卒業1
――って、勝手に終わらせないで私の脳内!
確かに綺麗にまとまっているようだけれど、私の人生はまだまだこれからで、サラ・トルヴィーニだって何を仕掛けてくるかわからないんだから。
走馬灯してる場合じゃないのよ。
それどころか今からが本番な気がするわ。
殿下がご帰還されて、私が社交界という魔物の巣窟に迷い込むことになるんだから。
今までサルトリオ公爵派が沈黙を保っていたことのほうが不気味だわ。
それに、蝶子のことだって気になるじゃない!
時間差についてはよくわからないけれど、誠実じゃないあの元婚約者とどうなったか――どうしてやったかを知らなければ心配でお昼寝もできないわ。
あら? でも蝶子のことを知るのは夢の中だから、むしろたくさん寝るべきじゃないかしら。
ということは、今のこの眠気に素直に従えばいいのよ。
「――ファラーラ・ファッジン、最後の授業で居眠りとはいい度胸だな」
「居眠りではありません、フェスタ先生。これは瞑想です」
「ご立派な言葉で誤魔化しているが、要するに居眠りだな。よって、授業が終わったら職員室に来なさい」
「ええ? 今日は最終日――卒業の日ですよ? 生徒の輝かしい未来を祝ってくださるべきではないでしょうか?」
「その輝かしい未来のために、不幸にも担任となった私が責任をもって最後に常識を説いてやろう。はっきり言って、君を世間に解き放つのは不安であり、肩の荷が下りる思いであり、複雑だよ。だから今日だけでもできる限りのことを試みようと思う」
「先生、おっしゃっていることに異論は多々ありますが、あえて聞き流すとしても、今さら手遅れではありませんか? もっと早くに行動なさらないと」
「三年前から何度も試みているんだがな。とにかく、今は起きていなさい」
最後くらい居眠りを――瞑想を見逃してくれてもいいのに。
ホント、三年間変わらずフェスタ先生は融通が利かなかったわね。
瞑想体勢に入っていた背筋を伸ばして、立てていた教科書を机に置く。
すると先生は教科書を閉じられて、教室全体を見渡された。
「少し早いが授業はこれで終わりにしよう。せっかくだからみんなに一言ずつ、卒業に際して何か言ってもらおうと思ってな。学院での思い出でもいいし、これからやりたいことでもいいぞ」
あら、急に卒業感が出てきたわ。
というか授業は終わりだったのね。
それならそうと早くおっしゃってくださればいいのに。
席順だから一番手はレジーナ様。
何をおっしゃるのかしら。
私たちとの友情? これからもお友達として仲良くしましょうね。
「私の三年間は、入学前には想像もしていなかったほどにとても楽しく、充実したものとなりました。それもクラスメイトや先生方はもちろん、特に仲良くしていただいたミーラ様やエルダさん、そしてファラーラ様のおかげです」
うんうん。わかるわ、わかる。
もっと褒めたたえていいのよ。
「皆様とお別れするのは寂しいですが、卒業してからもきっとまたお会いする機会はあると思います。ですから、フェスタ先生とファラーラ様の愉快なやり取りをもう拝見できなくなることだけが本当に残念でなりません」
うん? 待って待って。
どういうこと?
フェスタ先生との愉快なやり取りなんてした覚えはないのに、どうしてみんな大きく頷いているの?
「学院生活が楽しかったようでよかったよ。はい、次は――」
ちょっと、フェスタ先生もさらっと流さないで。
それでは肯定しているようなものじゃない。
しかも次の子までどうして同じようなことを言うの?
私と過ごして楽しかった、はわかるわ。
私と過ごして光栄だった、もわかるわ。
私と過ごして親しみを持てた、もまあ許してあげるわ。
だけど私を見ていて面白かった、って何?
私を褒めたたえるのはいいけれど、ちょっと納得がいかないわ。
私が普通科に進むことによってみんなが進路変更して、例年よりも普通科への希望者が増えたのは当然だけれど。
三年間で同じクラスになれなかった方はご愁傷様。
次はミーラ様ね。
「――私は、ファラーラ様とは入学前から親しくさせていただいておりましたが、やはり学院生活を楽しく過ごすことができたのは、ファラーラ様との友情をさらに深めることができたからだと思います。またファラーラ様のお言葉がなければ、私はこうして制服を着ることもなく、多くの壁を作って新しい出会いを拒否し、無知のまま社会に出ることになったでしょう。ファラーラ様、皆さん、ありがとうございました」
いえいえ、どういたしまして。
エルダがいなければ私だって平民との間に壁を作っていたと思うわ。
大きな拍手が起こり、フェスタ先生も手を叩いたけれど、次の生徒を指名する前にわざとらしく咳払いをされた。
「みんな、この学院で友情を育めたことは素晴らしいと思う。ただ……一応ここは勉学を修める場でもあるのだから、少しくらいは勉強について触れてくれてもよくないか?」
苦笑する先生の言葉にみんな笑ったけれど、「一応」とおっしゃっている時点で先生のお気持ちがバレバレですよ。
でもそれも仕方ないわよね。
だって、私はファラーラ・ファッジンですもの。
おほほほほ!
……終わらないわよ。




