アルバーノ裏(省略可)
ファラーラがいないときのアルバーノ視点です。
色々残念なことになっておりますので、ご注意ください。
お読みにならなくても本編に影響はありませんので、イメージを壊したくない方はスルー推奨です。
ファラーラの卒業を祝おうと仕事を早めに切り上げて屋敷に帰れば、殿下がお迎えに向かってくださるということでファラーラ専用の馬車は車庫へと戻るところだった。
それはいいが、シアラが屋敷で待機していた時点で嫌な予感はしたのだ。
しかしまさか、殿下がファラーラに無体を働くなどと。
ファラーラを大切にしてくださると二年前にお約束くださったではないか。
とはいえ、ファラーラだけの話を鵜呑みにしてはいけない。
ファラーラは純真であるがゆえに少々うっかりしているところもあるからな。ははは。
だが泣かせたことは事実だ。はははは。
殿下にも事情をお伺いせねばと、お待ちいただいている居間へと急ぐ。
「――アルバーノ殿、ファラーラ嬢は……?」
「エヴェラルド殿下、その前に一言よろしいでしょうか?」
「一言?」
「はい」
「……どうぞ」
「ありがとうございます」
二年間の遊学を終えて戻られた殿下は以前よりもさらにご立派になられた。
こうして臣下の言葉にも耳を傾けてくださるところはお変わりないが、ご自分の意思をしっかりお持ちになっていることが窺える。
これならもうサルトリオ公爵派にのみ込まれることもないだろう。
それでは、遠慮なくほんの少しばかり言わせていただこうか。
「私、アルバーノ・デュートネ・ユグソー・フォン・ファッジンはブラマーニ王家に忠誠を誓っております。また政務官としても王国の発展と繁栄に尽力していく所存でございます。当然のことながら、我がファッジン公爵家は皆が私と同じ志でおりますこと、どうかご理解くださいますようお願い申し上げます」
「……わかっています」
「それでは、先ほどのファラーラの態度も叛意があってのことではないとご理解くださいますでしょうか? わざわざお送りいただいた殿下をおもてなしをするどころか、お礼を申し上げることも辞去のご挨拶もなく屋敷へと逃げ込んでしまったことを? ええ、そうなのです。ファラーラは逃げてしまったのです。エヴェラルド殿下、貴方様から」
「い、いや、それは……」
「なぜそのような無礼な振舞いをしたのかと問い質しましたが、ひどく動揺したファラーラからはわずかばかりの事情しか伺うことはできませんでした。ですので、いったい何があったのか――心が広く優しく無垢で天使のようなファラーラに何をしやがりやがったのかを殿下からじっくりお伺いできればと思いますゆえ、王宮まで私が付き従うことをお許しくださいますでしょうか?」
「――はい」
「それでは参りましょうか。あまりお引止めしても殿下のお戻りを心待ちにしている者たちに心配をかけてしまいますからね。それに我が家に殿下がいらっしゃるのは大変光栄ではございますが、ファラーラと同じ屋根の下で過ごされるだけでも腹立たしいですし、予定外の滞在が長引けば何事かと世間の目も向いてしまいます。婚約とは結婚をお約束しただけにすぎませんので、正式な婚姻関係を結ばれるまではファラーラとは節度あるお付き合いをお願い申し上げます。決して、このような、密室で、従者を遠ざけ、二人きりになるようなことは今後なさらないでいただけますでしょうか?」
「――はい」
殿下のお供をして屋敷前に待機している王家の馬車に乗り込みながら、ずうずうしくも懇請する。
もちろん王家への忠誠は変わらない。――今のところは。
「以前もお伝えいたしましたように、ファラーラは私たちに試練を与えるために、天より遣わされてきたのではないかと思っております。それでもまさかこのような形で、神が、私たちに試練を与えられるとは想像もしておりませんでした。ええ、神が、です。ファラーラがこの二年間、どんなにつらい思いをしていたか、あの春の日差しのように温かな笑顔の下でどれほどの気持ちを抱えていたかわかっていながらも私どもはただ見ているだけしかできませんでした。もちろん、この二年間が殿下におかれましては非常に大切なお時間であり、ご経験であり、必要不可欠なものであられたことは重々に承知しております。いえ、むしろ臣下の立場としては殿下のご決断を尊び支えさせていただくべきものでした。ですからファラーラがどんなに寂しがっていようとも、殿下のご予定に干渉することも差し控えさせていただいておりました。そのうえで何度も何度も考えました。いっそのことファラーラに婚約解消を勧めるべきではないかと」
「え――」
