ジェネジオ1
めんどくせえ。
またあの傲慢お嬢様からお呼びがかかったのか。
桁違いのお得意様ではあるが、規格外の我が儘お嬢様の相手は疲れるんだよな。
本来なら別の者に行かせるところだが、あそこにはシアラがいる。
ただそれだけのために――シアラに会うために俺はあの屋敷に自ら足を運ぶ。
そもそもシアラはなぜあの屋敷を辞めないんだ?
何度も俺のところに来いと言ったのに「商人には向いていないから」とかって、そうじゃねえよ。
それともわかってて、はぐらかしているのか?
俺を傷つけないため? ……いや、きっと気付いていないのだろう。そういうことにしておこう。
傲慢お嬢様の今回の用件はきっと『王太子殿下の婚約者にふさわしい何か』だな。
適当に異国で細工されたアクセサリーや、新しい生地でドレスを仕立てるよう勧めればいいよな。
そう考えて準備も整え、ファッジン公爵家に向かう。
ところが予想外のことを言われて、俺は戸惑った。
「……お化粧品ですか?」
「ええ、そうよ」
ちょっとおだてればその気になって何でも言い値で買うカモだったのに、いきなり化粧なんてどうしたんだ?
今まで興味など持たず、俺が押し売っていたようなものなのに。
まさかまたクレームか?
慎重に対応しようとあれこれ考えていると、お嬢様は俺をじっと見てふんっと笑った。
高飛車な態度には慣れているが、この違和感はなんだ?
俺が馬鹿にされている気分になる。
「――新しい白粉は出ておりますが、お嬢様のような美しいお肌には必要ないかと思われます、また頬紅もその愛らしいほどの桃色の頬には必要とは思われないですが……ほかに新商品と言えば――」
「そっちじゃなくて、化粧水のことなの」
「化粧水、ですか?」
あの化粧水は商会の女性陣が顔を洗ったあとに乾燥するとよく嘆いていたから俺が開発したものだ。
思いのほか好評で、それなら高い値段で上流階級の奥様方に売ってしまおうと決まったもの。
効果に嘘はないが原価がばれたか?
いや、まさか。
「あの化粧水に含まれる成分と、誰が開発したかを知りたいの」
「何か不都合がございましたでしょうか? 特にお肌にトラブルがあるようには見受けられませんが……」
どういうことだ?
話し方や態度は今までの傲慢さと変わらないが、質問の内容といい雰囲気といい、先日までのお嬢様と明らかに違う。
噂ではずいぶん変わったとは聞いていた。
王太子殿下と婚約したことで心を入れ替えたらしい、と。
いやいやいや。そんな馬鹿な。
人間、そんなに簡単に変われるものではない。
だが噂に聞いていた以上の会話内容の変化に、俺は驚いてついシアラを見てしまった。
俺とシアラが友人関係だとお嬢様に知られると面倒なことになるのはわかりきっていたのに。
「――って、ああ!」
「ファラーラ様! いかがなされましたか!?」
「お嬢様?」
まずい。今の俺の視線でばれてしまったか?
シアラには完全無視されていたのに?
「何でもないわ……。ごめんなさい、騒がせてしまって」
「い、いえ……。ファラーラ様に何事もないのでしたらよろしゅうございました」
「――そうですね。少々驚かされてしまいましたが、虫でもおりましたか?」
何だよ、驚かせるなよ。
またいつもの注目を浴びたいがための言動か?
シアラは本気で心配しているじゃねえか。
いい加減にしろよ。
そう思った俺はすっかり油断していたらしい。
次のお嬢様の質問には肝を冷やした。
「……ところで二人は知り合いなの?」
「え? あ、はい。彼とは学園の同級生なんです。こちらでお世話になるようになりまして、久しぶりに再会いたしました」
「……偶然に、ですがね」
おいおい。シアラは隠す気ゼロだったよ。
なんか俺、独りよがり感がすごくないか?
ちょっとした虚無感に襲われて、お嬢様の質問のことをすっかり忘れていたのは内緒だ。




