帰還2
「ごめんなさ~い。すっかり遅くなっちゃって。すごく怪しい影を見てしまって、エヴェラルド様が調べてくださっていたの~」
実際に調べたのは護衛の騎士ね。
怪しい影なんてなかったのにお兄様たちの全財産を賭けてもいいわ。
殿下は苦笑しながらリベリオ様をちらりと見て、私を見た。
ええ、別にいいのよ。気にしていないから。
ただみんなを待たせたことへのお詫びはあってもいいのではないかしら。
たとえ殿下がこの国で二番目の地位にあったとしても、謙虚さは大事よ。
傲慢さは身を滅ぼすわ。
ファラーラ・ファッジンのありがたい教訓だから、教科書に載せてもいいわよ。
「フェスタ先生が捜しに行ってくださるところだったけれど、無事でよかったよ。ファラーラ嬢なんてとても心配していたんだ」
ほっほーう。
どうやらリベリオ様は幻聴幻覚妄想癖があるらしいわね。
エルダはちょっと驚いた顔になって、フェスタ先生はにやにや笑っているわ。
だけどここで注目すべきは殿下よ。
リベリオ様のお言葉に一瞬目を見開き、それから申し訳なさそうなお顔になったわ。
そうね。蝶子の婚約者が咲良と一緒のときに見せた気まずそうなものに似ている。
自分が浮気を――いえ、そこまで大げさなものではなく、婚約者である私を蔑ろにしたことには気付いたようだわ。
まあ、まだ十三歳だもの。
経験値が足りないのは当たり前よね。
逆に女性に対してありすぎても怖いわ。疑うわ。
これから少しずつ気遣いを覚えてくださればいいのよ。
って、別に私には関係ないわね。
殿下は殿下である以上、少々性格が悪くても浮気癖があっても結婚を希望する令嬢はたくさんいるはず。
関係あるのはその方たちよ。
あら? でも待って。
私だってまだ十二歳なのよ。
しかも殿下との婚約は私の我が儘で成立したって有名なんだから。
あれこれ考えなくても今できることがあるじゃない。
よし! 〝初恋は実らせない作戦〟第一段階発動!
「殿下、ご無事で何よりでしたわ」
「え? いや、心配をかけて悪かったね」
「いいえ、私が勝手に心配していただけですから……。私、殿下のことを……ううん! も、もしかして殿下には……お慕いされている女性がいらっしゃるのですか!?」
もじもじしてからの勢い余って訊いてしまった感がちゃんと出せたかしら?
よしよし。殿下は驚いて困惑していらっしゃるわ。
「いや……いないよ」
「も、申し訳ございません! こんな不躾な質問をしてしまって! ですが私……。私をこのまま婚約者でいさせてくださいますか!?」
「――ああ、もちろん」
「よかった……。嬉しい!」
さあ、ファラーラ。ここで頬を染めて恥ずかしそうに俯くのよ。
幸いあたりは暗くて頬の色はわからないわ。
両手で押さえて隠してしまえば大丈夫。
ああ、この空気が堪らないわ。
突然の私の素直な告白(はまったくしていないけど)に戸惑う殿下、驚くフェスタ先生とリベリオ様、興奮しているエルダたち三人。
何より唖然とするサラ・トルヴィーニ!
護衛騎士たちも含めて、これだけの証人がいるのよ。
本心はどうあれ、殿下はサラ・トルヴィーニのことは別に好きでも何でもないとおっしゃったも同然。
まあ、私のことも好きではないって意味だけど。
とにかく、殿下自ら私を婚約者と認めたのよ!
私が殿下のことを大好きであるように皆に誤解されたことは確かに痛手よ。
だけどこれぞ、肉を切らせて骨を断つ!
捨て身の作戦ではあったけれど、これでサラ・トルヴィーニに特大の釘を刺したわ!
おほほほほ!




