噂1
「――怖くない! 怖くないから!」
それが浮気の証拠。
とっさに蝶子がスマホであのときの会話を録音していたはずなのよ。
開け~。聞くんだ~。
もう一度お布団をかぶって目を閉じて、呪いのように念じてみる。
続きが気になるのよ。
蝶子はちゃんと録音を聞いたかしら?
記憶を取り戻したかしら?
元婚約者も腹が立つけれど、あの咲良って泥棒猫のずうずうしさは何なの?
どうしてあそこで登場するの?
嫌だ、怖いわ。
もちろん偶然のわけはないわよね。
あの彼の全財産を寄附するので、神様教えてください。
そして二人に天罰を――。
「おはようございます、ファラーラ様」
「おはようしたくないわ」
「それでは本日は学園をお休みされますか?」
「……おはよう、シアラ」
昨日の今日で学園を休んだら、サラ・トルヴィーニに何を言われるかわからないもの。
それに殿下が襲撃――じゃなかった、お見舞いに来ないとも限らないし。
昨日はあれから早く一人になりたかったのに、殿下は屋敷の中までついてきたのよね。
シアラは私を支えて(一人で歩けたけれど)ベッドまで連れて行ってくれたから、その間に氷枕だの医師の手配だのって殿下が他の使用人に指示を出したらしくて、みんなびっくりよ。
さらにびっくりしていたのは、お出かけから帰ってきたお母様よね。
さすがに私の部屋には入ってこなかったけれど、殿下はまるで主のように居間でお茶を飲んでいたらしいわ。
医師の診断結果は船酔いと疲れ。
私に言わせれば、それに怒りも加えてほしかったけどね。
だからもし、今日学園を休めば殿下は心配して我が家にやってきかねない。
そうなると使用人たちは緊張するし、お母様は困惑するしでみんなに迷惑をかけるのよね。
……あら? 別に私は迷惑じゃないからいいんじゃないかしら。
いえ、でもサラ・トルヴィーニに弱味を見せるわけにはいかないわ。
そう思って面倒だけれど登校すると私の予想は大当たり。
絶対に何か仕掛けてくると思ったのよね。
「ファラーラ様、大変ですわ! 由々しき噂が流れておりますの!」
「おはよう、ミーラ様。どのような噂かしら?」
「あ、おはようございます、ファラーラ様。それが、ファラーラ様が昨日、商人のジェネジオ・テノンと湖畔の別荘地に二人きりでいらっしゃったと!」
「あら、そんなこと?」
「え? で、ですが……」
もっと衝撃的なものかと思えばつまらないわね。
痴情のもつれから私が殿下をオールで殴打したとか、ボート小屋殺人事件とかなかったのかしら。
あ、殿下はお元気でいらっしゃるから被害者としては無理だわ。
だとすれば、被害者は名もなき使用人ね。
しかも見た目は子供、頭脳は(傲慢な)大人の私がいるんだから、事件が起こらないわけがないのよ。
「ファラーラ様、おはようございます! お聞きになりましたか!? あのひどい噂!」
「え? あ、ええ。おはよう、レジーナ様。たった今、ミーラ様から伺いましたわ。確かに昨日はジェネジオ・テノンと湖畔の別荘地に行きましたので、どなたかが見ていらっしゃったのでしょう。それならお声をかけてくださればいいのに……。我が家はあのあたりに別荘を持っていないので下見に行きましたの」
おほほ、と余裕で笑えばミーラ様もレジーナ様もそれは素敵ですねと笑ってくれる。
シアラが同行するのは当然のことながら、私が一人で行動するわけもないのに、二人きりなどとくだらない。
しかもサラ・トルヴィーニはこの戦略が諸刃の剣だと気付いていないのかしら。
「あのあたりはとても素敵な場所でしたわ。ロマンチックで……リベリオ様とトルヴィーニ先輩が二人きりでボートに乗っているのをお見かけしましたもの」
「まあ、あのお二人が?」
「ええ。やはりお二人は仲がよろしいのね。それに比べて私はジェネジオ・テノンとの噂を立てられるなんて、残念だわ」
「そんな! 私はおかしいと思ったんです! ですが最近、ファラーラ様がその商人をかなり贔屓にしていると、お屋敷に何度も呼びつけているという噂も聞いたものですから、少し驚いてしまって……」
「ああ、それも噂になっているの?」
なるほどね。
ジェネジオのことは当然殿下以外にも広めているわよね。
それで今回の噂で私がダメージを受けるとでも?
甘い、甘い。
この私を誰だと思っているのかしら。
ファラーラ・ファッジンよ?
ほんと片腹痛いわ。




