再会1
「ファラーラ! わざわざ会いにきてくれて嬉しいよ!」
初めてお邪魔するフェスタ先生の別邸の玄関先で、チェーリオお兄様はずっと待っていてくださったみたい。
私が馬車から降りると階段を数段飛ばしで下りてきて抱きつこうとしたけれど、はっとして動きが止まった。
どうされたの? 身構えて踏ん張っていたのに、ちょっと拍子抜けだわ。
「お兄様?」
「き、今日はちゃんと湯を浴びて綺麗に体も洗っているんだ。触れても大丈夫かな?」
「大丈夫に決まっていますわ!」
私からお兄様の腕の中に飛び込めば、ぎゅっと強く抱きしめてくれる。
あ、本当にいい香り。
もちろん湯浴みをしてくれていなかったら、こんなに接触したりはしなかったけれどね。
でもこれは私が傲慢だからじゃないと思うわ。
お母様も苦情を言っていたもの。
私とお兄様が一年以上ぶりの再会を喜んでいると、後ろからあからさまな咳払いが聞こえた。
あら、すっかり殿下のことを忘れていたわ。
「お兄様、今日はで……エヴィ殿下と参りましたの。お二人はすでにお知り合いでいらっしゃいますね」
「エヴィ…殿下ね……」
ん? 何か聞こえたかしら?
「ああ、ありがとう。ファラーラ」
「ファラーラ……だと……」
あら? また?
「お久しぶりです、チェーリオ殿。無事に王都に戻っていらっしゃったのですね。それなのに公爵邸にお帰りにならないから、ファラーラが心配していましたよ」
「ファラーラ、だと?」
「お、お兄様! あの、今日はお時間を取っていただき、ありがとうございます! えっと、エヴィ殿下は少し大げさですの。心配というか、寂しかったのです!」
「そうか! 寂しかったのか!」
「え、ええ……」
空耳か何かだと思った声はお兄様の声だったわ!
地を這うような低い声なんだもの!
聞いたことない!
こんなチェーリオお兄様の声は聞いたことがないし、こんな笑顔も見たことがないわ!
しかも殿下がご挨拶をされているのに返さないなんて、いくらなんでも不敬よ!
そもそもお兄様の呟きは殿下にも聞こえていたわよね?
それなのに殿下もにこにこしていらして……不気味だわ。
誰か、誰かこの空気を変えることのできる者はいないの?
私の願いが神様に聞き届けられたのか、明るい笑い声が割って入った。
いいえ、違うわ。
神様なんていないのよ。
出たな、元凶。
おのれ、ブルーノ・フェスタめ。
大笑いしている場合ではないでしょう。早く何とかしなさいよ。
それとお兄様、いい加減に解放してくれませんか。
苦しくはないんですが、このままでは動けません。
「いつまでも玄関先で立っていても仕方ないし、中へどうぞ」
「ありがとうございます、フェスタ先生。それではファラ――」
「ファラーラはブルーノのクラスになったんだって? 学園生活はどうだい?」
「え? あ、あの、とても楽しいですわ、お兄様」
フェスタ先生が招き入れてくださって、殿下が私をエスコートしてくれようとしたんだけれど。
お兄様、今思いっきり殿下のお言葉を遮っていましたね。
それどころか殿下のお言葉を無視していますよね。
この場合、私はどうすればいいの?
がっちり腰に回されたお兄様の腕から逃れて殿下の許へいくのも変よね。
だけど、あの、殿下が……この国の王太子である殿下が私たちの後ろを一人でとぼとぼ歩いているんですけど。
この屋敷の主人として、フェスタ先生がどうにかするべきではないですか?
まさかこの扱いが殿下への狡い大人を知るための授業ではないわよね?
これではまるで義兄たちに虐められる灰かぶり王子だわ。
気をつけないと熱い鉄板の上でタップダンスをすることになるのよ。
でも待って。
その前に、殿下はこんな義理の兄は嫌だって婚約破棄してくれないかしら。
殿下は意地悪な大人を知り、私は婚約をなかったことにできる。
それもありかも。




