帰還3
恋バナがしたいのにできない蝶子がよく読んでいた恋愛相談コーナーにも書いてあったわ。
男性は鈍いから、察してほしいなんて無理。宇宙人に遭遇するより難しいって。
はっきり言葉にしないと気付かないのよ。
しかも単純だから好きって言えば(言っていないけど)、意識して自分も好きかもしれないって思い始めるんですって。
蝶子の婚約者もそれで咲良になびいてしまったのかもしれないわ。
まあ、だからって許されると思わないでほしいけれどね。
浮気は浮気。
きっちり落とし前はつけてもらわないと。
問題は蝶子が転んでしまったときにもしかして……大丈夫かしら。
「――ファラ? ねえ、ファラ?」
「え? 何かしら?」
「ちょっとぼうっとしてたみたいだから。そろそろ帰ろうかって」
「ええ、そうね」
エルダに声をかけられて我に返れば、みんなに見られていたわ。
ついつい蝶子のことに考えが及んでぼうっとしてしまったのね。大失敗。
だけど何?
殿下とリベリオ様、サラ・トルヴィーニまで何をそんなに驚いているのかしら。
「では、みんな気をつけて帰りなさい」
「はい、わかりました。フェスタ先生、お付き合いいただきありがとうございました」
フェスタ先生の言葉にリベリオ様が代表してお礼を言って頭を下げる。
先生は一般の方だから、本来は公爵家のリベリオ様に頭を下げさせるなんて畏れ多いと思うんだけど、気にした様子もなくひらひらと手を振って踵を返した。
そうよね。あれくらい肝が据わっていないとこの学園の教師はできないわよね。
「それではエルダ、寮まで送っていくわ」
「すぐそこだから大丈夫だよ。ありがとう、ファラ」
「ダメよ。近くても何があるのかわからないんだから。彼らは我が家の騎士でとっても頼もしいから安心できるわ」
ちょっとの油断で何が起こるかわからないんだから。
いくら学園の敷地内とはいえ、女性の一人歩きは危険よ。
エルダは可愛いものね。
少女趣味の首なし騎士がいつ追いかけてくるかわからないわ。
その点、我が公爵家の騎士三人は私もしっかり顔を知っているから、女性の趣味はわからないけれど首はちゃんとあるもの。
今までなら私の気に入らないことをしたらクビにしていたけれどね。
ひとまずクビを切る予定もないし、なぜか騎士たちは嬉しそうな誇らしげな顔をしているから大丈夫。
「まあ、エルダさん。ファラーラ様に送っていただけるなんて、羨ましいわ」
「そうよ。ありがたくお受けしなさい」
「う、うん。それじゃあファラ、お願いしてもいい?」
「もちろんよ」
遠慮していたエルダもミーラ様とレジーナ様の後押しで受けてくれた。
よかったわ。これで私も安心。
悪夢の中でのミーラ様とレジーナ様はもっと意地悪で、エルダたちを私と一緒に虐めていたのに、今はすっかり丸くなっているのよね。
やっぱり私の影響かしら。
そうよね。私、ファラーラ・ファッジンはみんなに影響を与える人間だもの。
おほほほ……ほ?
「……殿下、リベリオ様、いかがなさいました?」
どうしてそんな深海魚を見るような目で見るの?
まさか夜になって私の顔がむくんでいるとか?
確かに心なしか靴はきつい気がするけれど……あとでシアラにマッサージしてもらわないとね。
ずっと立って待っていたせいだわ。
ちなみにサラ・トルヴィーニも私を見ているけれど、どうでもいいので無視。
「いや……以前も紹介を受けたが……君は確かエルダ・モンタルド嬢だよね?」
「はい、プローディ先輩」
「その、特待生の?」
「はい、殿下。陛下の寛大な御心と施策のおかげで、私のような地方出身者もこうして学園に通うことができております。ありがとうございます」
「いや、それは……当然のことだよ。才能のある者が埋もれてしまうのは残念だからね」
リベリオ様と殿下がいきなり質問したものだから、エルダは緊張して声が震えている。
でもしっかりお答えできているんだから偉いわ。
さすが私の友達ね。
「まさかファラーラ様が一般の子と一緒にいるなんて思わなかったわ。制服まで着ているし、何かのアピールなのかしら? お誕生日からずいぶん変わられたと、皆様も驚いていらっしゃるのよ?」
「……トルヴィーニ先輩、エルダは私の大切な友人です。一般とかどうとか、そんなもので判断しないでくださいませんか?」
私の大切な先導者ベアトリーチェなエルダを馬鹿にするなんて許さないわよ。
それから勝手に名前を呼ぶこともまだ許していないわ。
「また皆様方の噂も耳にはしております。確かに以前の私は我が儘が過ぎることもございました。ですが殿下との婚約を機に、改めようと努力しております。もちろんまだまだ至らぬ点は多々ございますが、どうか遠くから静かに見守っていただけませんか?」
私に近づかないで、黙ってその口を閉じていて。――と、かなり直接的に伝えたんだから理解できたわよね?
それにサラ・トルヴィーニが敢えて誕生日と表現した日を、ちゃんと婚約した日に言い換えてあげたわ。
にっこり笑顔でサラ・トルヴィーニにお願いすれば、リベリオ様は目を丸くしていた。
殿下は探るように私を見ているんですけど。
心配なさらなくても、後ろにチャックがついていて別人が入っているなんてことはないですから。
サラ・トルヴィーニはこの暗さでもわかるくらい顔を真っ赤にしているわ。
羞恥、というより怒りね。
これも私の勝ち。
今回は戦わないつもりだったけれど売られたら買わないとね。
初めの特攻攻撃の痛手も十分に挽回したわ。
それでは皆様、さようなら。




