再会2
正直に言えば、フェスタ先生の別邸は先日下町で見た所狭しに並んでいた馬小屋みたいな家だと思っていたわ。
だけどここは貴族の別荘と言えるのではないかしら。
案内された居間に据えられた家具や窓から見える庭をさり気なくチェックして思う。
まあ、我が公爵家の別荘のほうが立派だけどね。
フェスタ先生って何者なの?
すごく気になるけれど、それを今質問することはできないわ。
この微妙な空気をどうにかしないと。
主人であるフェスタ先生は口を押さえて俯いているけれど、どう見ても笑いを堪えているだけよね?
この場を乗り越えてこそ、大人の階段を上れるにしても、少しくらい手を引くのが教師ではないかしら。
それにしてもおかしいわ。
悪夢の中で殿下と婚約していたときのお兄様はこんなに過保護ではなかったのに。
いえ。そうじゃないわ。
いっさい話題に出なかっただけだった気がする。
そういえば、この前の私の誕生日にプレゼントとメッセージカードを送ってくださったけれど、婚約については一言も触れていなかったわね。
まさか、ひょっとして、お兄様は私の婚約をご存じない? ――わけないわよね。
まあ、いいわ。
私はファラーラ・ファッジンよ。
どうして私がみんなに気を使わないといけないの?
殿下はおまけ。私の目的はお兄様にお父様の病気のことを訊くこと。
でもその前に――。
「お兄様、ここまで戻っていらしたなら、どうしてお家に帰ってきてくださらなかったの? せめてご連絡をくださればよかったのに」
「それはファラーラと約束したからじゃないか」
「約束?」
はて、何のことかしら。
誕生日前のことは記憶が曖昧なのよね。
一年以上前のことなんて覚えていないわ。
「相変わらずファラーラは忘れっぽいなあ。『私のお兄様なんだから、すごい病気を発見して、すごいお薬を作るまで帰ってきちゃダメよ。顔も見せないで』って言ったのは、ファラーラじゃないか」
あははは。――では、ありません、お兄様。
そんな「可愛いやつめ、こいつぅ」みたいな空気も出さないで。
フェスタ先生と殿下が私のことを冷めた目で見ているけど、私が悪いの?
十一歳の子供の言うことを真に受けているお兄様のほうが問題じゃないの?
え? お兄様って馬鹿なの?
「お、お兄様……その、子供の言うことを真に受けなくてもよかったのではないでしょうか……」
「何を言っているんだ、ファラーラ。子供相手でも約束は守らなければならないだろう? それに私の大事な妹であるお前の言うことなんだから、破るわけにはいかないよ」
あははは。――では、ありません、お兄様。
とても素晴らしいご意見ではありますが、まずそんな無茶な約束をなさらないでください。
「相変わらず、チェーリオは兄馬鹿だよなあ」
そう、それ! それなのよ、フェスタ先生。
しかも私には三人の兄馬鹿がいるのよ。
思い出したわ。
私はお兄様たちに避けられているんじゃなくて、お母様が敢えて会わせないようにしていたのだと思うわ。
だって、親(父)馬鹿一人と兄馬鹿三人に甘やかされ溺愛されれば、傲慢ファラーラの出来上がりだもの。
「……お兄様、お母様にはここにいらっしゃると連絡していらしたのですか?」
「ああ、母さんは心配性だからな。常に連絡は取っているよ」
「そうですか……」
今までの自分を省みると、お母様に嘘つきなんて文句は言えないわ。
おそらく今日はお兄様の溺愛ストッパーになりそうなフェスタ先生と殿下がいらっしゃるから私を放流したのね。
「ファラーラ、チェーリオ殿はまだ約束を果たせていないようだが、それでもお会いしたかったんだよね? 何か大切な用事があるんだろう?」
「あ、はい。そうでした」
ですが、殿下。今の言い方、すごく棘がありませんか?
お兄様はむっとしていらっしゃるし、フェスタ先生はにやにや笑っていらっしゃるわ。
はっ! これが狡い大人教育課程の成果その1ね!
なるほど。殿下を相手にしても遠慮しない大人を前にして、対抗心を煽るという手法ね。
侮れないわ、ブルーノ・フェスタ。
それではこのお屋敷での嫌がらせは使用人に打撃を与えるだけかもしれないから中止してあげましょう。
だけど先生への恨みは忘れてないわよ。
私、根に持つタイプですから。
だから先生の授業前に黒板用のチョークを全て短いのに替えておきましょう。
書きにくくて苦労すればいいのよ。
「ファラーラ、いったい何があったんだい? わざわざ私を頼るということは、周りの者では役に立たないということだろう?」
「え、えっと……」
お兄様、煽り返してどうするんですか。
殿下はむっとされて、相変わらずフェスタ先生はにやにやしているわ。
私、空気が読める子になって自信がついていたけれど、こんなときには鈍感でいたかった。
だって、この中で私はジェネジオにダメ出しされた演技を披露しなければならないのよ。
不可能だと嘆いていたジェネジオを馬鹿にしたことを、ここで深くお詫び申し上げるわ。
だけど私、やればできる子だから!
だって、シアラは褒めてくれたもの。
さあ、名女優ファラーラ・ファッジンの誕生よ!




