候補者2
「まあ、ごめんなさい。手が滑ってしまったわ。怪我はないかしら?」
「――ええ。お気遣いいただき、ありがとうございます。私は無事ですが、ソファが汚れてしまいましたね」
「それはいいのよ。洗えばすむから。シアラ、メイドを呼んでちょうだい」
「かしこまりました」
掃除は基本的にメイドの仕事。
だからシアラはジェネジオの心配をすることなく、控室に向かった。
久しぶりに私の癇癪が発動してしまったけれど、誰も驚いた様子はないのね。
ちょっと複雑な気持ちだわ。
それからジェネジオが華麗によけたことにびっくり。
ひょっとして今までにもジェネジオにカップを投げつけていたのかしら。
ジェネジオは私が謝ったことには驚いたみたいだから、きっとそうなのね。
「さてと、あなたが一番にサラ・トルヴィーニを挙げた理由を教えてちょうだい」
「そうですね……家柄やサラ様ご自身の評判は当然ですが、何より世間が――私どもが殿下と婚約されるのはサラ様だと思っていたからです」
席を別のソファに移し、改めて話を再開。
シアラが新しいお茶を淹れてくれて、私がカップを持つとジェネジオがピクリと反応したわ。
そんなに警戒しなくても、もう癇癪なんて起こさないわよ。たぶん。
「それはお二人が幼馴染みだから?」
「はい。王妃様と伯爵夫人のお二人も幼馴染みでいらっしゃるらしく、未だに親密にお付き合いされております。そしてお二人は学生でいらっしゃったときからお約束されていたそうなのです。――将来の自分の子どもたちを結婚させよう、と」
「あら、そうでしたの」
まったく知らなかったわ。
だって今まで自分以外に興味がなかったから。
私が王宮に遊びに行っても、王妃様はとてもお優しくて何もおっしゃらなかったしね。
ああ、それでも婚約発表を王宮ではなく、我が家でしたことに今さら違和感を覚えるわ。
なるほどね。
ちょっとした王妃様の抵抗ってところかしら。
それならさっさと殿下とサラ・トルヴィーニを婚約させてしまえばよかったのに。
もたもたしていたから鳶に油揚げをさらわれたのね。
それとも私は泥棒猫かしら。ニャアニャア。
「……それならばなぜ王妃様たちは早々に婚約を調えなかったのかしら」
「お噂では、陛下がお許しにならなかったと伺いましたが……」
「陛下が? それなのに、私との婚約はお許しくださったの?」
なんて大胆なの、陛下。
自慢ではないけれど、私の評判はすこぶる悪いのよ。
ええ、自慢ではないわね。
私が自慢できることは、家柄の良さと……お父様とお兄様が優秀なことね。
あ、あとお母様も気立てがよくて美人よ。
「ねえ、あなたはどうして陛下が私と殿下の婚約をお許しくださったのだと思う? 正直に答えてね」
「……あくまでもお噂ですが、陛下はサルトリオ公爵のことを疎ましく思われていらっしゃると。先の国王陛下はサルトリオ公爵を信頼なされ、重用されておりました。その流れで、公爵は陛下がご即位されたときには相談役のようなことをされていらっしゃったのですが……しばらくして公爵は国政から退かれました」
「何があったのかしら?」
「詳しくは何とも……。ただ意見の対立があったと」
「ふ~ん」
サルトリオ公爵はサラ・トルヴィーニの母方の祖父に当たる方ね。
まあ、どうでもいいわ。
要するに陛下はサルトリオ公爵が嫌いで、お父様と仲良しってこと。
ということは私とサラ・トルヴィーニはある意味、国王派と王妃派に分かれるんだわ。
確か陛下と王妃様はあまり仲がよろしくないと噂だもの。
だとすればそのうち、嫁姑問題に発展するってこと?
それは面倒くさいわ。
やっぱりこの婚約は回避するべきね。
きっと国政を担う人たちの中には未だにサルトリオ公爵派の人がいるはずだもの。
私の存在がお父様の立場を危うくすれば、私の悠々自適な生活も危うくなってしまう。
だけど今現在、私は殿下と婚約しているわけだから、王妃様はきっと面白くないはずよね。
こういうときにはどうすればいいのか……なんて、答えは簡単。
徒党を組むのよ。
「それじゃあ、次に殿下の婚約者にふさわしいと思うのは誰かしら?」
「そうですね……次、とはっきり明言することは難しいのですが、ポレッティ侯爵令嬢のミリアム様もほとんど申し分ありませんね」
「ほとんど?」
「ご年齢が殿下より一つ上なのです」
「一歳くらいたいした問題ではないわね」
「そう割り切ってしまえば、その通りでございます」
ミリアム・ポレッティ……どこかで聞いた名前ね。
う~ん。
あ、思い出したわ。
入学初日のあの当たり屋。
あとで報復しようと思って名前を調べたっきり忘れてた先輩ね。




