ロザリア、という女①
壊れた映写機のように頭の中で繰り返し流れ続けている映像が二つある。
一つは、幼いデイモンと初めて出会った日。
もう一つは、怪我をしたロザリアを助けた日のことだ。
どちらもアーティアにとって人生の重要なターニングポイントとなった出来事だった。
デイモンが不機嫌そうにアーティアに話しかける時や怒鳴り付けられた時、ロザリアがデイモンと仲睦まじくしている姿が目に入ると、アーティアの思考はフリーズしてあの擦りきれそうな映像の再生が始まる。
そして再生が終わると頭を過ってしまう考えに、アーティアは自己嫌悪に陥るのだ。
それは何度振り払っても浮かんでくる。
もしも、あの日ロザリアを助けなければ……という醜い思考。
アーティアはそんな事を考えてしまう自分が大嫌いだった。
デイモンの言ったように、自分はなんて冷たい人間なのだろうと思う。面白味もなくて、人を思いやることも出来ず、寛大な心で受け止めることも出来ない。
伯爵家の妻としての義務を何一つ守ることが出来ない自分はやっぱり欠陥品でステラ伯爵家の妻として失格だと思った。
★★★
あの日アーティアは馬車に乗りいつものように領地内にある孤児院を訪ねた後、邸に帰るため人通りの少ない山道を進んでいた。
ふとアーティアが窓の外を見ると、木陰に人間の足のようなものが見えた気がした。
驚いたアーティアは見間違いかもしれないと思いながらも御者に声をかけ、アンの制止も聞かずに馬車の外へと出て先程の木陰へと歩みを進めた。
そこにはやはり見間違いではなく、木に寄りかかるようにして座り込んでいる女性がいた。
それがロザリアとアーティアの出会いだった。
アーティアに気付いたロザリアは少し怯えた表情をしていたが、優しく声をかけてきたアーティアに自分を害する気がないと判断したようで「助けて……」とすがるようにアーティアに助けを求めてきた。
もうすぐ日暮れも迫っていたため、アーティアはとにかくいつまでもここに居ては危険だと伝え、怪我をしているロザリアをとりあえず馬車に乗せ邸へと向かうことにした。
馬車の中でロザリアから何故あんな場所にいたのか事情を聞くが、ロザリアは眉をへの字に曲げ困った顔をした。
何でも、何故自分があの場所にいたのかわからないのだという。それどころか自分が何者であるのかすら憶えておらず、あの森で途方に暮れていたのだと言う。
記憶喪失、アーティアがロザリアから事情を聞いて真っ先に頭に浮かんだのは昔たまたま呼んだ医学書に記してあった記述であった。
なんでも頭部に強い刺激を受けると一時的、または永久に記憶を失ってしまう事があるらしい。
アーティアはロザリアの頭部に視線をやるが、目視できる範囲では頭部に外傷は無いようだ。
しかし、傷が残らずとも過去に打ち所の悪い場所に頭を打ち付けた可能性もある。
それにロザリアの着ているドレスも、泥で汚れてはいるが上質な布を使って設えてある。
貴族では無いにしても、服装からいってそれなりに裕福な生活をしていたのではないだろうか?とアーティアは推測する。
邸にロザリアを連れ帰ったアーティアはロザリアの為の部屋を用意し、アンに止められるのも聞かずにロザリアの捻挫をしていた左足と、所々にある切り傷の手当てを自らが行いながらロザリアの話を親身になって聞いた。
自分が何者かも解らず、これからどうしたら良いのかわからない。
そう不安に押し潰されそうな表情で涙を流すロザリアをアーティアは見捨てることが出来なかった。
アンの「絶対にダメですよ!!ダメったらダメです!!」という無言の圧力を感じながらも、アーティアは目の前で困っているロザリアを放り出すという選択肢はなかった。
「もし、貴方が望むのならだけど。貴方を知っている人が見つかるまで、貴方の記憶が戻るまで暫くこの邸で過ごすというのはどうかしら?」
アーティアの申し出に、アンは頭を抱え、ロザリアはパッと表情を明るくした。
客人として迎えるので、怪我をゆっくりと治すことに専念して欲しいというアーティアに、それでは申し訳なさ過ぎて居たたまれないと、ロザリアはお世話になる間メイドとして働かせて欲しいといって聞かなかった。
アーティアは記憶を失い本来の身分もわからないロザリアをむやみに働かせることなど出来ないと思ったが、ロザリアは仕事を与えてくれないのならばお世話になることは出来ないと、すっかり日が落ちて真っ暗な外へと今にも駆け出そうとしている。
そんなロザリアにアーティアが折れるしかなく、仕方なく仕事量が少なく何かあってもすぐに助けることが出来るよう、アーティア付きのメイドの補佐の補佐、という仕事を与えた。
仕事と言っても名ばかりで、殆どロザリアに何か仕事を申し付けることはない。あってもアーティアにお茶を入れるとかそんな程度の簡単な作業だ。
ロザリアは明るく、お喋りがとっても上手でアーティアの心配をよそに直ぐに邸の使用人達とも打ち解けた。
それどころか最初は見知らぬ者を邸に入れるなど反対だと言っていたデイモンも、自ら積極的に関わることは無いがどんなに冷たくあしらわれても明るく話しかけてくるロザリアに悪い印象は持っていないようだった。
最初はそんなロザリアの様子に安堵していたアーティアだったが、日に日に違和感を感じるようになる。




