邪魔1
護衛も相手がサラ・トルヴィーニでは止めることもしないわよね。
そしてボートを漕いでいるのはリベリオ・プローディ。
また貴様か!
あら、失礼。
ほらそこ、ジェネジオは笑っている場合じゃないわよ。
シアラが身を挺してでもサラ・トルヴィーニの接近を阻止しようとしているわ。
危険だから止めて。
「あー、せっかくのデートだったのに邪魔が入ってしまったね」
「はい!?」
デート? でえと? え? デート? これが?
これは殿下の情緒教育の一環であって、決してデートなどというものではないのよ。
いつからそんな誤解が?
「リベリオ、あまり近づくな。危ないだろ?」
「王宮ではよくぶつけ合って遊んでいたじゃないか」
「あそこは浅いだろ。それに今はファラーラ嬢が乗っているんだ。安全に岸まで――いや、公爵邸まで送り届けるのが僕の責任だよ」
あら、どうしましょう。
殿下がとても立派な紳士に見えるわ。
そして腹黒の嫌な人だと思ったリベリオ様が中二病の残念な人にしか思えない。
こんなところでボートをぶつけ合うとか、自分たちの立場を考えれば無責任にも程があるでしょう。
別に、怖いから怒っているわけじゃないのよ。
「ええ~、エヴェラルド様ってばずいぶんお優しいのですね。私のときとは大違い。私が乗っているときなんて平気でリベリオとボートをぶつけ合ったりしていたのに。いっつも私のことなんて適当に扱うんだから、もう!」
はいはい。「もう!」じゃない。
嬉しいんですよね。
自分だけは気安い仲の特別アピールですか。
それで私の嫉妬を煽ろうとでも? 笑止!
そこで暗黒微笑とやらを浮かべているリベリオ様も中二病だと思えば腹も立たない。
明日は右手に包帯を巻いてきてもいいですよ。
うずいたりしますからね、筋肉痛は。
「トルヴィーニ先輩は殿下にとって本当に妹のような存在なのですね。男性はとても鈍いところがあるのですから、遠回しではなくきちんと言葉にされたほうがよろしいですよ? ご不満がおありでしたら、今おっしゃってみてはいかがですか?」
さあ、どうぞ。
妹としてではなく、女性として扱ってほしいと言えばいいのよ。
この衆人環視の中で言えるのならどうぞ。
「えっ、と……」
「――そうだな。サラももう十四歳になるし、いつまでも妹扱いは失礼だよな。将来の夫君のためにも、ちゃんとするよ」
殿下の言葉にサラ・トルヴィーニの顔色がさあっと変わった。
きっと殿下は自分にこの場で苦情を言えないサラ・トルヴィーニを庇ったつもりなのかもしれないけれど、それ、止めを刺していますから。
怖いわ。邪気のない優等生ってこんなにも恐ろしいものなのね。
声が聞こえていたらしい場所にいる護衛の騎士たちまでも、固まっているわ。
「さあ、ファラーラ嬢。岸に戻ろうか」
「え、ええ……」
敵ながら哀れなものね、サラ・トルヴィーニ。
だけどあなたの挑み続けるその姿勢には敬意を表するわ。
「リベリオ、私たちも戻りましょうよ。せっかくここでエヴェラルド様に偶然会えたんだもの。この後は一緒に行動しましょう? ね、エヴェラルド様?」
ですよねー。
ここで引いたらサラ・トルヴィーニではないもの。
とっても腹が立つけれど、今回のことで収穫はあったわ。
殿下は本当にサラ・トルヴィーニのことを妹としか思っていないってね。
リベリオ様も本気で中二病を患った男子にしか見えなくなってきたし、敵認定も取り消してあげるわ。
蝶子の弟より子供だもの。
客観視することによって以前にはまったく見えていなかったものが、新しく見えてくるものなのね。
あとの問題は、ボートから下りなければいけないってことだけ。
この二人の前で無様な姿は見せられなくてよ!




