王太子1
最悪だ。本当に最悪だ。
恐れていた事態にまさかこんなに早く陥ってしまうなんて。
ファッジン公爵令嬢ファラーラ・ファッジンと婚約することになってしまった。
いったい父上は――陛下は何を考えていらっしゃるんだ。
僕のことがお嫌いなんだろうか。
確かに父上と母上の仲はあまり良くないようだけれど、僕は一生懸命お二人の仲を取り持とうとしていたのに。
それがお気に障ったのだろうか。
物心ついた頃からなんとなく、両親が不仲なことには気付いていた。
正確にはお互いに関心がないのだ。
しかもそれは僕に対しても同様らしい。
もちろん必要最低限の関心は持ってくださっていると思う。
母上は一日に一回、僕に会いに来てくださっていたし、父上は僕についての報告は受けていらっしゃるようだ。
だけど周囲の者たち――世話係からはちゃんと愛情を感じることができた。
乳母も家庭教師も僕が王太子という立場に遠慮することなく、厳しくも温かく優しい愛情をくれる。
だから僕は彼らのためにも王太子として、立派な人間にならなければと努力を続けた。
ただし、サラやリベリオと一緒のときは別だ。
サラはトルヴィーニ伯爵令嬢ではあるが、母君がサルトリオ公爵家出身なので、彼女たち母娘は王宮の奥――僕たちが住む内宮にも自由に出入りできる。
何より母上と伯爵夫人がとても親しい間柄なのだ。
そのおかげで彼女たちが遊びに来ているときは、母上が僕に関心を向けてくださる。
自分たちがゆっくりおしゃべりできるように、サラの遊び相手として呼ばれるからだ。
サラはとても素直で明るく、ちょっと生意気なところも含めて一緒にいて楽しい相手だった。
そのうえ母上とも一緒に過ごす時間が増えるのだから、小さい頃の僕はサラたちの訪問を楽しみにしていた。
リベリオは父上の弟に当たるプローディ公爵の息子で、年も同じということから仲良くするようにと半ば強制的に一緒に過ごすことになった相手だ。
リベリオは同じ年のはずなのに物事をよく知っていて色々教えてくれる。
彼の話は面白く、家庭教師から教わらないことも学ぶことができて楽しい。
そしてときには三人で悪戯をすることもあった。
発案者は当然リベリオで、サラは楽しそうに協力し、僕は不安ではあったがダメだと止める勇気もなくて一緒に悪戯を実行した。
たいてい成功して皆を驚かせることができたが、怒られることはない。
それでたまに調子に乗りすぎて、自省することもあった。
とにかく三人でいると楽しく、大人たちといるときと違って気を張らなくてのんびりできた。
そんな三人の間に突如割り込んできたのが、ファラーラ・ファッジンだ。
数年前にファッジン公爵夫人に連れられて内宮にやってきた彼女は初めて目にする我が儘な子だった。
話には我が儘というものを聞いて知っていたが、そんな理不尽なことを言う者が本当にこの世にいるとは思ってもいなかった。
彼女の父親であるファッジン公爵は、父上よりも温かく接してくれる素晴らしい方だ。
人格者として周囲から尊敬を集め、また三人のご子息も何度かお会いしたが尊敬すべき方たちだった。
公爵夫人も控えめながら、その温かく優しい人柄はとても有名で誰も悪く言う者がいないほどだ。
そんな完璧なファッジン公爵家にとって、唯一の汚点と言っていいのがご令嬢のファラーラ・ファッジンだろう。
噂では聞いていた。
サラもファラーラ嬢にとあるお茶会で同席して、酷い目に遭ったと言っていたからだ。
しかしまさかこれほどに酷いとは思っていなかった。
使用人に対しては横柄を通り越して横暴な態度、自分より家格の低い者に対しても傲慢で見下した態度を取る。
それなのに僕に対しては媚を売るような笑顔でべったりとまとわりついてくる。
目の前であれほど使用人たちに酷い態度を取っていて、この態度の違いは何なんだろう。
僕には何も見えていないとでも思っているのか?
それともあんな態度を許容するとでも?
ファラーラ・ファッジンは僕たち三人だけでなく、他の令嬢や使用人たちにも嫌われていた。
それでも彼女が行く先々で受け入れられ、許されていたのは、ファッジン公爵夫妻とご子息三人の人望があったからだ。
僕もファッジン公爵家の方たちのために我慢していたが、はっきり言ってファラーラ嬢のことは迷惑だった。
それがまさか婚約することになるなんて、悲惨すぎるよ。




