帰宅1
「殿下、お待たせして申し訳ございませんでした」
「ううん、勝手に待っていただけだから。それに待っているのも楽しいものだね?」
「そ、そうですか……」
私は待つのは大嫌いですけどね。
それにしてもやっぱり殿下はすごく大人になられた感じ。
おかしいわ。
二年ぶりの再会なんだから、もっとこう……何かないの?
よくわからないけど、こう……何かあってもいいわよね?
たとえば「すごく綺麗になってて、わからなかったよ」とか。
あ、それは私に並々ならぬ存在感があるから無理ね。
他には「すごく背が伸びたね」とか。
まあ、「すごく」はなくてもいいけど。
とにかく、この沈黙をどうにかして。
馬車に乗ってからの殿下は、にこにこしながらただ私の顔を――横顔を見ているだけ。
怖くて目を合わせられないというか、このままでは私の頬に穴が開いてしまうわ。
何か、何か話題を……あら?
「殿下、お怪我をされているのですか?」
突然の再会の驚きで今まで気付かなかったけれど、包帯が袖口から覗いているわ。
右手もよく見れば傷がたくさん。
まさか殿下は武者修行の旅に出られていたの?
だとすれば治癒師はいったい何をしているの?
殿下のお身体に傷跡を残そうものなら許さないわよ。
「ああ、うん。大したことはないんだ。もうずいぶんよくなったしね」
「大したこと大ありではないですか! 治癒師はいったい何をしているのです!?」
「いや、治癒師に治療はしてもらっていないんだ」
「治癒師に治療をしてもらっていない……?」
嫌だわ。
どこかで聞いたことがある話ね。
デジャヴかしら。
「ベルトロ殿が魔獣を飼い慣らしたと聞いて、帰還前に会いにいったんだよ」
「やっぱりでしたか……」
何をやっているんですか、お兄様。
相変わらず容赦ないですね。
そう思ったのに、殿下はにこにこされている。
あ、そういえば被虐趣味疑惑があったんだった。
「先日、ついにベルトロ殿から一本取れるようになったんだ」
「まあ! それはおめでとうございます!」
ついにベルトロお兄様の鼻を折ってくださる方が現れたわ。
それがエヴィ殿下だなんて、さすがパーフェクト王子様!
「うん。これでようやくベルトロ殿からファラーラとの仲を認めてもらえたよ」
「え……」
そういえば、そんなことを以前聞いたことがあったような?
殿下はとても執念深い――いえ、記憶力がいいんですね。
「この二年で僕もそれなりに成長できたと思うんだ」
「そうですね!」
今、殿下は「僕も」とおっしゃいましたね?
ということは、私の成長に気付いていらしたということだわ。
そうなんです。
私もずいぶん背が伸びたんですよ。
もちろん魔法もある程度は使えるようになって、火魔法だって扱えるようになったんですから。
フェスタ先生に〝風前の灯火〟っていう中二病みたいな名前まで付けてもらったのよね。
「ファラーラは、髪の毛がずいぶん伸びたね?」
「え? ええ、そうですね」
殿下、伸びたのは髪の毛だけではありませんよ。
ほらほら。隣同士で座った今、以前と目線が……変わりませんね。
そうだわ。殿下も背が高くなっていらしたものね。
私よりも伸びたのではないかしら?
男子ですものね。
って、あら? それなら座っていて目線が変わらないっておかしくない?
「触れてもいいかな?」
「はい!?」
いきなり何を言い出すの!?
びっくりした私の返事を了承と取られたのか、殿下の傷ついた手が伸びてくる。
長い指は変わらないのに少し節が目立つようになって……って、そうではなくて!
こういう場合、じっとしているべきなの?
それでは撫でられ待ちの犬みたいじゃない。ワンワン。
「やっぱり、絹糸みたいだね」
「……え?」
「前から思っていたんだ。ファラーラの髪はサラサラしていて、きっと絹糸みたいなんだろうなって」
どうしたらいいのかわからないでいるうちに、殿下は私の首筋あたりからひと束の髪の毛をすくわれて微笑まれた。
なんだ。髪の毛ね。
もちろん私の髪は私が発案してジェネジオが開発した超高級トリートメントでケアしているんだもの。
シアラも自慢の――。
「殿下!?」
「うん?」
い、いいい、今! 私の髪にキスしましたよね!?
そんなふうに首を傾げてもダメです!
もうすぐ〝美少年あざとさ禁止法〟が立法されるんです!
というより、近すぎません!?
「が、学生は節度ある行動をしなければならないんです!」
「うん」
「私は今日で学院を卒業しました!」
「うん」
「ですが、お家に帰るまでが学生なんです!」
だからこんな破廉恥なことは許されないんですからね!
そもそも、殿下はもっと真面目な方ではなかった?
そんな……まさか浮気をしていらっしゃったのでは……。
殿下はこの二年間で誠実に――違う。不誠実になってしまったのかも!?