「ですが、それではファラーラの気持ちを無視してしまう。あんなにも健気に殿下からのお手紙を心待ちにしていたのですから。なんと面倒くさい相手を選んでしまったのかとファラーラの選択を幾度となく嘆きましたが、私の苦しみなどファラーラが感じているものに比べれば太陽と塵芥も同じ。いえ、比べることさえずうずうしいものでした。あのような清らかで繊細な心のファラーラと私のように剛堅なものではあまりに違いますから。まあ、ファラーラの選んだ相手が殿下でなければ、塵芥となるのはその男のほうだったのですがね。ははははは」
「あの! ファラーラ嬢は私からの手紙を楽しみにしていてくれたのでしょうか?」
「……当然ではございませんか。なんたる愚問。殿下は聡明な方だと思っておりましたが、考えを改めなければならないかもしれませんね。ええ、そうですよね。聡明な方が忠臣であるファッジン公爵家に対し、あのような仕打ちをなさるわけがありません」
「仕打ち……?」
「おや、ようやく王宮に到着したようです。遅くなりましたが改めまして、ご無事でのご帰還、臣下として心よりお喜び申し上げます。さぞ見聞を広められたことでしょう。ベルトロの部隊長より報せを受けておりますので、ベルトロと親交を深められたことも存じております。ええ、あのベルトロとね」
「いえ、あれは――」
「続きはお部屋にお邪魔してからでもよろしいでしょうか? 確か殿下は休息のために明日もお休みでございましたね? ベルトロから一本お取りになったこともお祝い申し上げなければなりませんね。他にもいろいろと積もる話もございます。いえ、先ほど積もりに積もった話なのですがね。はははははは」
「――はい。お願いします」
殿下は今朝早くに王宮にご帰還されたというのに、この私としたことが失念していたとは。
まあ、この忠義もこれからの殿下のご返答によっては揺らぐことになるかもしれないが。
殿下のお部屋までずうずうしくもお供し、向かいの席に腰を下ろすことを許可いただき、しばしの間は黙ってお茶をいただいた。
本題に入る前に、喉を潤しておくことも必要だ。
「――さて、前置きも終わりましたし、今回の件につきまして殿下からお話をお伺いできますでしょうか?」
「前置き……いえ、とにかくファラーラ嬢は大丈夫なのでしょうか? その、私の行動が性急だったのは申し訳なく思っております。ですが、あれほど動揺するとは――」
「以前から申しておりましたように、ファラーラは天真爛漫純情華憐無垢清廉初心無邪気時々天然傲慢なのです。ええ、もちろんファラーラの欠点も私どもは理解しております。それもまた良し。そんな私たちの至宝であるファラーラにキッ、キスをするなどファッジン公爵家を蔑ろにされるおつもりですか?」
「髪の毛に口づけただけです!」
「……髪の毛に口づけた、だけ? ははははははは。そうですか。それは愉快痛快甚大に不愉快。殿下はこの二年間でずいぶん高くまで大人の階段を上られたようですね。そうですか。はははははははは。ですが何段か飛ばして上られたのでしょうか? 女性に対して――無垢な女性に対してどのような段階を踏むべきかご理解なさっておられないようですね。もちろん、全女性にはすべからく丁寧に接するべきではあります。その中でも特に純真なファラーラにあのような密室で間近に迫り、髪の毛に触れ、さらには唇を寄せるなど不埒極まる行い。それを『だけ』だとおっしゃるのですか? あれほどファラーラが動揺するとも思われなかったと? ははははははははは。それでは私は今このときよりファッジン公爵家の名を捨てます。よって私がこれからすべきことは公爵家とは何の関係もありません。ええ、もちろん私は陛下を敬愛しておりますし、殿下がこの国の未来にとって必要な方でいらっしゃることは疑っておりません」
「い、いったい何を……?」
「ご心配には及びません。ほんのちょっとベルトロを殺ってから、ファラーラを連れて逃げるだけでございます」
「いやいやいやいや! 待ってください! それはダメです!」
「何もダメではありませんよ、殿下。まだチェーリオがおります。それにファラーラが申しておりましたが、殿下は浮気をなさったとか?」
「――は?」
「諸悪の根源はベルトロですよね? あいつには常日頃から自重しろと申しておりましたが、王都を離れて羽目を外してしまったのでしょうか。殿下まで巻き込みファラーラを悲しませるなど、死をもって償うべし。ここ二年ほど手合わせはしておりませんが、勝敗は18054勝0敗。ブランクはありますが、まあどうにか殺れるでしょう」
「違う違う違う違います! 誤解です! 私は浮気などしておりません! ベルトロ殿には稽古をつけていただいていただけです! それ以外には――駐屯地以外では接触もしておりません!」
殿下が立ち上がられたので私も立てば、殿下はテーブルを乗り越えて私の両腕を掴んで必死に訴えていらっしゃった。
