あの日を取り戻す旅③
アルテミスの手紙には、ステラ伯爵領で毎年行われている豊穣を願う星祭にデイモンとアーティアが二人で参加するようにとの知らせだった。
本来ならば元々領主夫妻であるデイモンとアーティアが参加する予定であったが今年はバロックから完全に領主としての仕事を任されたデイモンが慣れない執務に追われ王都を離れることが難しかった為、バロックとアルテミスが代わりに参加する予定だった。
しかし祭りの数日前に、急遽国王陛下より新たな任務を賜ったバロックは一人旅立ってしまったのだという。
アルテミス一人で参加する訳にはいかないので、アーティアとデイモンは気まずい沈黙の中馬車を走らせ星祭の行われる村へと向かうことになったのだった。
馬車を走らせ五時間ほど経った頃、ぽつりぽつりと雨が降りだした。
雨は瞬く間に豪雨に変わり、強く吹き荒れ始めた風と共に二人の乗る馬車を容赦なく雨と風が打ち付け始めた。
風が馬車を揺らし大きな音が響くと、思わずアーティアの肩がびくりと揺れる。
アーティアは大きな音があまり得意ではなかった。だが、普段は伯爵夫人として上に立つ立場であるためできる限り虚勢をはりそれを悟られぬようにしていた。
しかし今日はいつも側に居てくれるアンもおらず、よりにもよって自分を嫌っているデイモンと二人きりで慣れない馬車の中という状況がアーティアに重くのし掛かっていた。
「……もう間もなく別邸に着く。それに今馬車を任せている御者は経験豊富で馬の扱いも上手だ。だから、その…心配するな。」
「……え?」
不安に揺れるアーティアの表情に気づいたのか、デイモンが不意にそう口を開いた。
アーティアは驚きのあまり、デイモンの顔を思わずじっと見つめてしまう。
何故なら相変わらず不器用な言葉ではあるが、デイモンからアーティアを心配する言葉など本当に久しぶりに聞いたからだ。
まるでロザリアが邸に来る前のデイモンが戻ってきたかのような錯覚にアーティアは陥る。
驚きのあまりデイモンから視線を外すことを忘れたアーティアに見つめられ続け、居たたまれなくなったデイモンはふいっと顔を横にそらした。
しかしその髪の間から覗く耳がほんのりと赤く色付いることに気づいたアーティアは一体どうなっているのかわけがわからず更に混乱するはめになる。
その後デイモンが何かアーティアに話しかけることもまたその逆も無く、馬車の中では雨と風の音だけが響き渡っていた。
その後、デイモンの言っていた通り目的地であるステラ伯爵家の別邸は目と鼻の先まで来ていたようで、少々無理をして御者が馬達を走らせること三十分。
無事にステラ伯爵家の別邸へとたどり着く事が出来た。
馬車から降りる際もデイモンは己の上掛けを脱ぎ、アーティアの頭の上に被せた。
そして極めつけは「少し我慢しろ」とだけ呟くとアーティアの身体を軽々と抱き上げ、馬車からおろし別邸の中へと駆け出した。
その姿はまるで妻を大切にしている夫のようで、アーティアは一体この人は誰なのだろうか?と先程からのデイモンと最近のデイモンの態度のあまりのギャップに頭を混乱させ、抵抗する気力もなくなされるがままに大人しくデイモンによって別邸の中へと運ばれていった。




