入れ替わり3
「お嬢様?」
「今すぐ学院へ向かってください」
「はい?」
「学院に行ってほしいの!」
「か、かしこまりました!」
乗ってきた馬車に急いで戻ったら、休憩していたらしい運転手たちは驚いたみたいだった。
慌てて姿勢を正さなくてもいいのよ。
息抜きをしていたのに私が予定より早く戻ってきたんたから。
いつもは遣いがもうすぐ出発するって先に伝えに来るのよね。
とにかく馬車に乗ってほっとひと息。
我ながら馬鹿なことをしたわ。
生王子様が見たいばかりに……あと、王宮見学したいばかりに危険を冒してしまったわね。
考えてみれば、前回のように王妃様やサラなんとかに会う可能性もあったんだから。
あら? それって内宮だとさらにその可能性が高くなるわよね。
ひょっとして王子様ってば、そのあたりも考えてあの部屋にしてくれたのかもしれないわね。
だとすれば、なかなか気遣い上手じゃない。
それにしてもあんなふうに出てくるなんて失礼だったわよね。
失礼どころか無礼というか、罰せられてもおかしくないんじゃ……。
まあ、いいわ。
後始末はファラーラに任せれば。
今の目的は、新たなる生イケメンに会いたいから。――というのは冗談で、フェスタ先生に会うべきだと思ったのよね。
それで職員室を訪ねるといらっしゃった。
「やっぱりいたわ」
「前もって面会を申し込んでからお越しください」
「やだ、声までイケボ」
「偶然だな。私もいやだぞ、卒業生が翌日訪ねてくるなどという暴挙は」
うわー。
本当に夢に見ていた通りの最上級のイケメン。
嫌みも冴えているわ。
声までかっこいいのに、モテないなんてこの世界の女性たちの好みは違うのかしら。
お気の毒に。
ああ、そういえばチェーリオお兄さんと恋人なんだったかしら?
「ファラーラ・ファッジン君。それ以上一言でもしゃべると、たとえ罪に問われようと君の兄さんたちに狙われようと声を奪うぞ。今が長期休暇中でなければ大惨事再びだったろうが」
「え? 声に出てました?」
「はっきりとな」
「それはすみませんでした」
「……大丈夫か?」
「何がですか?」
明らかに私のほうが悪かったから謝罪したのに、心配されるなんて顔色でも悪いのかしら。
馬車の中で呼吸も身なりも整えたはずだけど。
「君がまともに謝罪するなんて、体調が悪いかと思うだろう」
「体調は悪くないんですが、私の頭がおかしいんです」
「それは知っている」
「私だって、ファラーラ・ファッジンがおかしいことくらい知っています。そんなやっと気づいたか、みたいな顔はやめてください。とにかく、私はファラーラではなく西園寺蝶子なんです!」
「へー」
全然、信じていないんですけど。
今までのファラーラの所業を考えれば文句を言えないところがつらいわね。
「確かに信じられないのはわかります。だけどファラーラの今までの変な言動だって、たぶん私の世界の影響もあると思うんです。たとえばあのキラキラうちわ! なぜ、あれなの!? スマホとかは無理だったにしても、他にもたくさん便利なものがあるじゃない! しかも箒で空を飛ぶとか、扇子で魔法とか、馬鹿なの!? ファラーラは馬鹿なの!?」
「あー、気持ちは非常にわかるが、ちょっと落ち着いたらどうだ?」
「え? あ、あら、私ったらつい……」
こんなイケメンの前で興奮してしまった自分が恥ずかしいわ。
だけどまあ、姿はファラーラだからいいわよね。
「で、君の名前は何だって?」
「……信じてくれるんですか?」
「普通は信じないだろうな。だが、君がファッジン君と別人だと名乗ってからこの短い間だけでも、ファッジン君とは話し方が違った。それに君の言う世界のことはわからないが、すべてにおいて同意見だ。私とファッジン君が同意見になるなどまずあり得ない。何より、彼女は壊滅的に演技が下手なんだ。要するに、嘘が吐けないんだよ」
「……すごいですね。先ほどお会いした王子様も気づかなかったのに」
「それは仕方ないだろう。二年以上も離れていたんだし、殿下の前ではファッジン君は常にいいところを見せようと頑張っていたからな」
「あれで!?」
「あれでだな」
嘘でしょう?
軽く衝撃なんだけど。
え? でもファラーラにそんな考えはなくて、婚約解消しようと頑張ってなかった?
ということは、無意識ってこと?
だけどまあ、ファラーラ自身未だに殿下のことが好きって気づいていないものねえ。
殿下を見るだけであんなにどきどきしているのに。
「ファラーラのことをよくご存じなんですね」
「チェーリオから散々聞かされていたうえに、学院では嫌というほど色々と付き合わされたからな。それに……正直なところ、入学当初は彼女に違和感を覚えていたんだ。それまでの噂もだが、過去に一度会ったときと何かが違うと……。それで気になって声をかけたんだが、あの日の判断を後悔しなかった日は一日もない」
「そのことについてはわかります。ずっと……いえ、途切れ途切れではあったけれど、夢に見ていたので」
「夢?」
「はい」
以前から何度もファラーラが悩みつつ、決断しなかったこと。
幻惑魔法を操れるフェスタ先生なら、このことについて何かわかるんじゃないかって思ったから。
だって、悩んでいる暇なんてない。
状況はこんなに切迫しているんだもの。
やっぱりファラーラみたいに呑気に寝たら戻れるなんて考えていられないわ。
「私は西園寺蝶子。今もまだ夢を見ているのではないかと思うけれど、こことは違う世界で暮らしていて、夢でいつもファラーラのことを見ていました。そしてファラーラも私の夢を見ていたようです。だから今、私の——蝶子の体にはファラーラが入っているんです」