先ほど感じたことだが、ご立派になられた殿下は身長もずいぶん伸びたようだ。
私とそこまで目線が変わらなくなっている。
ふむ。なるほど。
「――殿下は十六歳……もうすぐ十七歳になられるのですね?」
「は……はい」
このまま立ったままでは話が進められないので、さりげなく殿下の肩を押して腰を下ろしていただく。
無礼な振舞いではあるが、殿下は気にされていないようだ。
変わらずお優しい方だな。
「それでは、まあ仕方ないかもしれませんね。同じ男として私にも覚えがありますから」
「そ、それはいったいどういう……」
「私にも当時は婚約者がおりましたので。とはいえ、若さゆえの過ちなどは許されません」
「それに関しましては、重々承知しております」
「やはり殿下は誠実なお方ですね」
「誠実……」
「ご不満ですか?」
「あ、いえ。その、ファラーラ嬢には『誠実ではない』と言われてしまったので……破廉恥だと」
「そうですね。『破廉恥』については否定できません。先ほど、その行為について伺ったばかりですから。ええ、それについてはファラーラの兄としては許せるものではありませんので、あとでしっかり追及させていただきます。それよりも浮気云々についてですが、ファラーラの誤解なのでしょう。ですよね?」
「はい、誤解です!」
「それでしたら、ひとまずは安心しました。ファラーラはうっかりしておりますし、良くも悪くも突拍子もないことを思いつきますからね。昔から思い込みの激しいところも多々ありました。しかもまっさらで天使のような心で育ってしまいましたから、今まで人を疑うということも知らなかったのです。それが今回、殿下の浮気を疑ったということは成長した証なのでしょう。あの汚れのない透き通るような清い心に疑念を宿すなど口惜しくはありますがね。嗚呼、まさかこうして他の男に私の宝物であるファラーラが影響されるとは……。俺色に染めてやるとかいうやつですか? はははははははははは。許さん」
「す、すみません」
「いえいえ、どうか謝罪はなさらないでください。今のはほんの戯言ですから。ファラーラの涙を見てから私も冷静ではないようです。まさかこの歳になってもファラーラの涙を見ることになるとは思ってもおりませんでしたから。ファラーラは今まで愛されることを疑うことなくまっすぐに育ってきたのですよ。それが殿下にお会いしてからというもの……もちろん恋というものが人を変えてしまうことはよくわかっております。残念ながら私には経験ありませんが、恋は盲目とも言われるほどでもあるようですからね。ただファラーラの場合、盲目になったのではなく、逆に周囲をよく見ることができるようになったのではないでしょうか。だからこそ他人への気配りができるようになり、友人も増え、本来の優しさも加わって皆に愛されているのでしょう。それによって世間での評価が高まっていることは存じております。以前のファラーラは無邪気ゆえに他人の痛みがわからないところもありましたからね。だがしかし、それらのきっかけがやはり殿下と婚約したことによるものなのが気に入りません。この野郎。ファラーラに誤解させるようなどんなことをなさったのですか?」
「い、いえ! 何を理由に疑われたのか僕にはさっぱりわかりません!」
「わからない? 穢れなきファラーラの心に疑念を植え付け、涙まで流させておきながらおわかりにならないなど、本来ならば愚鈍としか言いようがありません。ですが、ファラーラは天才ですからね。凡人には計り知れぬ思考をしているのでしょう。それでも今のままでは今後も誤解が生じファラーラが傷つくことが予想されます。傷が深くなる前にお別れになったほうがお互いのためではないでしょうか?」
「時間をください! この二年離れていた分、これからの二年で知りたいと思っております!」
「残念ですがそれを判断するのは私ではありません。一度は殿下とファラーラのことを応援させていただこうと思っておりましたが、このたびのことで私は考えを改めさせていただきます。とはいえ、私一人の意見ですので、殿下がお気になさる必要はございません。ファラーラが本気で婚約を解消したいと望むのならば全力でもって叶えるつもりですがね。それにしてもなぜファラーラにこだわるのです? 当初、殿下がこの婚約に乗り気でいらっしゃらなかったことは存じております。それでも誠実に向き合ってくださったことも。ですからこの二年でお気持ちが離れてしまったとしてもファッジン公爵家の者以外は責めないでしょう。義務感や惰性でしたら解消されてもよいのですよ? 今ならばまだ腕の骨を二、三本折る程度ですむはずです」
「ファラーラが……」
「……ファラーラ?」
