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もしも、いちどだけ猫になれるなら~神様が何度も転生させてくれるけど、私はあの人の側にいられるだけで幸せなんです。……幸せなんですってば!~  作者: 汐の音
第二章 動き出す歯車

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35 転移魔法の落とし穴

(男なのか……。この見た目で)

 アストラッドは目の前を行くしなやかな背中を、少々複雑な気持ちで眺めた。


 もともとアイリスは中性的な容姿だ。立ち姿は毅然として女言葉ですらない。初日の茶会ではドレスを着ていたものの、二日目以降は騎士装束。なまじ素材が良いだけに、かなりやる気のない女装と言えた。


 年齢は確か、自分と同じか一つ下。

 高く、一本に結い上げた藍色の髪がさらさらと流れ落ちて肩甲骨の下までを彩っている。

 そう広くもない肩幅。細く長い手足。

 張りのある薄紫の素材のチュニックは足さばきがしやすいよう膝上まで切れ込みがあり、女子としては活動的な印象で――


 ……女子。



(……)

 だめだ。まだ女の子にしか見えない。

 それこそ幻を見させられているようで、アストラッドはぶんぶんと(かぷり)を振った。


 長兄が一枚噛んでいるのは間違いないにせよ、今はそれどころではなくて。


 ちらりと隣の次兄を窺うと、母に似た横顔に焦燥と不安の色が濃い。

 じくじくと、やるせなく消息不明の彼女たちを思って胸が痛んだとき。


 ふと、先頭のアイリスがこちらを振り返った。彼もまた余裕のない顔色をしている。


「申し訳ありません。今さらな質問なんですが……。なぜ、天幕まで()()()()んです? できるんでしょう? ローズは自由に街で不埒者を翔ばしていたそうですから」


「いい質問だね。アイリス殿」


 トールはすかさず応えた。

 さすがは魔法研究も趣味の王子。内容がゼローナ王家のお家芸・転移魔法の詳細とあっては切り替えが速い。


「可能だけどできない。危険だから」


「危険? それは、今この一時(いっとき)を争う事態であることを差し引いても優先されるほどのものですか? そもそも、直接妹君の側に翔ぶことはできないんでしょうか。それも『危険』なんですか?」


「…………言うねぇ、君」


 一転。トールは力なく頬をひきつらせて肩を落とした。立て続けに痛いところを刺された上、心情的な引け目もあるため反論できないらしい。


 アストラッドは兄に代わり、なるべく真摯に言を次ぐべく息を吸った。

 ――――当の問いは、自分にとっても痛恨の一撃(クリティカル)だったのだけど。



「あのねアイリス。万能と見なされる僕らの力にも弱点はあって。なにも、千里眼ってわけじゃないんだよ」

「と、言いますと?」


 追及を緩める気は一切ないらしいアイリスが、器用に通行人を()けながら流し目を寄越す。

 アストラッドは考え考え、慎重に言葉を選んだ。


「たとえば。僕たちが気軽に翔べたのは、あそこが王城(うち)だったからだ。構造を熟知してるから、()なくても空間把握はできてる。同じ能力を持つ人間の気配も何となくつかめるし。でも」


 アストラッドは、くい、と顎と視線でアイリスに行き先を見るよう促す。


 広場の中央は露店で賑わい、多様な人びとで溢れかえっていた。肝心の白い天幕は通行人の頭と向こうの木々の上にちょこん、と見える状態。地味に遠い。


「――慣れない場所で。しかも、こんなに人が多いと『安全な地点』を特定するのは難しい。ささいな距離でもリスクは高いんだ。気配も。今の(ローズ)は力を封じられてるから、わからないと言ったほうが正しい」


「なるほど。じゃあ」


 言葉にしたことで深刻さがより伝わったのか、アイリスは考え込むように視線を落とした。いつの間にか歩みも止まっている。


「……遠隔では、姉君の封印も解除できないんですね」


「そう。しかも、父本人でないと」


「わかりました。余計に急ぎましょう。ペースを上げても?」


「勿論!」

「上等だよ」



 ――――――――


 三名は天幕に到着するまでの間、黙々と足を動かした。




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[一言] アイリス、推せる( ˘ω˘ )
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