発案1
「疲れた。非常に疲れているのに、なぜ俺は昨日の今日でまた呼び出しを受けているんだ……」
「そのわざとらしい独り言はやめてくれない? 耳障りだわ」
「大変失礼いたしました。それで、本日はどういったご用件でしょうか?」
ジェネジオがかなり不満そうなのは、昨日の杖即売会もどきのせいだってわかっているけれど、無視よ。無視。
あの短期間で学園の特待生に合いそうな、なおかつ手ごろな値段の杖を用意するのは大変だって最初に言われたものね。
だから何なの? それを成し遂げてこそ、国一番の商会じゃないかしら?
そう傲慢ファラーラが口にすれば、さすがと言うべきか、ジェネジオはすぐに頭を切り替えたわ。
ジェネジオは自ら学園に足を運んで学園長はもちろん、生徒会長とそのメンバーにまでしっかり挨拶して顔をつないだんだから。
感謝してほしいくらいだわ。
「――もう耳に届いていると思うけれど、新しいお化粧品のことをみんなに教えたわ。だから進捗状況を聞きたかったの」
「……それだけですか?」
「あら、大事なことよ。待たせるのもいいけれど、忘れられては困るもの」
「まあ、そうですね。ちょうど報告しようと思っておりましたので、お時間を作っていただけて幸いです」
ジェネジオはそう言ってにっこり笑ったけれど、悪い笑みだわ。
たぶんこれが本物の腹黒っていうのね。
リベリオ様も中二病を早く卒業してこれくらいになっていただかないと。
「それでは、始めて」
「はい。――課題だった油性分と水性分を融合させることには成功いたしました。時間経過とともに多少は分離しますが、ご使用前に軽く振っていただければ問題ありません。毒性がないことも確認しておりますので、あとは想定通りに効果があるのか、肌への悪影響がないかの治験を行う予定です」
「そう。それでは……三か月後に特に問題がないようなら、シアラが試しに使ってみてくれるかしら?」
「はい、かしこまりました」
三か月は短いかもしれないけれど、千人も動員すれば大丈夫かしら?
まあ、問題があればシアラへの今の言葉にジェネジオが異を唱えるでしょうからいいわよね。
「シアラが使用を始めて三か月経過観察したうえで、私は使うわ。それから……そうね、やはり三か月かしら? だから今から九か月後に商品化して売り出しましょう」
「かしこまりました」
「では、それまでに容器を作ってちょうだい。このような単調なものではなく、そうね……模様を描くのもいいし、この花瓶のように細工を施すのもいいわね」
今回のジェネジオはあっさり了承してくれたけれど、それだけ自信があるのかしら。
だとすれば期待大ね。
次の課題は容器だから、ソファの隣に置かれた花瓶台の上の花瓶の曲線を指でなぞりながらイメージを伝えると、ジェネジオは眉をひそめた。
「お嬢様、それでは容器代だけでもかなり高額になります」
「でも作れるのでしょう?」
「それはもちろん。ただ化粧品を入れる容器の大きさでそのような装飾を施すには、腕のある職人に依頼しなければなりません。ですから量産は難しいですし、値段も……中身より高くなるかもしれません」
「いいのよ、それで。私たちが相手にするのはたっぷりお金を持った女性たちなんだもの。あなたなら腕利きの職人を何人も知っているでしょうし、九か月あればそれなりの数は作れるでしょう? 飛ぶように売れて品切れを起こしてもいいのよ。それがまた価値を高めるんだから」
蝶子の世界でも数年待ちの鞄だのお菓子だのが溢れていたわ。
みんなそういうものが大好きなのよね。
どんなデザインがいいかしらと考えていると、ジェネジオにじっと見られていることに気付いた。
ちょっと失礼じゃない?
「何かしら?」
「いえ……以前、私はお嬢様がずいぶんお変わりになられたと申しましたが……」
「そ、そういえばそうね」
「正直に申しまして、お変わりになられたというよりも、もはや別人ですね」
「べ、べつ、別人のわけないじゃない!」
「そうですわ! ジェネジオ、馬鹿なことを言わないで! 確かにファラーラ様は以前よりも物足りなく――いえ、お優しくなりましたけれど、それはファラーラ様が殿下の婚約者として努力なされているからです! 根本的な我が儘で怠惰なところは少しも変わりません!」
「……ありがとう、シアラ」
色々とツッコミたいところはあるけれど、興奮しているシアラは気付いていないからまあいいわ。
しかもジェネジオはもう引いていないみたい。
ありのままのシアラを受け入れたのね。
「別人、というのは言いすぎましたが、ここのところお嬢様とお話をさせていただいていると、十二歳だということを忘れてしまいそうになるのです。ですがまあ、私の考えすぎでした。それでは私は、立派な外見に劣らぬよう中身をより良いものにするためこれからも努力してまいります」
「……ええ、お願いね」
鈍感な男性は嫌いだけれど、鋭すぎる男性も嫌いよ。
ジェネジオの今の言葉、色々と含んでいるわよね。
だけど誰にもわかるはずもないし、信じてもらえるわけもないのよ。
あの悪夢のことなんて。
だからジェネジオにも誰にも言わない。
これは私の秘密。私の挑戦。
私は王太子殿下との婚約を解消して、不労所得で悠々自適の生活を送るのよ!




