相談1
「…うっ……」
額を押さえ、ふらふらしながらどうにか近くの机に手を置いて、膝から崩れ落ちる。
すると、シアラが血相を変えて飛んできた。
「ファラーラ様!」
「……大丈夫よ、シアラ。私は何ともないもの」
シアラが私の傍に膝をつく前にすっと立ち上がる。
なかなかの演技だったと思うのに、見学していたジェネジオはのんびりくつろいだまま。
ちょっと失礼じゃない?
演技とはいえ、ファラーラ・ファッジンが膝をついたのよ?
立ち上がるのが礼儀じゃないかしら。
最近のジェネジオにはまったく敬意が感じられないわ。
「――というわけで、言葉も不明瞭になる場合、どんな病気が考えられる?」
「新たにわかったことは、お嬢様に演技の才能がないということだけですね」
「この私に演技の才能なんて必要ないのよ。今のがどんな病気かわかればいいんだから」
「……色々とツッコミたいことはありますが、一番に申し上げたいことは私は医師ではありませんので、わかりません」
「色々と回りくどいことを言って誤魔化しているけれど、要するにわからないってことね? 国一番の商人のジェネジオ・テノンが?」
「一言も誤魔化してなどいないどころか、率直に申し上げております。しかも商人であることはまったく関係ありません」
もちろん、ジェネジオのこの返答は想定内よ。
ただ一応訊いてみただけ。
本来の用件は――。
「ジェネジオ、あなた先ほどからファラーラ様に失礼よ! ファラーラ様の今の演技のどこがダメだというの!? 私なんて本気で心配したのよ! ファラーラ様ならきっと名女優になれますわ!」
「……ありがとう、シアラ」
シアラ、嬉しいけれど女優は目指していないから慰めは必要ないのよ。
私は最近のシアラが好きだけど、ジェネジオは本当にシアラでいいの?
ひょっとして私は意図せず二人の恋路を邪魔してしまっているのではないかしら。
別に二人が恋人になろうがなるまいがどうでもいいけれど。
て、ちょっと待って。
ジェネジオってばシアラに怒られて嬉しそうじゃない?
ひょっとして先ほどの失礼な物言いはシアラを煽るためだったとか。
嫌だ、ジェネジオもそっちの人なの?
ということは、私はダシにされたってわけ?
私は昆布かカツオってわけね。ピチピチ。
とにかく、私が知りたいのは五年後にお父様が亡くなってしまうかもしれない病気について。
今さらではあるけれど、あの悪夢でのお父様は五年後にご病気であっという間に亡くなってしまうのよ。
その病気が何かを突き止めて予防しておけば、お父様もお元気でいられるし、ファッジン公爵家も安泰。
もちろん私の生活も安泰よね。
だけど念のためにお兄様たちにある程度の引き継ぎはしておいてもらいましょう。
薄情かもしれないけれど、情だけでは現実は生きられないのよ。
備えあれば憂いなし。
そうだわ。ひっそりと住む用の屋敷を今のうちに購入しておくのもありよね。
どこの国にしようかしら……。
それもジェネジオに探しておいてもらって、買っておけば問題もないわよね。
ただあまりジェネジオに依存しすぎてもダメだわ。
あっさり裏切られることも想定しておかないと。
商人は手のひらクルーが得意だもの。
だけど今の我が家はこの国一番の隆盛を誇っているのよ。
もちろん盛者必衰の理を知っている私は堅実に生きるわ。
要するに、今のうちに利用できるものはしておくつもり。
「お嬢様、結論から申し上げますと、先ほどの質問は私ではなく医師にするべきです」
「あら、それくらいは私だってわかっていたわ。ただ説明の仕方が難しいから、あなたにお願いしたかったの。ついでにあなたが病名を知っていればいいなと思ったのよ」
いつもの将来設計を考えていたら、ジェネジオの声で現実に引き戻されてしまったわ。
そうそう。
本題からすっかり逸れてしまっていたけれど、私がジェネジオにお願いしようと思っていたことはお父様の病名を知って予防策を講じること。
「というわけで、ジェネジオなら顔が広いでしょうから、色々な医師に今の説明をして病名と予防策を調べてほしいの」
「……今の説明をどうしろと?」
「同じように演じてくれればいいのよ。倒れる前には言葉が不明瞭になっていたことも伝えてね」
「――私、ジェネジオ・テノンは今まで多くのお客様から無理難題を申しつけられてまいりましたが――そのほとんどがお嬢様でございますが、これは酷い。あまりに酷い。まさかこの私の経歴に〝不可能〟の文字を刻まなければならないとは……」
今まで余裕ぶった態度だったジェネジオががっくりうなだれたわ。
何がどう不可能なのかしら。
「お嬢様、今回の依頼はお受けすることができません」
「ええ? ジェネジオ・テノンなのに?」
「私の名誉にかかわる問題ですから。ただし、そのお詫びといたしまして、先ほどの症状の病名と予防策を突き止めるために最適の協力者を無料で情報提供いたしましょう」
「仕方ないわね。それで許してあげるわ。それで、その協力者の名前は?」
ジェネジオが無料で情報提供してくれるなんて、不可能なことがそんなに悔しかったのね。
初めてジェネジオに勝てた気がするわ。
ちょっと得意な気分になっていると、ジェネジオはにやりと悪い笑みを浮かべた。
何? 何なの?
「その方は治癒師として名高いのですが、魔力を使わず治療するための研究にも力を入れている医師でいらっしゃいます」
「へえ~。治癒魔法に頼るだけではないのね。それで、その方のお名前は?」
「はい。チェーリオ・ファッジン卿です」
「チェーリオ・ファ……って、お兄様じゃない!」




