お忍び2
「すごいな、誰も僕のことに気付かない」
「まあ、ここは富裕層の別荘地で、身なりのいい少年は珍しくありませんからね」
あ、ジェネジオに少年って言われて、殿下が少しむっとしたわ。
まだ十三歳の殿下は少年で間違いないのに男のプライドってやつかしら。
それに今まで殿下にこんな物言いをする人もいなかったでしょうしね。
ジェネジオも意地悪だわ。
それがまた楽しくていいんだけど。
ここに来るまではジェネジオの馬車と、もう一台――商品を載せてきたと思わせていた馬車に護衛騎士たちが乗ってやってきたのよね。
もちろん私たちの馬車にはジェネジオとシアラ以外に騎士が二人同乗していたけれど。
それに我が家の騎士は少し離れて騎乗したり、先にここに来て警戒していたりとしていたのよ。
お忍びより堂々と行動するほうが楽だってよくわかったわ。
だけどまあ、殿下が楽しそうだからよしとしましょう。
今まで見た中で一番自然な感じ。
やっぱり王太子の地位は重圧なのかしら。
馬車の中から見える景色にも殿下はあれこれジェネジオに質問をしていたわよね。
普段の学園までの道ではなく、下町も通ったりしたから。
別に私は目新しい景色があったからって興奮したりなんてしていないわ。
淑女は窓から顔を出したりなんてしないんだから。
ただ殿下が楽しそうだったから、付き合ってあげただけ。
殿下へのジェネジオの答えはちょっとからかいを含んでいたりして、聞いていて面白かったわ。
一人だけ乗っている殿下の近衛騎士は苛立っていたけれど、どうにか我慢していたみたい。
これは社会勉強という名目でジェネジオは世間一般の考えを知る案内人だって前もって伝えていたのがよかったのね。
私の計画に抜かりはないのよ。ふふふん。
「この湖はとても透明度が高くて底が見えるので浅いように思えますが、浅瀬でも大人の背丈を超えるほどはありますから、落ちないように気をつけてくださいね」
「それぐらい知識として入っているよ」
「知識ねえ……」
ああ、ジェネジオったら馬鹿にしているような言い方。
ほらほら、殿下がまたムッとしているじゃない。
だけど今日一日だけで、殿下のお顔が色々と変化していていい傾向だと思うの。
普段は微笑んでいるだけだけど(以前の私にはそれさえも薄ら笑いだったわ)、最近は本気で笑っているお顔や今日は怒っているお顔まで見ることができて新鮮。
このまま色々な経験をすれば殿下のお心も豊かになるかしら。
ジェネジオは嫌々だったのにいい仕事をしているわ。
やっぱり一流の商売人ね。
引き受けたからにはきっちり仕事をこなしてくれるんだわ。
ええ、これは商売。取引よ。
しっかりちゃっかり金額請求されているんだから。
だからこそ、その分はしっかり働いてもらわな……ボートがあるわ!
湖畔をシアラも含めて四人で歩いていたら、少し先にボート乗り場が見えてきた。
さすがに白鳥ボートはないけれど、手漕ぎのボートがあって、今も何艘かが湖の上に浮かんでいる。
家族連れだけじゃなくて、恋人同士っぽい二人もいるわ。
ここは恋人同士でボートに乗ると別れるジンクスとかないのかしら。
「……ボートに乗ってみる?」
「え!?」
「さっきからずっと見ているから。よかったら一緒に乗ろうよ」
「わ、私がボートにですか?」
「うん」
「べ、別にそこまで乗りたいわけじゃありませんけれど、殿下がそこまでおっしゃるのなら、乗ってもかまいませんわ」
「うん。じゃあ、乗ろう」
そんな、ボートだなんて、あんな、ボートにだなんて。
殿下ってば意外と子供なのね。あ、子供だったわ。
仕方ないから付き合ってあげる。
ボートだなんて子供っぽいけれど、大人も乗っているものね。
あらあら、ジェネジオってばにやにや笑って、さすがに殿下のことをそんなふうに笑ってはダメよ。
まあ、私も今は笑っているって自覚はあるわ。
だけどそれは殿下がとっても嬉しそうだからなのよ。




