入れ替わり2
はああ。もう無理。
マジで何なの、このドレス。
振り袖よりウエストの締め付けがきつくて、重くて無理。
まあ、胸元は余裕があるし、足袋に草履よりはヒールで歩きやすいから全体的には動きやすいんだけど。
それにしても、ヤバイ。
本当に王宮に来てしまった。
でも覚えてるわ。
ここは前回――殿下の留学前に会いにきたときに通された部屋で、ファラーラは不満に思っていたのよ。
ということは、殿下は昨日のことであまりよく思っていないってことかも。
まずいわね。
どう言い訳するべきかしら。
やっぱりここは正直に「恥ずかしかった」が一番よね。
いえ、まずは謝罪が一番よ。
あのときの内容はともかく、送ってくれたことにお礼も言わなかったんだから。
それからええっと……って、今ノックの音が聞こえた?
うわ、騎士の一人が「殿下のお越しです」って、映画みたい。
「――ファラーラ、待たせてごめんね。会いに来てくれて嬉しいよ」
きたー!
本物の王子様! 嘘でしょう? 後光がさして見えるわ!
はあぁ。胸がどきどきする。……ん?
私的に観賞するにはいいけど、恋愛対象にはとても思えないのに。
ひょっとしてこのどきどきって……。
「ファラーラ?」
「え? あ、いえ。突然の申し出にもかかわらずこのようにお時間を取っていただき、ありがとうございます。その……殿下は少しお疲れのようですのに」
貴族の挨拶なんてよくわからないわ。
ファラーラが普段、どんなふうに挨拶していたかなんて夢の中では気にも留めていなかったし。
そんなことよりも、麗しい美少年のお顔にうっすらとクマがあるわ。
それもまた儚げでよし。
「ああ、これはちょっと徹夜してしまってね。今晩は早めに寝るから大丈夫だよ」
「それでは、私は殿下のお邪魔をしてしまったのでは――」
「いや、全然! 一晩二晩の徹夜は慣れているから。アルバーノ殿も一睡もせずに執務に戻ったんだから。大丈夫か心配だよ。僕よりもかなり多忙なはずだからね」
「アルバーノお兄様が……」
それはあれよね。
昨日、ファラーラが髪の毛にキスされたくらいで大騒ぎしたから、アルバーノお兄さんのお説教が発動したってことじゃないかしら。
まさかの徹夜で?
夢で知ってはいたけど、なんて恐ろしい……。
「殿下、それはひょっとしてアルバーノお兄様に一晩中お付き合いくださったということでしょうか?」
「うん。僕がいかに自分勝手だったかがよくわかったよ。ごめんね、ファラーラ」
「そんな! そんなことはありません! たかがキスくらいで大騒ぎしたファラーラが――私が悪いのです!」
「たかが……?」
そもそもこんなに完璧な王子様にファラーラってもったいなくない?
男の人って信用できないけれど、この王子様は……どこであんな小技を覚えたのかしら。
やっぱり信用できないわね。
「殿下はファラ……私と本当にこのまま結婚してもよいと思っていらっしゃるのですか? 流されてはいけないと思うんです。婚約したのは三年前のことですし、考え直すなら今ではないでしょうか?」
「ファラーラは……考え直したいってこと?」
「それは違います。私は……」
あら? ファラーラは婚約解消したいんだったわよね。
いえ、だからといって私がここで答えるわけにはいかないわ。
「その、私は殿下に相応しくないと申しますか……殿下には好きな方と結ばれてほしいと……」
この言い方なら角が立たないかしら?
殿下のためを思って身を引くファラーラということで、はっきり口にはしていないし大丈夫よね?
「僕はファラーラが好きだよ」
「ええ!? なぜ!?」
さらっと告白してきたことにもびっくりだけど、ファラーラのどこにそんな要素があるの!?
確かに美人で家柄も申し分ないみたいだけど、性格に難ありすぎでしょう?
人のことは言えないけど。
「なぜって……。そうだな、友達思いなところとか、涙もろいところ、好奇心旺盛なのに怖がりで、考えていることがすぐ顔に出るところ。とにかく破天荒なところかな?」
「殿下……」
それは一番ダメなやつじゃない。
破天荒とか、考えていることが顔に出るとか、王妃失格よ。
だけど、殿下ってば意外とファラーラのことをちゃんと理解しているのね。
ファラーラはバレていないと思っているみたいだけど。
「ファラーラは?」
「……え?」
「ファラーラは僕のことをどう思っているの? 三年の間に気持ちが変わった?」
「い、いえ、そんなことは……」
ファラーラは未だに気付いていないけど、どう考えても殿下のことが大好きでしょ。
顔がタイプとか、王太子妃の地位とか、サラなんとかに負けたくないとかって誤魔化しているけどね。
離れていた二年もの間だって、殿下からの手紙を心待ちにしていたのよ。
そのくせすぐには返事を書かないように我慢して、無駄な駆け引きをしていたわ。
ここ最近は殿下の手紙が滞るようになって、毎日学院から帰るたびに執事に手紙が届いていないか訊ねていたものね。
だから屋敷中のみんなが知っていて、殿下から手紙が届いた日には、ファラーラが帰宅するのを――喜ぶ姿を見るのを楽しみにしていたのよ。
ファラーラは屋敷のみんなまでが殿下からの手紙を待ちわびていることには気付いていなかったみたいだけど。
「やっぱり……誰か別に好きな人ができたんだね?」
「は、はぃっ!?」
なぜかまずい展開になってない?
どうしよう。
私、ファラーラよりかなり年上だけれど、恋愛経験はほとんどゼロなのよ?
こういう場合、どうフォローすればいいのかわからない!
「そりゃ、最初は僕の地位だけかなって思ってたけど、そうじゃないのかもって思い始めて……僕もファラーラに相応しくあれるようにと頑張ったつもりだったんだけど、遅かったみたいだ」
「全然違います! まったく誤解です!」
「それじゃ、ファラーラも僕のことが好き?」
う……。
ファラーラ、あなたは変わった子だけど、今は全面的に『美少年あざとさ禁止法』に賛成するわ。
いえ、殿下が本気で訊いているのはわかるのよ。
だけどその顔でその質問は反則だわ。
お姉さん、いけない気分になるもの。
何より、その質問は……。
「私には答えられません!」
「ファラーラ!」
ごめんなさい、殿下。
さすがにそんな大切なことをファラーラではなく私からは言えません。
だから私は部屋から飛び出した。
こういう場合は一目散に逃げるべき。
これはファラーラの知恵袋に入っていたはず。
護衛の皆さん焦らせてごめんなさい。
でもこのドレスのスカートが邪魔。
体が走り方を覚えているからいいけれど。
それに若いって体力があっていいわね。
とにかく、逃げ足の速い子でよかったわ。




