43 探索の協力者
一瞬。
王城内の空気に乱れが生じた気がした。
視線を落とし、机に積み上げた書類を順に取ってサインしていたサジェスは、ふと顔を上げる。
側で補助に専念していた侍従は、不思議そうに首を傾げた。
「どうなさいました。殿下」
「いや。やっと来たかな、と」
「『来た』……?」
王城の執政棟。王太子の執務室にて。
帰城後、変装を解いたサジェスは猛然とあちこちに指示を飛ばし、自身も奔走していた。もしもロザリンドたちが何者かに誘拐されていたならば――国をあげて大捜索を行うために。
まずは指令本部を設け、近隣の関所や町村すべてに触れを出さねばならない。ありったけの小型竜に、多数書記官。および、すぐに動かせる兵の確保も。師軍単位となれば、また一手間かかる。
これらの人員には箝口令が敷かれるが、果たしていつまで保つか――
両親には報告済みだが、(※もちろん厳しく叱責されている。母は心痛が過ぎて倒れてしまった)この件を公にすべきか否かについては続報次第となった。
続報。つまり弟たちの。
「この感じは……アーシュだ。ちょっと行ってくる。陛下がたには先触れを。すぐにご報告に上がると伝えてくれ」
「はっ」
一礼した侍従に、頼む、と言い置いて仕事は一時中断。椅子にかけておいた上着をとると、バサッと羽織り、部屋をあとにした。
非常事態であればこそ、支柱となるべき者は軽々しく翔んではいけない。
父オーディンからさんざん刷り込まれた、ゼローナ帝王学の一つだ。
よって、どんなに気は急いてもみずからの足で動く。歩く。
やがて王族居住棟のアストラッドの部屋に近づいたとき。
「?」
気のせいだろうか。いやに子どもっぽい、喧嘩じみたやり取りが聞こえた。
* * *
「び、びっくりした……!!! なんてことをするんだアストラッド殿!」
「時間が惜しかったので翔びました。『城に来てほしい』って、さっき伝えましたよね? 君も了承した」
「そうだが。そうじゃなくて!!」
――――うん。賑やかだ。
扉を開けるとアストラッドの専属侍従は不在。深い青の絨毯と白い石の円卓が目を引く中央部分に、彼らは佇んでいる。しかし。
(増えてる……)
自分よりも少し年上に見える男性は琥珀の瞳。少年は紅玉の瞳。
例の、曲芸一座の者だろうか。
尖った耳は森の人の特徴だが、肌はなめらかな薄闇色。ずいぶん純度の高い魔族だな……? と、若干警戒心が芽生える。
とはいえ、状況が状況なので、サジェスはそっと肩を落とした。眉間に寄った皺をほぐして、きっちり諦めてから心の準備をする。
ひらいた扉をコンコン、と鳴らすと、ようやく全員が注目した。
「アーシュ。この方たちは」
「兄上……! はい、僕たちが午前中に観てきた“ナイトメーアの幻”の方々です。とても珍しい魔法を使って、重大な手がかりを示してくだって……。それで、乱暴な手段ではありますが直接お連れしました。ぜひ、連れ去られた姉上たちの捜索に力を貸していただきたいと」
「なるほど」
――なんてこった。誘拐確定。そしてこの混沌。
こいつめ、ろくすっぽ説明も省いたな、と当たりをつける。
サジェスは、こほん、と咳払いをした。
神妙な顔つきのトールと焦るアストラッドの両者を睨み、視線を和らげてから二人の異境びとに手を差し出す。
「手荒な招待ですみません。さぞ驚かれたことでしょう。うちには代々“転移”の能力が具わっていまして」
サジェスの言いように青年は慣れた様子で、にこやかに握手に応じた。
「いいえ。確かにびっくりしましたが、大丈夫ですよ。私はシュスラ。こちらはユウェン。見てのとおり生粋魔族です。ゼローナには、弟君が仰ったように曲芸の巡業に参りましたが」
ちら、とユウェンを流し見る。
その表情に当初と変わらぬ意志を読みとり、シュスラもまた微妙な顔をした。
「――じつは、姫君がたの誘拐にはうちの元・団員も関わっていました。主犯は人間の少女でしたが」
「えっ」
これだけは、と先んじて報告したシュスラは、どことなく自棄を感じさせる声音で告げた。
「ささやかではありますが、協力いたしましょう。我らにできることなら何なりとお申し付けください。人間の国の、王太子どの」




