卒業2
「さて、次はファッジン君だな」
「え? あ、はい……」
確かに席順では私だけれど、いいのかしら。
私は最後に残しておいたほうがよくない?
そのほうが盛り上がるでしょうし、私の後に話す子が気の毒だと思うわ。
本当にフェスタ先生は機転も気も利かないわね。
「――あの、私はまだ気持ちの整理ができておりませんので、後で……最後でもよろしいでしょうか?」
「んっ、そうか。では皆の心を打つ感動的な挨拶をしてくれることを期待しているぞ。じゃあ、次は……」
今、私の気遣いを鼻で笑ったわね?
誤魔化そうとしたみたいだけれど、私は騙されないわよ。
おのれ、ブルーノ・フェスタ!
余計なプレッシャーまでかけて!
卒業の日に居残りまでさせられるんだから、余程この二年を――いえ、三年間を恨みに思っているのね。
なんて小さい。
ちょっとお爺ちゃんにお願いして色々な開発に協力してもらったり、チェーリオお兄様の実験台になってもらったりしただけじゃない。
先生が指摘したからか、それからは私の賞賛以外にも一応、勉強のことにもみんな触れるようになったわ。
うんうん、わかるわ。
この学院って課題が多すぎると思うのよね。
殿下にお手紙で聞いたところ、トラバッス王国の学院はそれほど課題は多くないと聞いて、本気で遊学を考えたもの。
ただ全力でお父様たちに止められたときのアルバーノお兄様の言葉「そんなに殿下にお会いしたいのか……」で思いとどまったのよね。
だって、まるで私が寂しさのあまり殿下を追って遊学したみたいに思われるってことでしょう?
別に全然まったくびっくりするくらいそんなことないのに、誤解されるのは嫌だもの。
それに殿下の「それほど多くない」って、真に受けてはいけない気がふとしたのよ。
殿下は三日ある休みの初日に出された課題を全て片付けられるような方。
後に遊学されたレアクール殿下にお訊ねしたら、課題の量は大して変わらないとおっしゃったのよね。
危ないところだったわ。
「――次は……エルダ・モンタルド君」
「はい」
あら、そういえばエルダが本来の最後だったのね。
ということは、最高の順番――演出だわ。
「私は入学前、とても期待に満ちていたのと同時にすごく不安でした。田舎から出てきた私は王都の華やかさに圧倒されていて、さらに学院に通う先輩方は見たこともないような美しいドレスを着ていらして、すっかり怖じ気づいてしまったのです。それが入学初日、フェスタ先生に隣の席になったファラと――ファッジンさんと一緒に呼び出されてしまって、それをきっかけにファラと仲良くなることができました。それから私の世界は変わったんです」
そうそう。
授業中にお菓子を食べたことで呼び出されたのよね。
実は私がエルダをイジメめていないかの確認だったらしいけれど、失礼よね。
こんなに清く正しく美しい私がイジメなんてするわけないのに。
先生もこの三年で私のことをよく理解してくれたでしょうね。
「仲良くなれたことはいいが、呼び出されたことは反省したんだよな?」
「先生、三年も前のことなんですから、反省したかどうかは問題ではないと思います」
「そこは素直に『はい』でいいだろ? そもそも反省に時間は関係ないぞ」
「先生は本当に細かいですよね。だから彼女が未だにできないんですよ」
「それこそ今の問題はそこではないな? あと原因は十分理解しているから君には関係ない、というか頼むから二度と私には関わらないでくれ」
「では、もう放課後も職員室に行かなくていいんですよね?」
「……それで手を打とう」
やったわ!
ついに私はフェスタ先生から自由を取り戻したのよ!
放課後は――この授業が終わったら、エルダたちと一緒に学院生活との別れを惜しむんだから。
エヴィ殿下は……もう王宮に戻られたわよね。
また明日お会いできるかしら……。
なんて考えていたら、エルダのくすくす笑う声が聞こえた。
大変! せっかくエルダが学院生活の(私に対する)感想と(私との)思い出を語ってくれていたのに。
って、クラスのみんなまで笑っているわ。
そのせいかフェスタ先生の眉間にしわが寄っているみたい。
イケメンってどんな顔でもイケメンなのが腹立つわよね。
それよりも生徒の前であんな不機嫌な顔をするのは教師としてどうかと思うわ。
「すまなかったな、モンタルド君。私のせいで話を遮ってしまった。どうぞ続けてくれ」
「いえ……」
自分のミスを認められて生徒にでもちゃんと謝罪されるのは、教師として――大人として尊敬すべき点ですね。
私は自分のミスは誤魔化すけれど。
エルダは思い出に涙が出てきたのかハンカチで目頭を軽く押さえてから、にっこり笑顔に戻った。
うん。私は初対面でのこの笑顔にやられちゃったのよね。
きっとエルダが男子だったら好きになっていたかも。
エルダと出会えて、一緒に学院生活を送れて、本当に楽しかったわ。
「……最後まで楽しんで授業を受けることができましたので嬉しいくらいです。本当に……素晴らしい先生方にも恵まれて、思い描いていた以上の成果をこの学院で修めることができました。フェスタ先生、そして……みなさん、ありがとうございました」




