王太子2
母上はこの婚約話が持ち上がったときから反対なさっていた。
僕は密かに母上を応援していたんだ。
母上はできればサラと婚約させたいというお気持ちがあったらしいが、それはそれで勘弁してほしい。
だがそれはまだ何とかなる。
サラのことは妹にしか思えないが、ファラーラ・ファッジンよりは断然いい。
それにサラだって僕と結婚なんてあり得ないと笑って、婚約を阻止するために動くだろう。
だが父上はサルトリオ公爵の孫に当たるサラが気に入らないのか、ファラーラ嬢にはお声をかけられてもサラには軽く頷く程度だった。
それでもまさか、母上が提案されていたサラとの婚約話を無視して、ファラーラ嬢の強い要望だったらしい彼女との婚約を許可されるなんて思いもしなかった。
父上は、やはり僕のことがお嫌いなのだろうか。
ただ婚約発表を王宮ではなく、ファッジン公爵邸で行ってくれたことは幸いだった。
王宮で公式に発表してしまえば本当にもう後には引けないが、公爵邸でならまだどうにかなる。
父上の――国王陛下からではなく、公爵からの発表であるので、まだ取り消せるのだ。
ひょっとして父上は僕を試していらっしゃるのかもしれない。
そう思うと僕の腕にぶらさがるようにべったり引っついているファラーラ嬢を冷静に見ることができた。
彼女は僕を見ていない。
いつも王太子という地位でしか僕を見ていない。
今も僕の気持ちなんておかまいなしに、自分が王太子の婚約者になったことに嬉しくて仕方ないといった態度を隠さない。
彼女には自分以外に見えているものがあるのだろうか。
ここ数年、何度か一緒に過ごすことがあったけれど、友達らしい人物もいなければ、他の令嬢の名前さえ覚えていないように思える。
「――エヴェラルド様、お疲れではございませんか? エヴェラルド様がお幸せになるために、私はご協力を惜しまないつもりです。いつでも、何かございましたらおっしゃってください」
「……ありがとう、サラ」
「ありがとう」
サラが祝いではなく気遣う言葉を伝えにきてくれて、その顔には明らかな同情が浮かんでいた。
それから、何かあれば協力するといった言葉までくれるから、ぎゅっと心が苦しくなる。
僕には頼れる友人が二人もいるんだから大丈夫だ。
そう思い出させてくれたサラには感謝しかない。
だけどほら、ファラーラ嬢はサラの言葉の意味も考えようとせず、祝いの言葉を向けられてもいないのに口先だけのお礼を言っている。
まだ十二歳なのに、ずいぶん濃い化粧をしたらしい顔には優越感しか浮かんでいない。
これからひと月後に、彼女は学園に入学してくる。
そうなると毎日のように顔を合わせなければいけないのかと思うと、うんざりしてため息が漏れた。
そのことに気付いてサラは再び同情の視線をくれたが、ファラーラ嬢は何も気付いていなかった。
それからあっという間にひと月が経って、新入生が学園に入ってきた。
きっと休み時間になったら彼女は教室に押しかけてくるだろう。
ひょっとして始業前にやってくるかもしれない。
そう身構えていたのに、ファラーラ嬢はやってくることなく拍子抜けしてしまった。
おかしいなあ。
まさか学園を休んでいるのだろうか。
噂で聞いていた彼女はかなり怠惰な生活を送っているらしいので、あり得ないこともない。
だが最近、彼女がずいぶん変わったとの噂も聞いた。
それについてはリベリオがそんなわけないと一笑に付していたけれど、少しくらいは自重を覚えたのかもしれない。
そんな考えから油断してしまっていた。
リベリオに生徒会室での昼食を誘われたのに、約束していた他の友人と食堂で食べた教室への帰り際。
ファラーラ嬢に出会ってしまった。
正確には見かけた、と言うほうがいいかもしれない。
一瞬、誰だかわからなかったのは、ファラーラ嬢が制服を着ていたからだ。
ドレスを着た女生徒には警戒していたが、まさか制服を着ているなんて。
本当に彼女だろうかと失礼にもじっと見てしまい、ファラーラ嬢は僕の視線に気付いて目が合ってしまった。
まずい!
今までのように絶対にこれ見よがしに僕の名前を呼んで駆け寄ってくる。
慌てて目を逸らして背中を向けたけれど、追ってくる気配はなかった。
あれ?
どうやら僕の早とちりだったようだ。
自意識過剰な自分を内心で恥ずかしく思いつつ、少し気になったので首を伸ばして遠目に食堂の中を見る。
するとファラーラ嬢がサラたちと一緒にいる姿が見えた。
そうか。
サラが引き止めてくれたのかもしれないな。
これを機会に、サラとファラーラ嬢が仲良くなってくれればいいのに。
それで上手く婚約解消に向かって話し合いができれば、お互いにとって一番いい結果が出せるだろう。




