候補者1
「――というわけで、やはり水成分と油成分を混ぜ合わせることが課題ですね」
「そうねえ。どうしても水と油は分離してしまうものね。……おそらく二つを混ぜ合わせることができる薬草か何かがあるはずよ。あと、水魔法が得意な人に手伝ってもらう必要もあるわね」
「そうですね。水魔法の習得者でかなり上位の者に心当たりがあるので、一度相談してみます」
「ええ、そうしてちょうだい。あとパッチテスト――じゃなかった、人体への影響の試験はどうしているの? 毒かどうかとは別として、敏感な人には受け付けないとかあるでしょう? あの化粧水ではどうしたの?」
「はい、それは従業員に協力させました。まずは手首の裏から初めて首、顔と試しに使わせ、千名近くの者からデータを採取し、うち二名が酷くかぶれましたが、その者たちは他の飲食物でも同様の症状がよく出る者でしたので、それほど重視する必要はないと判断しました」
すごいわ。さすがジェネジオね。
ちゃんとパッチテストもしていたなんて。
まあ、上流階級の奥様方に売りつけるのに、下手なものは作れないものね。
それにしても今の言い方だと、従業員は強制的に実験に使われたようね。
蝶子の社会なら大問題でしょうけれど、ここでは許されるもの。
便利だわ。絶対君主制万歳。
パンがなければお菓子を食べればいいじゃない。
おほほほほ!
ってダメだわ。
気をつけないと幽閉より断頭台に上ることになるわ。
謙虚が大事よ。
「では新しい化粧品が開発されたら、私が使用する前に、シアラが試してみてね」
「はい、かしこまりました」
「はあ? いえ、失礼いたしました。……精進いたします」
私のお願いにシアラは嬉しそうに答えてくれたわ。
かぶれるかもしれないのに。
やっぱりシアラには被虐趣味があるのかも。
ジェネジオは一瞬怒り交じりに驚いたみたいだけれど、すぐに冷静になったみたい。
当然よ。
私に逆らえるわけもなく、シアラだって嬉しそうなんだもの。
大切なシアラがかぶれないように、せいぜい馬車馬のように働いて研究開発するのね。
「ところで、ジェネジオ。あなたに訊きたいことがあるのだけれど」
「はい、何でございましょうか?」
「あなたは色々な貴族のお屋敷に出入りしているでしょうし、色々な噂を聞いていると思うわ」
「……さようでございますね」
突然私が持ち出した話題に、ジェネジオは一気に警戒した。
いい傾向だわ。
噂はたくさん聞く立場にあるでしょうけれど、それを何でもぺらぺらとしゃべられても困るもの。
それに商会の信用問題もあるでしょうから、さぞたくさんの秘密を抱えているのでしょうね。
だから女性好みの、なおかつ誰に話しても不都合でない噂だけを広めているはずだわ。
「別に警戒する必要はないわ。大したことではないの。ただあなたが見て、聞いて、知っているお嬢様方の中で、殿下の婚約者にふさわしいと思える令嬢はいるかしら?」
「それは……王太子殿下の、ということでしょうか?」
「ええ、そうよ」
「ファラーラ様?」
私の質問にジェネジオだけでなく、シアラまで驚いた。
それも仕方ないとはわかっているけれど、私が自分で調べるより(面倒だし)、ジェネジオに訊いたほうが断然早くて信用できるものね。
「心配しなくても、そのお嬢さんのことを聞いたからって、別に階段から突き落としてしまおうとか、毒を盛ろうとか、えん罪をかぶせてしまおうとか思っていないわよ」
「いえ、さすがにそこまでは心配しておりません。ご質問の意図がわからず、少々驚いただけでございます」
そこまでじゃなかったら、どこまですると思ったの?
ぜひ聞かせてほしいわ。後々の参考にするから。
今の私の倫理に反するもの――暴力系は絶対ダメ。
体を痛めつけるのはこちらも怖いもの。
だから意地悪するならドレスに赤ワインをこぼすとか、舞踏会の前に使用人を買収してドレスを破るとかかしら。
他に何があるかしらね。
ああ、そうだわ。
これも使用人を買収して、馬車の車輪を壊してしまうのよ。
もちろん出発前にね。
走り出してからだと大事故になりかねないものね。
安全第一。
なんて考えているうちに、ジェネジオも考えていたみたい。
しばらく黙り込んでいたけれど、上手く私とは目を合わせずに、私の背後に視線を向けながら話し始めた。
「やはり、一番の候補としては、トルヴィーニ伯爵令嬢のサラ様でしょうね」
あら、大変。
久しぶりに私の手からカップがジェネジオ目がけて飛んでいったわ。




