に。
今生で、仲睦まじくお過ごしなのです……。
〈おしまい〉
昨年の十二月から約四ヶ月間。物語としてはまだ外交的な部分や台風王女の恋、王太子と北の姫などまだまだ余白があるのですが、はじまりの童話だったヨルナのお話は、これで完結です。
お読みくださり、ブックマークや応援ポイント★を賜り、たくさんのご感想をいただけて本当に嬉しかったです。
これから手に取ってくださるかたにも、厚くお礼申し上げます。
完結後の追加となってしまいますが、後日、挿絵もゆっくり描きたいと思います。
駆け足となってしまいましたが、お付き合いくださった方々。
ありがとうございました。