「ファラーラが何を誤解したのかはわかりません。ですが僕はファラーラの友人想いなところも涙もろいことも、怖がりなところも好奇心旺盛なところも大好きなんです! 普段は何を考えているのかすぐ顔に出るところも破天荒なところも! ファラーラは二年前と――いえ、二年前以上に大切な存在となって僕の心を占めています。誤解があったのなら解いてみせます。ですからどうか認めてください。今すぐにとは言いません。僕はファラーラの大切な人たち全てに認めていただきたいのです。それがファラーラの幸せでもあるのですから」
「私は認めてあげるのではなく、認めさせていただきたいところですがね」
「おっしゃるとおりです」
本当に殿下は成長なさったらしい。
二年前まではお優しいだけの模範的な王子様でしかなかったのだがな。
「……ファラーラが殿下から影響を受けたことも事実ですが、殿下がファラーラから受けた影響も大きいようですね。殿下だけでなく、私を含めた周囲の者たち全員がファラーラに多大な影響を受けております。やはりファラーラは天より遣われし尊き存在なのでしょう。でなければこれほどに皆が心奪われるわけがありません。またファラーラ一人の存在でこの国の未来は大きく変わろうとしております。ファラーラの生誕は何かの間違いによって生じた幸運かと思っておりましたが、どうやら天の采配だったようです。祝福された未来へと我々が歩むためにもファラーラが必要であることが、お話を伺うことによってよくわかりました。よって、私どもは天から預かりしファラーラを守るためにこれからも全力をもって臨むつもりでございます」
「ぼ、僕もファラーラを守ります」
「殿下が? ははははははははは。なかなか面白いご冗談ですね」
「本気です」
「つい先ほどファラーラを泣かせてしまわれたばかりですのに? 浮気が誤解だったと私は理解いたしましたが、当のファラーラはまだ誤解したままでしょう? はははははははは。まあ、ファラーラは幸いにして自己完結型ですので、ひょっとすると自分で誤解であることに気付くかもしれませんが……。どうぞ私を認めさせてください」
「必ず」
「……では、節度あるお付き合いをお約束くださいますね? 何度も申しますが、ファラーラは数多の天使までもひれ伏すほどに純真無垢な存在なのです。必要最低限の接触以外は認めません。エスコート以外で手を触れるのも禁止いたします。人前でのみ頬へ口づけるふりは許しましょう。当然髪に口づけるなどもっての外。浮気はファッジン公爵家一族郎党が絶対に許しませんので、そのときには内乱をご覚悟ください。ははははははは。やはり愛を伝えるには言葉が一番ですよね。思わせぶりな態度よりも何よりも、気持ちを言葉にすれば間違いなく相手に伝わりますから。ああ、言葉遊びはダメですよ。それこそ誤解を招きかねませんから。そうそう、遊びといえば殿下もお年頃であることは理解しておりますので、どうしてもというときには一人遊びをなさってください。もちろんファラーラを汚すことは想像でも許しませんがね。はははははは」
「い、いえ、それは……はい」
「ああ、それに頭の中だけだとしても浮気は許せませんのでお気をつけください。若さゆえの過ちはなりませんが、若さゆえに想像力その他諸々には富んでいらっしゃるでしょうから、その辺に生えているぺんぺん草のおしべとめしべでも想像してはどうですか? あまり我慢なさるのもお体には悪いようですから、朝がおすすめですよ。ははははは。応援しております」
「……楽しんでいませんか?」
「まさか、そのようなことはございませんよ。ああ、そろそろ夕食のお時間ですね。よろしければご一緒しても? これからまだまだファラーラとのお付き合いに際しての注意事項をお伝えしなければなりませんからね。いやあ、殿下に明日のご予定がなくて幸いでしたよ。はははは」
「ははは。……よろしくお願いします」
素直なところはお変わりないようで何より。
それでは、夕食をいただきながら今後の心構えについてお話させていただこう。
「 ~全略~ 」
まだ話半分ではあったが、陽が昇り始めたのでここまでとする。
残念だが私には執務があるからな。
「殿下、ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました」
「……いえ、こちらこそ、ありがとうございました」
「それでは私は執務がありますゆえこれにて失礼させていただきますが、殿下は朝食をとられたらしっかりお休みください」
「大丈夫です。若さゆえに体力はありますから」
「――それもそうでしたね。では失礼いたします」
最後には嫌みで返していらっしゃったところはかなり好感が持てる。
これは二年を待たず応援することになるかもしれない。
なかなか楽しみではあるな。
いつもありがとうございます。
本編再開まではもうしばらくおまちください(*´∀`*)ノ




